第2話 安仁屋の「生活」1

文字数 1,158文字

 「安仁屋さんって、失恋ソング聴いて泣いたりします?」

 半歩後ろを歩いていた真衣ちゃんが追いついて横に並び、私に聞いた。昼休み、会社の近くでランチをした帰りだった。日頃溌剌(はつらつ)と仕事をこなす真衣ちゃんがなぜか近頃は上の空で、好物の梅しそのリゾットも今日は三分の一残した。
 食事中にそれとなく聞いた時は「今日朝ごはん食べすぎたんで」という返事だった。素直で優しい後輩は見えすいた嘘を弄しても私に心配かけまいとする。言いたくないなら言わなくていい。私だって今あんまり人を構っている余裕はないんだし――と思ったところへこの質問だ。失恋ソング?

 「歌で泣いたことなんてあるかな。私そんな柄じゃないよ」
 「安仁屋さん、クールビューティーですもんね」

 

がバレないか一瞬ひやっとしたけれど、その質問はどうやら真衣ちゃん自身が話を始めるための導入だったらしい。信号待ちで一息に言った。

 「じゃあ仮に、仮にですよ、バカでのーてんきで生きてる悩みなんか一個もないんだろうなって思ってたヤツが失恋ソング聴いて人知れず泣いてたとしても、そいつが失恋したって可能性は捨てた方がいいんでしょうか⁉︎」
 「……真衣ちゃん、その子のこと好きなの?」
 「あ、あくまで仮にですよっ」
 「(いくら何でも分かりやすすぎると言いたいのを堪えて)……さあね。悩みを外に見せたくない人もいるでしょう。その人のことよほど深く知ってるんじゃないなら、その可能性も残しとけば?」
 「そっか、そうですよね。もし本当に失恋ならチャンスだもん」
 「仮定の話じゃなかったっけ」
 「…………」

 真衣ちゃんの顔が見事に赤くなる。叩けばいくらでも埃が出そうだけど、会社に戻ったので止めておいてあげた。それに追求すれば自分だって少しは話さなければならなくなる。トイレの前で別れて個室の鍵をかけたところで崩折れた。
 ――歌で泣いたことなんてあるかな。私そんな柄じゃないよ。
 あーあ。
 嘘じゃない。二ヶ月前までは本気でそう信じていた。クールビューティーは言い過ぎにしても、感情のコントロールは得意な方だし、もう三十近い大人だし。でもとんだ思い違い。

 (一回だけ)
 イヤホンを付けて聴く曲は、ズーカラデルの「生活」。この二ヶ月こればっかり。別れた彼が教えてくれたこの曲を聴くと心は痛むし、思い出だって蘇る。でもかさぶたをはがすような感じで、時間を見つけて聞きまくる。もう百回は聞いたと思う。
 ――いつかどこかであなたが泣いていても/私もうきっと気づけないわ……
 でもゆったりしたサビが耳に流れ込んでくるたび、私はまだ泣いてしまう。
 メイク直さなきゃ。面倒くさいなあ。……今日はいいことありますように。


(つづく)
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