人間以外ゾンビ

文字数 1,974文字

「なんだこりゃ」


 牧場主は呆然とした。

 牛舎はパニックになっていた。何頭かの牛が別の牛にかみついていた。慌てて牧場主がかみついている牛を引きはがそうとした。

 その牛もかみつかれたような跡があった。よだれをたらし目もうつろだった。狂犬病。牧場主の頭にその言葉が浮かんだ。慌てて手を離した。狂犬病なら人間にも感染する。

 牧場主は牛舎から出て扉を閉じた。

「何が起こっているんだ」


 あの牛の体は、やけに冷たかった。ふと、そう思った。



 異変は世界各地で起こっていた。


 アフリカ、サバンナ地帯では首がちぎれかけたキリンが歩いていた。シマウマの群れがライオンを追いかけ回していた。どのシマウマも傷だらけでうつろな目をしていた。

 チベット自治区、民家の近くで、パンダが立っていた。その白と黒の特徴的な体は所々赤く血に染まっていた。口元には胴体のない犬の頭が咥えられていた。みしりと、竹をかみつぶす咬筋力で犬の頭はつぶれた。

 鳥も異常な行動を起こしていた。キツツキがイノシシの背に乗り、背中の肉をつついていた。ダチョウがチーターを追いかけ回し、鶏舎では鶏が鶏をつついていた。ストレスなどが原因で鶏が鶏をつつくことは、あるが、その光景はいささか常軌を逸していた。複数の鶏が複数の鶏を、つつき殺していた。つつき殺された鶏は、ゆっくりと起き上がり、生きている鶏を襲い始めた。


 都市部では、体を噛みちぎられた鼠がうろつき、雀が猫を襲っていた。散歩中の犬が、同じく散歩中の犬に突然噛みついた。飼い主は必死に綱を引っ張っているが離さない。噛まれている方の飼い主は泣き叫び、噛みついている犬のあごを外そうとした。いつもは、すれ違う際、軽く会釈をするような関係であった。

 世界中でこれと同様の光景、肉食草食関係なく食い合い、なおかつ食い殺され死んだはずの動物が起き上がり生きている動物に噛みつく光景が確認された。ただし、それは人間以外の哺乳類と鳥類で行われていた。

 原因は不明である。死亡しゾンビ化した動物は人間を見ても追いかけてくることはない。人間以外の哺乳類と鳥類のみ追いかけ噛みつこうとする。たとえ人間がかまれても、同様の症状、死体が動き出したり噛みついたりすることはなかった。なぜ同じ哺乳類である人間だけが感染しないのか、その理由はわからなかった。


 噛みつきによる感染だけではなく、蚊やダニによる感染があったため、世界中で爆発的に広がった。完全に隔離された場所にいる生き物や、隠れることができる小型の動物などは、一部感染を免れてはいるようだが、野生の大型哺乳類などは、ほとんどが感染しゾンビ化しているのではないかと推測されていた。当然家畜全般もゾンビ化している。

 人間が今まで食べてきた家畜が食べられなくなり、肉の価格が高騰し、有名なハンバーガーチェーン店などは軒並みつぶれた。魚の乱獲が行われ、スーパーなどで買いだめが起こった。世界中の食料が一瞬で枯渇しパニックになり暴動が起きた。

 このまま、飢えた人々が、食料を求め戦争が起こるのではないかと、思われていたが、意外なことに食糧問題は、自然と解決することになった。


 ほとんどの国の家畜がゾンビ化してしまったことがわかると、穀物の価格は、急速に下がり始めた。穀物を食べるのは人間だけではない。牛や豚といった家畜も穀物を食べている。牛肉だと肉一キロ作るためには十一キロの穀物が必要だと言われている。家畜のゾンビ化により、今まで家畜が食べていた穀物がだぶつき、穀物の価格が急速に下がり、余った穀物が発展途上国に安価に流れ込み、パニックと飢えをしのいだ。


 各国は農地を増やし、豆類などの植物性タンパク質を中心とした食糧計画を進めた。

 従来の家畜は精密機械工場並みのクリーンルームがなければ生産ができないため、庶民が肉を食べる機会はほとんどなくなった。かわりに、昆虫や両生類爬虫類、鯨などの動物性タンパク質を摂取するようになった。

 鯨やイルカも、哺乳類であるためゾンビ化するのだが、ゾンビ化した鯨やイルカは体内が腐敗しガスがたまるため、泳ぐことができなくなり、腹を上に、海面を漂うことになる。そのため、噛みつきによる感染が少なく、蚊による感染もほぼないため、感染が広がりにくかった。汚染された海水を吸い込むことによる感染もたまに起きてしまうため、ゾンビ化した死体の回収や処分方法などが検討されている。

 国連内においても、一部の国以外は、捕鯨に対し、前向きな姿勢を示しており、捕鯨国である日本とノルウェーとアイスランドが中心になって、鯨の乱獲防止と資源確保のための国際組織が新たに作られ、ルールの策定が行われている。


 人間以外の哺乳類と鳥類のゾンビ化の原因も治療法も、まだ見つかってはいないが、人類は飢えから解放されつつあった。 


 了

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