第12話 西へ
文字数 8,546文字
この時期、暑い日中での活動を避けるため、高昌の人たちは夜明けと共に動き始める。今日も暁の空の下、早々に動き始めた住民達で検問所には長い列ができていた。
公子は書生に、蒼は商人に身をやつし、別々に、かつ数人分離れて検問の列に並んだ。検閲している兵士たちは、全員をじっくり検分するのではなく、二、三人連れの男性を中心に手配書と見比べているようだった。女性や一人でいる者たちは“手配に合わない”とみなして適当に流していた。
(まさか高昌国の第三王子が一人でこの列に並んでいるなんて、連中は夢にも思ってないんだろうな)
蒼は、列の先に並んでいる公子の後ろ姿を眺めながら思った。適当に見ているだけあって、思ったより列の進みが早い。この調子だと、気づかれぬまま検問所を抜けられる可能性があった。しかし、万が一気づかれたら――
(そうなったら、自分一人の力では、とてもじゃないけど切り抜けられない)
東の方から、緑と女狐の起こした騒ぎが伝われば、流れはいったん止まる。蒼はその時を待っていた。しかし、何事もなかったかのように列は進んでいく。
(あいつら、何をしているんだ)
公子の順番まであと五人をきった。蒼は焦燥感に押しつぶされそうになっていたその時、周囲がざわつき始め、検問の列が止まった。
(やっとか……)
東の方から伝令が走ってきた。向こうは
奇妙なもの
に襲われていると言うのだ。「奇妙なもの? 王子たちじゃないのか」
「とりあえず、ここは封鎖だ」
「封鎖なのか? この場合――?」
将校達が封鎖するかどうか話し合いを始める様子を見て、検問待ちをしていた者たちがざわつき始めた。
「おいおい、もう、とっくにお天道様が上ってるんだぞ。いつまで待たせるんだ」
煽動するように蒼は大声を上げた。それを皮切りに、待っていた者たちが口々に文句を言い始めた。
兵士達は騒ぎだした民衆を、力ずくで抑えようとした。それを蒼は待っていた。彼はすすっと前に出ると、鞭を振るおうとする兵士達の手に、次々と金子を握らせた。
「まあまあ、お役人様、落ち着いてくださいな。ここにいる者たちはみな、事を荒立てたいわけじゃございません」
掌の中にあるものを見て、兵士達はそろって動きを止めた。そしてニヤニヤしながら、黙ってそれを懐にしまった。蒼の予想どおりだ。
彼らは緑のような生粋の兵士ではない。争いよりは金が好きだ。だから簡単に買収される。蒼は商人になりきって話を続けた。
「ここに怪しい者はいるなら致し方ありませんが、私の見たところ、どうにも普通の住民しかいないように見えるのですが……」
そう言って蒼は、将校達には金子に加えて
「これは……」
「ほんの気持ちですよ。私どもは、ちょうど良い時間に移動したいだけです。時間がずれれば、戻りの時間も遅くなって賊に遭いやすくなる、それを恐れているだけです。何しろ、私のような商人は、狙われやすいものを持って移動しなくてはならないんでね」
蒼の言葉に、将校達は頷いた。
「確かに、手配書にあるような怪しい者はいないようだ」
将校達は、まずここに並んでいる者を門の外に出してから、城門を封鎖するように兵士達に指示した。住民達は一斉に移動を始めた。蒼も公子も、住民達に交じって門の外に出た。
それから二人はそれぞれ馬に乗り、付かず離れずの距離を保って進んでいった。最初のうちは、一斉に検問所を出た者たちで道も混み合っていたが、蒼たちのように、長距離を行く者はそう多くない。道行く人も自然とまばらになっていった。
そして西へ向かう街道に出る頃には、人影はほとんどいなくなった。頃合いを見計らって、蒼はさっと脇道に入った。公子も周辺を見渡し、誰もいないことを確かめると蒼の後に続いた。
脇道を少し進むと、そこには涸れた水場があった。蒼は枯れた灌木の側で馬を降り、帽子を取ったところだった。
「流石にこの暑さで、これはキツい」
顔中に貼り付けた付け髭を剥がしながら、蒼はぼやいていた。胡の商人ぽくに見えるよう、彼は口元だけではなく、眉やもみ上げにも付け髭を貼り付けていた。顔中が膠で貼り付けた
もじゃ毛
だらけで、剥がすのも一苦労だ。「おかげで、顔見知りがいてもバレなかったんだろ」
「ですかね。どうせ連中は金子しか見てなかったろうし。まあ、予想どおり金で何とかなる連中で助かりましたよ」
髭を剥がすのに苦労しながら蒼は言った。
「ここの水場が涸れてなきゃ良かったな」
そう言いながら公子は木綿の手巾に水筒の水を浸すと、彼の付け髭をそれでゴシゴシこすった。それから勢いをつけてバリバリと容赦なく剥がした。
「公子……」
ひりつく顔を押さえながら蒼は文句を言った。
「こういうのは、一気に行くのが良いんだよ」
公子は遠慮なく剥がし続けた。しかし、急に手を止めて大きく吹き出した。
「公子?」
「いや、剥がしたときに自前の眉毛まで抜けてしまってな、今のお前は眉なしだ」
笑いを堪えながら公子が言った。そこで蒼は、指で自分の眉があったところを触ってみた。確かに毛がない。
「これで多少は特徴のある顔になったわけか」
こりゃ、女狐と緑にも大笑いされるなと蒼は思った。
「この水で顔を洗うか?」
付け髭あとが赤く腫れているのを見て、公子は水筒を差し出した。
「今は良いですよ。道中、水場を探しますからその時で。これから気温も上がりますから、その水は大切にしてください。それより公子、着替えましょう。その姿ではこの先目立ちます」
高昌国では、女性と貴族は漢服、一般庶民は胡服を着用するのが通例となっていた。そのため、書生に扮していた公子も漢服姿だった。しかしこれでは、道中どうしたって目立ってしまう。
「そうだな。どうにも着慣れないし」
西突厥可汗の娘を母に持ち、西突厥で育った公子は、漢服を着る機会など滅多になかった。
「そんなことないですよ。しっかり着こなしてます。教えた甲斐がありますよ」
公子の着替えを手伝いながら蒼は言った。
十年前、ほとんどの高昌人が西突厥から高昌へ戻ったとき、彼らの世話係も大半が帰国していった。西突厥で生まれ育った公子はともかく、張家の御曹司として上げ膳据え膳で育った蒼には、これはかなり堪えた。そもそもこれは、意地っ張りの甥っ子を高昌へ帰国させようとする、張雄の策でもあった。
しかし、蒼は意地を通した。残った漢人からいろいろ教わり、自分自身のことだけでなく、公子の身の回りも、ほとんど一人でこなすようになった。漢服の着方も、彼が徹底的に公子に教え込んでいた。
「おかげで父上や兄上の前で恥を掻かずにすんだ」
公子は、少し寂しそうに言った。親兄弟との対面は高昌城に着いた当日だけ。ほんのわずかな時間、挨拶を交わしたのが最後だった。
「支度できましたよ」
慣れた手つきで公子の髷をほどき、簡単に編んで結び直すと蒼は言った。
「ああ、すまない」
髪を確かめながら公子は礼を言った。それから急に思い出し笑いをした。
「公子、どうしたんです?」
「いや、この後、お前が狐姑娘のあの頭と格闘するのかと思ったらおかしくなって」
その言葉を聞いて、蒼はああ、と声をもらした。馬に乗りこみ、本道へと戻る道すがら、蒼は眉間に皺を寄せながら言った。
「あのまんまじゃ、道中悪目立ちしますからねえ……何とかしますよ」
気合い入れてボサボサ頭にしていた彼女の事を思い出すと、その後のことが憂鬱でしかなかった。なんで、あそこまでこだわったのか、彼には理解しがたかった。
「しかし、予定より時間がかかったようだが、彼女は大丈夫だろうか」
公子は彼女に対して別のことを考えていたようだ。馬を並べ、
「え、ああ。大丈夫でしょ。彼女なら」
「お前もそう言うのか」
何の気なしに答えた蒼に、公子は叱責に近い語調で言った。
「隊長もそうだが、どうして、彼女の危うさを心配しない!?」
「危うさ……?」
「この私が言うのも何だが、彼女は世間知らずだ。あまりに
「確かに……でも」
「確かに彼女は強い。道士の
「そう……なんですか?」
「そうだ。初めて会ったときも、そんな感じだったろう?」
公子にそう言われても、あの時は尋常ならざる力を持った娘が、自分たちの助けなのか、目の前の敵以上の敵になるのか、それを判断するのに必死で、彼女の細かい動きまで覚えていなかった。
「一緒に狩りに行ってもそうだった。彼女は思いつきであれこれ試してみては、失敗を繰り返していた」
緑が高熱で人事不省に陥ってつきっきりで看病しているとき、三人で狩りに出ていたことを、蒼は思い出した。
「だからこそ危うい。彼女は“できる”“できない”で判断しない。ただ“やってみたい”で動く。数十、数百の兵士相手に“やってみたい”では、力不足だったらどうなる?」
「命を落としますね……」
「彼女は高昌の者ではない。だから、お前、彼女のことを命を落としても構わない、ただの捨て駒だと思っていないか?」
「それは」
蒼は一瞬言葉に詰まった。
「――正直に言うと、彼女が本当に味方なのか計りかねているところもあって」
「彼女は味方だ」
公子は迷いなく答えた。
「確かに、何か、大きな事を隠してはいる。しかし、それは私たちとは関係ないことだ。それ以外は、何もかも正直だ。思ったこと、感じたことを全身全霊で伝えてくる」
確かに公子の言うとおりだと彼は思った。女狐はいつも感じたまま、思ったままを口や行動に出していた。
「彼女は信用できないから、死んでも良いと思っているのか?」
蒼は溜め息を吐いた。確かに、心のどこかではそう考えていたのかもしれないと。
「これじゃ、伯父上と同じだ」
蒼は独り言ちた。
伯父は、何よりも高昌王を重んじ、それ以外は捨ててもいいというところがあった。実際、伯父は王のために
第三王子を捨てた
。「若先生?」
「若先生というのも失格ですね、こんなのでは」
自嘲気味に彼は言った。
「そしてあなたはやはり王子です。田地公として、国政に携わるべき人でした」
「何を言ってる」
公子は飄々と言った。
「どっちもお終いになったことだ。これからどうなるか解らないなら、当面、このままでいいさ」
ああ、やはりこの方は王家の者だ、
「とりあえず、狐姑娘は譚家の二人が付いているんです。何事もなく、
「だといいな」
そう言っている二人の横を、緑と阿兎の二騎がもの凄い速さで追い抜いていった。二人は驚いて互いの顔を見合わせた。
「――無事、でしたね」
「無事、なのか?」
二人はすれ違いざま、阿兎に抱えられた女狐が、半分落ちかけていたのを見逃してはいなかった。
「……途中、狐姑娘が落ちてたら拾ってあげましょう」
半分本気で蒼は言った。そして二人は急いで三人の後を追った。
公子と蒼が道を進んでいくと、間もなく水場のある休憩所が目に入った。このぐらいの時間なら、馬を休ませる者が何人かいそうだが、その場には三人しかいなかった。
「公子! 蒼兄さん!」
三人の中で比較的元気な阿兎が二人の姿を見て駆け寄った。
「見て見て、右手がぷるぷるだよ」
無理な姿勢で女狐を抱えていたため、阿兎の右手は軽く痙攣をしていた。
「ここ、お前たちだけなのか? このぐらいの時間なら他にも誰かいそうだが」
「うん。先客はいたけど、俺たちの姿を見たらさっさと出て行った」
先客は気の毒にと蒼は思った。確かにこんな奇妙な三人連れが勢いよく入ってきたら、関わりあいたくないのも当然だが。
(まあ、この街道沿いにはまだ何カ所か水場がある。時間帯を間違えなければ、賊に遭う心配もないし、砂漠を行くのと違って水には困らないはずだが……)
女狐は女狐で、大の字になって寝そべってピクリとも動かず、その近くでは馬用の水飲み桶に頭を突っ込んでいる緑がいた。
「お前たち、何やってる?」
呆れ顔で蒼は訊いた。
「
苛ついた口調で緑が答えた。
「闇討ち用の服、昼間着るもんじゃないぞ。熱吸って暑いのなんのって」
「馬鹿か、お前は。だったらなんですぐ脱がない」
黒い服を着たまま、頭をびしょびしょにしていた緑は、蒼の言葉にハッとした。そしてバッと服を脱ぎだした。女狐もその言葉に反応し、起き上がって青い胡服を脱ぎだした。
「狐姑娘!」
彼女の白い肌が見えそうになる前に、蒼は叫んだ。
「人前で脱ぐな、人前で」
「何で?」
不思議そうに女狐は言った。
「緑さんだって、ここで脱いでるじゃん。私はダメで彼は良いの?」
「男と女は違うだろ」
「違うの? 何が?」
「え……?」
「まあ、胸のあるなしってのはあるな」
言葉に詰まった蒼に代わって緑が答えた。
「胸なんて、私そんなにないよ」
不満げに女狐は言った。
「むしろ、緑さんの方が大きい」
服を脱いで露わになった緑の胸板を見ながら女狐は言った。そう言われて緑は、胸筋が鍛え上げられた自分の胸と、華奢な彼女の胸を見比べた。
「……今のはごめん、俺が間違ってた」
しばし無言になった後、緑は素直に謝った。
「違うだろ」
半脱ぎになっている彼女を見ないよう、顔を手で多いながら蒼は言った。
「若い娘は恥じらいってのがあるだろ、恥じらいってものが」
「はあ?」
女狐は眉間に皺を寄せた。
「恥じらいって、落としたい男がいるときにするもんでしょ。私が落としたい男、ここにいる?」
その言葉に、緑は大きな笑い声を上げた。
「じょーさん、正解。確かにこの面子じゃ、恥じらう必要ないな」
「……いい加減にしてくれよ」
耳まで真っ赤にしながら蒼は言った。
「ここには、女慣れしてない子どもと公子もいるんだぞ」
「その心配、杞憂だぞ」
真っ赤になって蹲っている蒼の背を叩きながら緑は言った。肝心の
「蒼兄さん、自分のことは気にしなくて良いよ。張家はともかく、
「そうだよな。譚家の男って、基本、女泣かせのアホしかいないから、結局、狐姑娘みたいな胆力のある女しか残らないんだよな」
緑もしみじみ言った。
「公子は……?」
「ああ、後学のためになるな、これは」
「え?」
「まあ、女慣れしていないのは、張家の御曹司だけだったってことだな」
緑は嬉しそうに、蒼の背をまた叩いた。
蒼は悔しそうに顔を上げた。そこで初めて、緑は彼の眉毛がなくなっていることに気づき、大声で笑った。着替え終わった女狐も、緑の笑い声で改めて蒼の顔を見た。そして彼の顔を指さしながら大声で笑った。
「予想どおりの反応、どうもありがとう」
まったくこいつらは、と思いながら蒼は言った。
「狐姑娘に眉墨でも借りるか?」
ひとしきり笑ったあと、緑は蒼に言った。
「隊長、解ってないな」
手荷物から櫛を取り出しながら言った。
「櫛も持ってないようなヤツが、眉墨なんてもん、持ってるわけない。持ってたら天地が潰えるわ」
言われた女狐は女狐で、眉墨ってなんだ? としばし考えていた。
「狐姑娘! こっち来い! 髪の毛整えるぞ」
その言葉に彼女は素直に従い、彼の前にちょんと座った。
「面白い二人だな……」
その様子を見て緑が言った。
「ま、蒼兄さんも退屈しないですんでるよね」
荷物をまとめながら阿兎が答えた。緑は、弟がまとめている荷物の中に、見慣れない刀剣があることに気づいた。
「その環首刀は?」
「あ? これ? 姐さんのだよ」
緑は女狐の環首刀を手に取って、しばし眺めていた。
「――おい、じょーさん。こんな良い
「何でって……」
彼女はちょっと言葉に詰まった。
「てか、これ、どうしたんだ?」
「どうしたって、まあ、いろいろあって――なんていうか、
いわくつき
、ってヤツで」「いわくつき?」
「うん、そう。それで巡り巡って私が持つことになって、で、まあ、私もそれで
やらかして
しまって……」「じょーさん、さっきから何言ってるか、全く解らん」
「ああ、もう、なんて言うか
大虐殺
?」「は?」
彼女の言葉に、蒼の手も一瞬止まった。しかし気を取り直してさっさと彼女の髪をまとめあげた。
「とにかく、その剣で私はやらかして、ここにいるの。だから使いたくないの」
「まあ、この刀身の荒れっぷりでだいたい想像つくな、その大虐殺」
「そうなの……?」
「これは良い刀だから、自分のついでに手入れしてやるよ」
「ほんと? ありがとう!」
「道具ってのは使ってこそ意味がある。それは武器だって同じだ。これは丁寧に造られた、良い
「うん、でも……」
緑は、整えられたばかりの彼女の前髪をくしゃっと撫でた。
「じょーさんはさ、力の使い方良く解ってないじゃん。だから教えてやるよ、剣術。そしたら、この環首刀の良さが活きる」
「え、いいの?」
彼女の頭には、紫陽から道術のさわりしか教えてもらえなかったことが過った。教わるのには資格がいる。その資格が自分にはないのではないか?
「気にするな。譚家の武術なんぞ、別に門外不出のもんでもなんでもない。そもそも譚家と名乗ってはいるが、中身はあちこちから来た戦狂いの寄せ集め集団だ。うちの武術は、この戦狂いの連中がどう効率良く戦うかっていう知恵を寄せ集めただけのもんだ。だから良いと思ったことはどんどん取り入れるし、使えねぇと思ったらどんどん捨てる」
譚家が“寄せ集めの集団”ということを聞いて女狐は意外な気もしたが、反面、当然のような気もした。
「で、俺がじょーさんに武術を教えると二つ得がある」
「ふたつ?」
「一つはじょーさんの技を新たに取り入れられる。もう一つは、うちの当主の練習相手にじょーさんはちょうど良い」
「当主……阿兎のこと?」
「ああ。お前ら二人、背格好も近いし、組んで練習するにはちょうど良いんだ。俺だと体格差がありすぎて、どうしたって型が崩れやすい。変に覚えてしまうと、力が上手く流せなくなるんだ」
「流す?」
「力ってヤツは、そうだな、流して、溜めて、込める……」
「あ、解る!」
それは彼女が驪龍から見様見真似で習得しようとしたものに通じるものがあった。
「それ教えて! 教わりたい!! ありがとう!!」
そう叫ぶと、嬉しさのあまり阿兎の方に走っていって、声を上げながら二人で手を合わせた。
「じょーさん、最後まで話聞けって」
緑は呆れた口調で呟いた。
「彼女は早合点なところがあるからなぁ」
その様子を見ていた公子が言った。
「だから教えるのは大変だぞ。でもいいのか、隊長」
「良いんですよ」
緑はニヤリと笑った。
「新しい譚家には、あれぐらいのヤツが必要なんですよ。面白いことになりそうだ」
「なら良いが」
「ほんと、このまま譚家の人間になってくれると嬉しいんですけどね」
緑はそう呟いた。蒼はその呟きを聞いて、妙な気分になった。胸が痛いというか、苦しいというか、何かすっきりしない、変な気持ち。それがなんであるか、彼には解らなかった。
しかし、そんな気持ちの揺れにこだわっている暇はなかった。予定よりも早く合流できたとはいえ、
「休憩は充分取れたな? そろそろここを出るぞ」
蒼は声を張って四人に告げた。女狐は当然のように蒼の馬に乗せてもらうよう、手を伸ばした。
「ちょっと待て」
それを見た緑は異を唱えた。
「この先、馬の負担を考えると、じょーさんはうちの当主と一緒の方が良いんじゃないか? 二人合わせたって俺より軽いんだから」
確かにその方が理にかなっている。それに気づいた蒼は真っ赤になった。彼女が自分の馬に乗ることを当たり前だと思っていたからだ。
「でも、私、蒼さんと一緒がいい」
「なんで?」
「さっき言われたこと。なんで私は人前で着替えちゃいけないのか、ちゃんと理由を教えてほしくて。一緒なら道中いろいろ聞けるでしょ?」
「あ?」
改めてそれを聞くのかと、緑は驚いた。蒼は更に真っ赤になった。
「まあ、それは慌てて聞かなくてもいい話だ。この先の道中を考えると、馬の負担は減らしたい。阿兎は馬の扱いも上手だから、できれば一緒に行ってほしい」
取りなすように公子が言った。女狐はそれに素直に従うと、阿兎の馬の方に行った。そしてまた二人で声を上げながら互いの手を合わせた。
「助かったな、若先生」
緑は蒼の背中を軽く叩くと、自分の馬に乗った。
「もう、勘弁してほしいよ」
蒼は大きく溜め息を吐き、馬に跨がった。そして彼らは