第1話

文字数 2,242文字

僕と山田さんの半年前に深夜の宇都宮駅で出会った。正確に言うと宇都宮前西口のマックである。東京から僕の家の方に終電で帰ろうとした時、寝過ごしてしまうと全員平等に宇都宮駅に着く。そして、宇都宮に対して知識や人脈を持ってなく頭が回ってない人は大体マックに吸い込まれていく。僕もその一人で何も考えずにマックに入った。マックの中は明るく、電車で寝過ぎていのもあってか、頭は回っていなかったが目は覚めていた。
始発まで時間を潰すために、既に1回見たであろうYouTubeをつまんなそうに見ていたら、階段を登ってきた女性と目が合った。この時が初めて山田さんを目にした瞬間だったけれども、正直言って「あぁ、終電逃しそうな人だなぁ」と思ってしまった。多分そう感じてしまったのは、終電で寝てしまうほど飲んで、あからさまな寝起きな雰囲気が原因だと思う。けれども、女性に久しぶりに親近感を感じたのも事実で、それだけでなんとなく心が嬉しくなった。
寝起きの山田さんはホットコーヒーを片手に僕と2つ席を離して座った。最後に付き合っていたのが1年前の僕は、正直最初の10分は非現実的な妄想を頭の中で考えてい。だけど、流石にそんなことはないと酔っ払った状態でも気づき、すぐにまたスマホに目を向けた。それから時間はびっくりするほど正確に過ぎていった。

「もうすぐ日が出てくるのかな」とか「帰ったらちゃんと寝よ」とか多分そんなことを考えていた4時過ぎに彼女が前から声を掛けてきた。「すいません。大宮に向かう電車の始発って何分か分かりますか。携帯の電源切れちゃって」

思ったより低かったのか高かったのかどっちか分からなかったけど、予想していた声とは違う声質だったことにびっくりしながら僕は低電力モードのスマホで始発の時間を調べ山田さんに教えてあげた。山田さんはありがとうございますと丁寧に頭を下げてくれた。
何か一言言っていいのか、それともダメなのか。この時僕の頭はものすごいスピードで二択のルーレットが回っていたと思う。でも結局は話したくて、話していい言い訳を探しているだけだったのかもしれないけど。
結局僕は「意外と始発早いですよね」と言った。別にこれくらい言っても何も問題はないと思うけど、あの時に僕にとっては告白と同じくらいこの一言は重かった。
この他愛のない一言に対して山田さんは、
「そうですね。あと30分くらい…ですよね。あと少し頑張りましょ」
と和かに返してくれた。

そこから「何で終電を寝てしまったのか」や「明日は仕事があるのか」など個人情報に触れない話を5ラリーぐらいしてお互いの席に戻った。その時の笑顔を見て、僕は親近感を超えた何かを手に入れた気がした。これまでだって彼女はいたし、一般男性としての経験値は持っていたはずだったけど、自分の経験が全て過去に区切られてしまうほどの感情を感じたのは確かであった。
だがしかし、話すには遅すぎた。山田さんは10分も経たずにマックを出ていった。僕も同じ方面ではあったけど流石に同じタイミングで駅に向かうことは、気持ちが昂っている状態でもダメだと分かる。僕は始発に間に合うギリギリでマックを出た。外は明るくなったけど曇っていて、「こうゆう時ぐらい空気読んで晴れであってくれよ」と心の中で呟いた。

始発電車に揺られながら、僕はスマホをいじる気にならず外の景色を見ていた。心ここに在らずとはまさにこのことで、多分ずっと彼女のことを考えていた。けれども、僕の最寄りは大宮より手前だったし、山田さんの最寄りもちゃんと聞いたわけではないから会うことはないと、思っていた。だからこそ最寄り駅で会った時はほんとに心臓が飛び出るかと思った。


僕の最寄り駅は特に学校の最寄りとなっている訳ではないし、会社も近くにないから、始発で乗る人はいても降りる人は滅多にいない。そもそも降りる人が全然いないのだ。
そんな最寄り駅で降り、人の流れに逆らいながらホームを進んだ。頭がぼーっとしてたのもあって、8号車に乗ってしまったために、ホームを出るための階段が中途半端だ。なんとなくグリーン車寄りの階段から上がると、15号車寄りの階段から山田さんが上がってきた。

「あ、マックで…」
「あ、そうですそうです。最寄り一緒だったんですね」
「そうみたいですね。」
「…」
「こうゆう時っておやすみなさい。ですよね。朝ですけど」
「おやすみなさいですね。朝ですけど。」

そんな山田さん主導の会話をしながらあっという間に改札に着いた。僕の家は東口だ。もし山田さんが東口だったらと考えていたが、「じゃあ」と言い山田さんは西口に歩き出した。変に電車での移動で時間が空いたせいか、僕は断られた時の言い訳も考えずに呼び止めてしまった。

「あの、えっと、あの、朝ごはん、もしよかったら朝ごはん食べませんか。」

山田さんの顔が視界の中に入ってはいるけど、答えが怖過ぎてピントが合わない。だからか、相手の反応が一切わからない。
すると、山田さんは一つ間を置いて「いいですよ」と答えてくれた。
周りには牛丼屋しかなかったから、二人で牛丼を食べた。案の定、30分ぐらいで店を出て、コンビニでホットコーヒーを買って駅前のベンチで15分ぐらい喋った。流石に夜をマックで越してるだけあって、長く一緒にいる時間と体力はなかったけど、連絡先を交換し来週ご飯を食べに行くことになった。アルコールも眠気も疲れも全部あるはずだし、まだ曇っていたけど、朝を久しぶりに自覚することができた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み