第2話
文字数 1,986文字
今日の朝のことを記憶から引っ張り出した。
初日の学校の名前は……確か東条山学園だったかな。
朝食はコンビニのサンドイッチとコーヒー牛乳。
そういえば、駅まで歩いた記憶はあるのに、駅の名も知らない。
いつ。どこで。この列車に乗ったんだろう?
「やっぱり……。すぐに次の駅で降りた方がいいわね」
「え? 何故? おれ、今日から新しい学校へ行かなきゃ」
学生証がなくても学校へ入れるかは別として、顔を少し出した方がいいはずだ。
「学校の名前は覚えているの?」
「東条山学園です」
駅員さんは溜息を吐いた。
眉間に皺を寄せて、しばらく考えてからこう言った。
「やっぱり聞いたこともない学校よ。この線の通過する駅には、近くに学校なんてないわ。この列車は、特別な列車なのよ……学校どころじゃないわね」
一体何を言っているのかと首を傾げたかったが、おれにはこういう考えが浮かんだ。
ここは特別な場所。
そう、変な場所だ。
車掌さんの顔をまじまじと見つめて、自然にプッと吹き出してしまった。
「笑っていないでよ。真面目な話なのよ!」
本気で笑い転げそうな時に、車掌さんが怒った顔で強めに言ってくるので仕方なく笑うことを必死にこらえてみた。
存在が薄いおれに、こんなことが起きること自体がおかしなことだった。
おれが目立つことは、これまであまりなかったからだ。
変な場所に変な車掌さん。
列車が駅で停車した。海の底のように薄暗く。静かな駅の名はどこにも見当たらなかった。おれには学校へ行くために、この列車に乗っていなければならいんだと思う気持ちがあるが、ちょっと気持ちがおかしくなる。
それでも、涼しい顔で口元に笑みを浮かべて吊り革でぶら下がっていると。
「降・り・な・さ・い!」
車掌さんが厳しい表情になり、急に語気を強めた。
おれはこういう時には、ノーと言うことができる。
「でも、おれは今日学校へ行かないといけないんだよ車掌さん。ほら、この列車に乗る人たちも普通……?」
おれは一瞬、思考が膠着し、顔に張り付いた笑みが固まった。
ドアから入ってくる人たちは、皆俯き加減でボロボロの恰好だったのだ。
まるで、列車にはねられたような服装の人たちは、サラリーマン三人とOLが一人。
「あの人たちは、人身事故でここへ来たのよ。私の言うことを少しは信じてもられるかしら。ここは人身事故専門のあの世行きの列車なの……。あなたは、ここへただ迷ってきただけだと思うから。すぐに降りた方がいいわ」
「……」
おれは意を決して、吊り革から手を離し、あまり怖くない一人の若いOLに話しかけてみた。元は新調された服が大きく引き裂かれ、破損しすぎる服装のその人は、真っ青な顔をしては、戸惑いの色を隠せないようだ。
座席に座っても、俯きながらびくびくと辺りを伺っているかのようだ。
「すいません。あの、大丈夫ですか?」
おれは、自然に声音が同情と混乱で優しくなっていた。が、おれのこけのある頬が少し緊張した。
OLの顔を見て背筋に固い氷が押し当てられた感触を覚える。
右目にあるはずの目玉が無い。
唇が裂けていて、真っ赤な口元をしていた。
おれは小さな悲鳴を上げて、車掌さんのところへと後ずさった。
とうとう、車掌さんの言葉が本当なのだと思うと。
本格的に何もかもに怖気づいてしまって、急に近くの座席にすわって俯いていた。
車掌さんが心配そうな顔で、おれの顔を覗いた。
「大丈夫? 落ち着いて。何か飲み物とか取ってこようか?」
おれはカタカタと鳴る歯を鎮めるのに苦労しながら首を振る。
「……」
辺りが急に暗くなりだしたかのようだ。
「おれ……。なんでここにいるの? 死んだの?」
震えを隠さず。車掌さんにそう尋ねると。
車掌さんはニッコリと笑っては、おれの肩に優しく手を置いてくれていた。
「大丈夫よ。きっと、死んだわけじゃなくて、ただ迷ってきたのよ」
「迷って……?」
おれには幾つか心当たりがある。
生きていてもしょうがない。
そう思った時が何度もあるんだ。
煌びやかな青春の真っ只中なのに、自分の存在がまるで幽霊のようだったのだからだろう。
この世に生まれてきても仕方がないんじゃないかと思った時もあるんだ。
いつも、日蔭で勉強だけしていれば、社会にでてもなんとか生きていけるだろう。
でも、そう信じても青春は一度切りなんだし。
恋人どころか友達もいないのだから。
大人になったらさぞ虚しいだろうな。
そんなことは前から何度もわかっているんだ。
でも、変えられないんだよ。
変えることをしなかったからさ。
「さ、元気だして。きっと、次の駅で降りれば大丈夫だから」
おれは車掌さんの顔を見つめて、泣き出した。
初日の学校の名前は……確か東条山学園だったかな。
朝食はコンビニのサンドイッチとコーヒー牛乳。
そういえば、駅まで歩いた記憶はあるのに、駅の名も知らない。
いつ。どこで。この列車に乗ったんだろう?
「やっぱり……。すぐに次の駅で降りた方がいいわね」
「え? 何故? おれ、今日から新しい学校へ行かなきゃ」
学生証がなくても学校へ入れるかは別として、顔を少し出した方がいいはずだ。
「学校の名前は覚えているの?」
「東条山学園です」
駅員さんは溜息を吐いた。
眉間に皺を寄せて、しばらく考えてからこう言った。
「やっぱり聞いたこともない学校よ。この線の通過する駅には、近くに学校なんてないわ。この列車は、特別な列車なのよ……学校どころじゃないわね」
一体何を言っているのかと首を傾げたかったが、おれにはこういう考えが浮かんだ。
ここは特別な場所。
そう、変な場所だ。
車掌さんの顔をまじまじと見つめて、自然にプッと吹き出してしまった。
「笑っていないでよ。真面目な話なのよ!」
本気で笑い転げそうな時に、車掌さんが怒った顔で強めに言ってくるので仕方なく笑うことを必死にこらえてみた。
存在が薄いおれに、こんなことが起きること自体がおかしなことだった。
おれが目立つことは、これまであまりなかったからだ。
変な場所に変な車掌さん。
列車が駅で停車した。海の底のように薄暗く。静かな駅の名はどこにも見当たらなかった。おれには学校へ行くために、この列車に乗っていなければならいんだと思う気持ちがあるが、ちょっと気持ちがおかしくなる。
それでも、涼しい顔で口元に笑みを浮かべて吊り革でぶら下がっていると。
「降・り・な・さ・い!」
車掌さんが厳しい表情になり、急に語気を強めた。
おれはこういう時には、ノーと言うことができる。
「でも、おれは今日学校へ行かないといけないんだよ車掌さん。ほら、この列車に乗る人たちも普通……?」
おれは一瞬、思考が膠着し、顔に張り付いた笑みが固まった。
ドアから入ってくる人たちは、皆俯き加減でボロボロの恰好だったのだ。
まるで、列車にはねられたような服装の人たちは、サラリーマン三人とOLが一人。
「あの人たちは、人身事故でここへ来たのよ。私の言うことを少しは信じてもられるかしら。ここは人身事故専門のあの世行きの列車なの……。あなたは、ここへただ迷ってきただけだと思うから。すぐに降りた方がいいわ」
「……」
おれは意を決して、吊り革から手を離し、あまり怖くない一人の若いOLに話しかけてみた。元は新調された服が大きく引き裂かれ、破損しすぎる服装のその人は、真っ青な顔をしては、戸惑いの色を隠せないようだ。
座席に座っても、俯きながらびくびくと辺りを伺っているかのようだ。
「すいません。あの、大丈夫ですか?」
おれは、自然に声音が同情と混乱で優しくなっていた。が、おれのこけのある頬が少し緊張した。
OLの顔を見て背筋に固い氷が押し当てられた感触を覚える。
右目にあるはずの目玉が無い。
唇が裂けていて、真っ赤な口元をしていた。
おれは小さな悲鳴を上げて、車掌さんのところへと後ずさった。
とうとう、車掌さんの言葉が本当なのだと思うと。
本格的に何もかもに怖気づいてしまって、急に近くの座席にすわって俯いていた。
車掌さんが心配そうな顔で、おれの顔を覗いた。
「大丈夫? 落ち着いて。何か飲み物とか取ってこようか?」
おれはカタカタと鳴る歯を鎮めるのに苦労しながら首を振る。
「……」
辺りが急に暗くなりだしたかのようだ。
「おれ……。なんでここにいるの? 死んだの?」
震えを隠さず。車掌さんにそう尋ねると。
車掌さんはニッコリと笑っては、おれの肩に優しく手を置いてくれていた。
「大丈夫よ。きっと、死んだわけじゃなくて、ただ迷ってきたのよ」
「迷って……?」
おれには幾つか心当たりがある。
生きていてもしょうがない。
そう思った時が何度もあるんだ。
煌びやかな青春の真っ只中なのに、自分の存在がまるで幽霊のようだったのだからだろう。
この世に生まれてきても仕方がないんじゃないかと思った時もあるんだ。
いつも、日蔭で勉強だけしていれば、社会にでてもなんとか生きていけるだろう。
でも、そう信じても青春は一度切りなんだし。
恋人どころか友達もいないのだから。
大人になったらさぞ虚しいだろうな。
そんなことは前から何度もわかっているんだ。
でも、変えられないんだよ。
変えることをしなかったからさ。
「さ、元気だして。きっと、次の駅で降りれば大丈夫だから」
おれは車掌さんの顔を見つめて、泣き出した。