第1話

文字数 2,000文字

 どことも知れぬ地下深くに、世界を裏で操る悪の組織の総本山があった。そこでは毎日のように邪悪な企みが生まれている。いましもほの暗い悪の会議室で、恐るべき議論が進行中だった。黒い布を被り、目だけを不気味に覗かせた悪の幹部たちが円卓を囲み、上座では兜から大きな角を生やした悪の首領が禍々しい闘気(オーラ)を放っていた。天井に巨大な機械が吊り下がっている。透明な球体が二つ繋がった形で、実験室のフラスコに似ている。これぞ悪の組織の究極兵器、絶望収集マシンだ。人類の誰かが絶望するたびに、怨念が球体に溜まってゆく仕掛けである。二個の球体の内、一個は既に黒いマグマのような絶望の念で一杯だった。もう一個の中身も半分くらい絶望が溜まり、盛んに泡立ちながら黒い瘴気を吐き出している。これが一杯になると兵器が発動し、溜まりに溜まった絶望が地表に吐き出され、この世を破滅に導くのだ。その日は近い。
 悪の首領がおもむろに口を開いた。「それで、愚かな作家志望者(ワナビー)たちを絶望のどん底に突き落とす計画はどうなった」一人の男が立ち上がった。「恐れながら、ご指示のあった『N◯VELDAYS』は弱小サイトゆえ、登録人数が少ないのです」新米の幹部だ。首領の眉間がピクリと動く。野心家の若造は得意げに声を張り上げた。「より多くの絶望者を生み出すには、『小説家にな□う』を攻略するのが吉かと」氷のような沈黙が訪れた。首領の右腕が上がって下がる。すると暗がりから筋骨隆々の衛兵がサッと進み出て、「な、何を…」と狼狽える世間知らずをヒョイと抱きあげた。次の瞬間、前途有望だった若者は宙を舞い、部屋の中央に口を開けた大穴に投げ込まれた。「うぎゃああああぁぁぁぁー」と、悲鳴がFO(フェードアウト)してゆく。落ちていった先はボコボコと泡立つ溶岩の池だ。会議がダレないための仕組みである。「我が軍団に愚か者の居場所はないぞ」首領が一同をぐいと睨み回した。「チャラいサイトに沸いている蚊柱みたいな奴らは捨ておけ」居並ぶ幹部たちは微動だにせず聞き入っている。「むしろ小さい所でセコく名を上げようとして挫折するボンクラの方が、絶望をより深くこじらせるものよ」「ホホホ、さすが首領様、遠大なお考えにございます」中堅の幹部が追従笑いを浮かべて立ち上がった。「ならば『カクヨ△』の方がよろしいかと。あちらは絶望をこじらせている愚民の宝庫です」再び首領の右手が上がり、下がった。命知らずがまた一人命を散らす。「うぎゃあああぁぁぁ!」首領は何ごともなかったように話を続けた。「次に課題の吟味に移る」すると書記係が言った。「えー、前回の会議では、文学賞のテーマを十代とすることにより、愚民どもの恥ずかしい記憶が活性化して、より絶望が増すという結論でしたが…」生き急いでいる幹部がサッと挙手した。「十四歳がいいです!」首領が尋ねた。「して、その心は?」「えーと恥ずかしいといえば厨二だし、まどマギとかエヴァとか王道じゃないすか」首領がカッと目をむく。「愚か者が!」「ヒイイイイイ!」恐怖のあまり地に臥せった幹部を、衛兵が引き剥がすように持ち上げ、容赦なく溶岩の池に放り込んだ。遠ざかってゆく悲鳴がまだ消えぬ間に、首領が忌々しげに言った。「応募者に絶望を(もたら)すのが我らの使命なのだぞ。キャッチーなネタを与えて喜ばせてどうする」すると功名心に逸る幹部がまた一人立ち上がった。「ならば、十八歳がよろしいかと」首領がジロリと睨んで言った。「して、その心は?」「色々解禁になるのでコンプラ的にも安心かと」「たわけが!」「ヒイ!」「うぎゃあ!」お約束の展開の後、首領が口を開く。「我らは誇り高き悪の組織ぞ!コンプラだのポリコレだのは呆けた愚民どもに食わせておけ!」ところで会議に出席していた幹部は四名だったので、今やテーブルについているのは首領一人である。すると彼の足元にうずくまっていた大きな獣がムクリと起き上がった。地獄の番犬ケルベロスだ。三つの首の一つが喋る。「結論が出ましたな」シェパードの頭だ。隣のブルドッグの頭が唸るように言った。「テーマは十六歳で参りましょう」「その心は?」と首領。チワワの首がキャンキャンと喋る。「愚かな人間どもの人生にあって、十六歳はちょうどエアポケットのようなものなのでございます。高校受験が無事終わり、就職や大学入試はまだ先の話で、疾風怒濤の思春期も今や昔。十六歳のガキどもなんて、ただ昼休みに焼そばパンを食べてるだけの連中ですよ」「さよう」とシェパード。「人間どもの十代にあって、一番小説ネタに乏しいのが十六歳なのです」ブルドッグが続けた。「この課題を突きつけて、身の程をわきまえないボンクラどもが絶望に身悶える様を心ゆくまで楽しみましょうぞ」「良きかな」悪の首領は賢くて忠実な獣を満足そうに見やると、豪華で邪悪なデザインの椅子からゆらりと立ち上がった。「これにて解散」
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