第1話 プロット

文字数 1,543文字




 五月の中旬。僕は季節はずれの転校生として、片田舎の小学校にやってきた。六年生のクラスは、女子が五人、男子は僕を含めて六人の合計十一人。
 転入して一週間。僕は未だにクラスに馴染めずにいた。原因は僕の噂と「よそ者」という田舎特有の考え方だろう。卒業まで約十ヶ月。このままひっそりと誰とも関わらず、静かに過ごそう。だけど、ただボーッとするのも勿体ない。僕はクラスメートの観察をすることにした。




 観察を始めて数日。だいたいの人柄やクラスカーストも見えてきた。その中で、一際目立つ生徒が一人。
 辺見冬子。あだ名は『ヘンコ』。嫌がらせのようなあだ名は氏名を略しただけで、悪意はないらしいし、本来の「頑固」の意味もないらしい。
『ヘンコ』はあだ名だけじゃなく、行動でも目立っていた。拾った猫をプールの裏で黙って飼っていたり、授業中に校庭に飛び出すのは日常茶飯事。空気も読めず、ガキ大将のカンスケの新しい髪形を「ゴリラみたいね」と笑顔で言った時は、その場の温度が十度は低くなったと思う。それでも周りも、もちろんカンスケも「ヘンコだから」で笑っている。
 興味を持ったら一直線の『ヘンコ』の次のターゲットは「僕」だった。朝から放課後まで質問攻めに遭う。担任に相談しても「辺見だからなぁ」と笑うだけ。辟易する僕に、それまで遠巻きだったクラスメイトすら労りの言葉をくれるようになった。『ヘンコ』がきっかけでクラスメイトとの交流も増えていったが、それに比例するように『ヘンコ』からの質問攻めが僕にとってストレスになっていった。
 ある日、とうとう僕は本人に対して怒りをぶつけてしまった。「空気読めや!やっぱり変な子や、あだ名通り、ヘンコな奴や!この変人!」大声に驚いた『ヘンコ』はその日から近づかなくなった。そして徐々に近づきつつあったクラスメイトとの距離も遠くなってしまった。




 それから僕は卒業を待たずして、またしても転校することが決まり、バタバタと過ごすことになった。その後も色々な事情で転々と居を移し、片田舎の小さな小学校での出来事をすっかり忘れて大学生になっていた。学費と偏差値で選んだ人文学科だったが、進むべき道を決めかねていた。
 そんなとき、授業の一環で発達障害児のケアをするボランティアに参加した。騒がしいホールに入ったとき、唐突に『ヘンコ』と呼ばれたあの子を思い出した。多分『ヘンコ』はこの子達と同じだったのだろう。そしてそれをクラスメイトも担任も、ただ普通に『個性』として受け入れていた。
 ただ、謝りたかった。けど、会いに行く勇気も出なかった。
 
 
 
 



 僕はあの片田舎の町へ向かっていた。
 町は変わらず田舎だったし「よそ者」の僕は目立つようで、誰からも声を掛けられることもなく、反対にこちらから声を掛けようにもソッと視線を逸らされて避けられた。
 諦めようと思ったとき、声をかけられた。
 振り替えると、大人になった『ヘンコ』だった。『ヘンコ』はあのままこの町で高校まで過ごし、今は近くの町工場で事務員をしているらしい。そして今も会社の買い出しに来ているらしく制服姿だった。  
「あの日はごめん」
「あの日?」
「大声出したとき」
「あー、あの日かあ。その時はビックリしたけど、そんな昔のこと気にしてないよ?」
「そんなことちゃう、僕は、自分を傷つけて、差別用語を」
「差別?」
『ヘンコ』は気にしていなかったし、自分が『そう』だと知らない様子だった。
「ヘンちゃん!買い出しにいつまでかかってるの。社長がアイス買って帰ってきたから、早く帰っておいで」
「あ、仕事忘れてた!」
 走って戻っていく後ろ姿は、無邪気に校庭を走り回っていた後ろ姿と同じだった。


※差別的な意味でタイトルをつけているつもりはありません。
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