第5話 邪馬台国に雪が舞う
文字数 1,785文字
テーマパーク「邪馬台国」の今シーズンは今日で終了。
今はスタッフ、ショーの主演者ら関係者全員が集まっての打ち上げが行われている。毎年恒例の行事だ。
ひたすらお酒を飲む人、会話を楽しむ人、ゲームを楽しむ人……それぞれが今シーズンも最後まで無事に営業できたことにホッとして打ち上げを楽しんでいる。
俺も毎年、このときが一年で一番楽しく、ほっとする瞬間だ。ここにいるみんなの力で今年も無事に営業できたことに感謝するばかりだ。
今年もいろいろなことがあったな。卑弥呼役の女性が入院したときが一番のピンチだった。
そして、そのピンチを救ってくれたのが、邪馬台国に舞い降りた天使……伊代だ。
伊予がいなかったら、こうして笑顔で打ち上げなんてできなかったかもしれない。本当に救世主だ。そういえば、入院中の彼女が復帰したらどうしようか? 伊予が週末で彼女が平日とかにするか? いや、二人同時に出たらさらに素晴らしいショーになるかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、ふとみんなのほうを見た。そこにはさっきまでスタッフと楽しそうに会話をしていた伊代の姿がなかった。近くにいた人に訊いてみると「食べ過ぎたので少し外で休んでくる」とのことだった。
大丈夫かな? 俺は心配になって、というか伊代の顔が見たくなって、外に出た。
もうすぐ本格的な冬を迎えるということもあって、さすがに外は冷え込んでいる。
辺りを見渡すと、邪馬台国の楼観(物見櫓)の上に伊代が立っていた。
伊代は空をじっと見ていた。
俺が「そっちに行ってもいいかな?」と近くから声を掛けると、伊代がこっちを見て笑顔でうなずく。
物見櫓に上った俺は伊代の脇に立った。
「こんなところにいて寒くないかい?」
「大丈夫です。ここからの眺めはいいですね。星もきれいですし」
伊予がこっちを見て微笑む。その表情にどきりとする。
俺も空を見てみる。確かに星がきれいだ。ここでずっと働いていたのにそんなこと考えたこともなかったな。
「君のおかげで助かったよ。お客様もスタッフもみんな本当に喜んでいたよ」
「こちらこそありがとうございます。みんなやさしいし、すごく楽しかったです」
伊代が邪馬台国全体をじっと見つめる。
「ここにずっと来てみたかったんです。何かここに来るように呼ばれているような気がして……」
「えっ?」
どういうことだ?
「ここの邪馬台国、素敵な場所ですね。みんな、明るくてやさしくて、すごくアットホームな雰囲気で」
「まあ、そこがここのいいところだからね。おかげで僕もみんなに助けられてなんとかやっていけてるよ」
「でも、社長代理、大和さんもとっても素敵ですよ。やさしくて真面目で、頼りがいがあって」
急に名前で呼ばれて、俺はドキッとした。
「僕が頼りがいがあるって? 年輩のスタッフの人には、もっとシャキッとしろっていつも言われてるのに」
俺は苦笑いを浮かべる。
「それはみんなが大和さんのことが好きだからですよ。私も好きです」
俺は固まってしまった。これは愛の告白なんだろうか。しかし、残念ながら伊代が口にした「好き」には大して意味はなかったらしい。今の言葉は軽く流して話を続ける。
「ここは私のいた邪馬台国にそっくり。でも、雰囲気はちょっと違う。みんながいつも明るく笑顔で楽しそうにしている」
えっ? 私のいた邪馬台国にそっくり?
「あ、私のいた邪馬台国ももちろん、みんないい人でいい国ですよ。ただ、ここはすごく楽しいなーって」
伊予、君は何を言っているんだい?
「卑弥呼様にここの話をしたら、うらやましがって来たいっていうだろうなあ」
……は?
そのとき、邪馬台国に雪が舞い降りた。今年初めての雪だ。伊代は子どものように無邪気な表情を浮かべてはしゃいでいる。
「きれい……」
俺はその顔をじっと眺めている。
「そろそろ帰らなくちゃ」
伊予が俺のほうを向いてじっと見つめてくる。可愛すぎる。
「大和さん、本当にありがとうございました」
伊代の顔が少しずつ俺のほうに近づいてくる。そして、ほんの一瞬、伊代の唇が俺の唇に触れる。
伊代はそのままその場を去っていった。
俺はその場に固まったまま、しばらく動くことができなかった。
雪は降り続いている。
今はスタッフ、ショーの主演者ら関係者全員が集まっての打ち上げが行われている。毎年恒例の行事だ。
ひたすらお酒を飲む人、会話を楽しむ人、ゲームを楽しむ人……それぞれが今シーズンも最後まで無事に営業できたことにホッとして打ち上げを楽しんでいる。
俺も毎年、このときが一年で一番楽しく、ほっとする瞬間だ。ここにいるみんなの力で今年も無事に営業できたことに感謝するばかりだ。
今年もいろいろなことがあったな。卑弥呼役の女性が入院したときが一番のピンチだった。
そして、そのピンチを救ってくれたのが、邪馬台国に舞い降りた天使……伊代だ。
伊予がいなかったら、こうして笑顔で打ち上げなんてできなかったかもしれない。本当に救世主だ。そういえば、入院中の彼女が復帰したらどうしようか? 伊予が週末で彼女が平日とかにするか? いや、二人同時に出たらさらに素晴らしいショーになるかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、ふとみんなのほうを見た。そこにはさっきまでスタッフと楽しそうに会話をしていた伊代の姿がなかった。近くにいた人に訊いてみると「食べ過ぎたので少し外で休んでくる」とのことだった。
大丈夫かな? 俺は心配になって、というか伊代の顔が見たくなって、外に出た。
もうすぐ本格的な冬を迎えるということもあって、さすがに外は冷え込んでいる。
辺りを見渡すと、邪馬台国の楼観(物見櫓)の上に伊代が立っていた。
伊代は空をじっと見ていた。
俺が「そっちに行ってもいいかな?」と近くから声を掛けると、伊代がこっちを見て笑顔でうなずく。
物見櫓に上った俺は伊代の脇に立った。
「こんなところにいて寒くないかい?」
「大丈夫です。ここからの眺めはいいですね。星もきれいですし」
伊予がこっちを見て微笑む。その表情にどきりとする。
俺も空を見てみる。確かに星がきれいだ。ここでずっと働いていたのにそんなこと考えたこともなかったな。
「君のおかげで助かったよ。お客様もスタッフもみんな本当に喜んでいたよ」
「こちらこそありがとうございます。みんなやさしいし、すごく楽しかったです」
伊代が邪馬台国全体をじっと見つめる。
「ここにずっと来てみたかったんです。何かここに来るように呼ばれているような気がして……」
「えっ?」
どういうことだ?
「ここの邪馬台国、素敵な場所ですね。みんな、明るくてやさしくて、すごくアットホームな雰囲気で」
「まあ、そこがここのいいところだからね。おかげで僕もみんなに助けられてなんとかやっていけてるよ」
「でも、社長代理、大和さんもとっても素敵ですよ。やさしくて真面目で、頼りがいがあって」
急に名前で呼ばれて、俺はドキッとした。
「僕が頼りがいがあるって? 年輩のスタッフの人には、もっとシャキッとしろっていつも言われてるのに」
俺は苦笑いを浮かべる。
「それはみんなが大和さんのことが好きだからですよ。私も好きです」
俺は固まってしまった。これは愛の告白なんだろうか。しかし、残念ながら伊代が口にした「好き」には大して意味はなかったらしい。今の言葉は軽く流して話を続ける。
「ここは私のいた邪馬台国にそっくり。でも、雰囲気はちょっと違う。みんながいつも明るく笑顔で楽しそうにしている」
えっ? 私のいた邪馬台国にそっくり?
「あ、私のいた邪馬台国ももちろん、みんないい人でいい国ですよ。ただ、ここはすごく楽しいなーって」
伊予、君は何を言っているんだい?
「卑弥呼様にここの話をしたら、うらやましがって来たいっていうだろうなあ」
……は?
そのとき、邪馬台国に雪が舞い降りた。今年初めての雪だ。伊代は子どものように無邪気な表情を浮かべてはしゃいでいる。
「きれい……」
俺はその顔をじっと眺めている。
「そろそろ帰らなくちゃ」
伊予が俺のほうを向いてじっと見つめてくる。可愛すぎる。
「大和さん、本当にありがとうございました」
伊代の顔が少しずつ俺のほうに近づいてくる。そして、ほんの一瞬、伊代の唇が俺の唇に触れる。
伊代はそのままその場を去っていった。
俺はその場に固まったまま、しばらく動くことができなかった。
雪は降り続いている。