鏡の中の二人

文字数 1,993文字

「俺ってさ。女の子とまともに交際した事ないんだよね」
「もう歳なんだから無理でしょ」
「歳とか言うな」
美容室の鏡越し。離婚し実家に住んでいる梓は近所の美容室で、元同級生の高志にカットしてもらっていた。
高志の美容室は完全予約制。彼が一人で経営していた。
「一回くらいはあったんでしょ」
「まあな?目開けていいぞ」
すると高志の顔が目の前にあった。梓は澄まして鏡を見ていた。
「専門学校時代は?」
「俺の好きな感じじゃなかったんだよ」
都会の専門学校はイケイケタイプが多く、田舎者の彼は気後れしたと梓の髪を確認していた。

「お前はいいよな。二回も結婚して」
「しょうがないじゃない。好きになった人と籍を入れたらそうなったんだよ」
「それで帰ってきてるんだからどうしようねえな」
「放っておいてよ。私の人生なんだから」
一度目は成田離婚。二度目は二十年連れ添った夫に愛人が発覚。息子達の独立と共に、双方、親の介護をする大義名分で円満離婚した。しかし梓の親は元気なので、四十代の彼女は仕事を始めていた。
こんな梓は染めた髪を浸透させるために彼に放置された。
高志は奥の部屋で一服。梓はうたた寝をしていた。
高校時代。仲が良かったが梓の親友が高志の事が好きだった。これが理由で梓の中では彼を恋愛の対象から外す他なかった。高志は誰とも交際をしなかったが、これを梓のせいにされたため、彼女は一瞬他校の男子と交際した。縁が無かった二人は、今、歳をとって同じ鏡の中にいた。

「起きろ。流すぞ」
「ふわ?この椅子。気持ち良くて」
あくびを抑えずに立ち上がった梓はシャンプーの椅子に移動した。
「でもさ。婚活ってどうなの?」
「とっくにやったよ。椅子倒すぞ」
高志は年収にこだわる婚活女子に呆れていた。彼によると、高い年収があっても、支出があるならお金は残らない話だった。
「独身女子は将来が不安なのよ。だからお金なんだろうね」
「その割には女の方はノープランなんだよな」
高志は布を梓の顔に載せ、髪にシャワーを掛けた。
「熱くないか」
「ちょっと熱いけど、今、良くなった」
「そうか」
彼はどこか笑いながら洗っていた。
「お前さ。また結婚する気あるの?」
「それ以前に無理でしょ」
「まあな」
シャンプーの香りがしてきた。気持ちよかった。
梓は仕事を頑張る話をした。
「でもね。私、この前。職場のおじさんに『お互いバツイチ同士で付き合いませんか』って言われて、嫌だった」
「お前バツ二だしな」
「ふ。笑わせないで」
そしてシャンプーは終わりトリートメントになっていた。
「それにさ。息子がいるからさ。迷惑かけられないし」
「そうだな。これ以上はやめておけよ」
言いたい放題の関係。こんな気楽な会話ができるの彼だけだった。
そんな洗髪は終わり、梓の椅子は起き上がった。高志は髪を拭いてくれた。
「ふう。さっぱりした」
「結構切ったしな。でも、こっちの方がいいだろう」
そしてまたカットの椅子に移動した。
彼はマッサージをしてくれた。
「岩か?お前の肩は」
「痛っ!……そこ、四十肩」
「五十肩じゃなくて良かったな」
鏡越しの彼は笑っていた。薄くなった髪。笑みが作るシワ。梓はどこか安心しながら彼を見つめていた。
そしてドライヤーになった。
「梓の休みっていつだ」
「何?聞こえない?」
「……あ、ちょっと待て」
ここで美容室の電話が鳴った。彼女はここで放置された。
じっと鏡を見ると、背後に封筒が見えた。文字が反対なので良く読めなかったが、温泉と書いて見えた。
「お待たせ」
「うん」
ここで彼はコテで髪を整えてくれた。
「あのさ。お前さ。温泉って好き?」
「……好きだよ。熱いお湯でも平気だよ」
「行くならチケットあるぞ」
これは多分。その封筒の中身だろう。自分にこれをくれるのか、買ってくれと言うのか。梓は思ったが、どこか澄ましている高志をじっと見つめた。
「それはどこなの?ホテルなの」
「一泊二日で。俺付き」
「ふふ」
誤魔化すように彼は大きな鏡を取り出し、梓の背後に広げた。
「いかがですか?お客様」
そう言って梓の後ろ髪をみせてくれた。
「はい……いいです」
「温泉は」
「今、返事したでしょ?って言うか、どこの温泉なのそれ」
「俺もよく知らないんだ」
「ふふふ」
そして彼女は高志に手を取ってもらい立ち上がった。
カウンターで料金を支払うと、他の女性客が入ってきた。梓は女性に会釈して店を出た。
「お客様。お待たせしました」
「今の方。お綺麗ですね」
「そうですか」
どこか恥ずかしそうな高志に初老の女性は向かった。
「私もあの髪色にしてください」
「髪色!?ではこちらにどうぞ」
秋の陽だまりの美容室は、今日もシャンプーの香りと静かな時間が流れているのだった。










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