第1話

文字数 1,930文字

僕は眠っていた。横になり、ベージュのタオルケットで首から下を覆っている。
身体が熱かった。その熱で目を覚ます。すると天井の角に、赤と緑の煌々とした点を捉えた。室内は薄暗く、それはとても際立って視えたのだ。

明かりはエアコンの光のようで、ゆっくりと交互に点滅していた。赤、緑、赤、緑。数回眺めると、ここで一つの法則に気がついた。赤色が点灯する時だけ、

が勢いよく送られてくる。
シャツに汗が滲み、『赤色の点滅』に嫌気が差したところで、僕は身体を起こそうと肩に力を込めた。しかし、思うように力が入らない。脚も試したが、反応が碌に返ってこない。首から上しかまともに動かせそうにない。

その間、何度も切り替わる赤と緑の光に、僕の意識は吸い込まれていった。
いつのまにか点滅は、僕の目の前、いや

繰り返し繰り返し行われた。

汗が粒になって肩を打ち、後ろ髪を纏めて濡らし始めたところで、ようやく意識が覚醒した。


僕はエアコンが苦手だった。





"あんぱん"が垂れ下がっている。透明なビニールに包まれて、壁に突き刺さった釘にぶら下がっていた。

「ぎゃいぎゃい」

弟が喚いている。なにに喚いているか分からないけど、相当ご機嫌ナナメらしい。

「あんぱんどこ! あんぱんどこ!」

弟はファンシーな馬が描かれた、"ベビー服"を着ていた。やけに背が低いと思ったら、僕の膝上くらいの背丈で、歩くのもままならないくらいの歳頃だった。
度々壁を叩き、癇癪を起こしている。あんぱん? あんぱんなら、今



「あんぱんどこ!!」

僕は目の前の"あんぱん"と、弟を交互に見た。明らかに、弟はあんぱんと僕を『目視』していた。

ついに弟が駆け出してしまった。僕は「あんぱんはここにあるのに」と思いつつも、後を追った。弟は洗面所に向かったらしい。
駆けつけると、えっちらおっちら左右に揺れながら、泣き出しそうな顔に皺を寄せている弟がいた。

あぁ、ダメだ。頬が痛いくらい迫り上がっている。そんなに寄せたらあんぱんがあっても、見えっこないじゃないか。



「あ!! あんぱんッ!!」




誰かが叫んだ。

それは『僕』だった。


僕が、洗面所の床の、
屋根が解放された猫のトイレをいつの間にか指差していた。


「あんぱんあった!!」


僕の指し示した地点には×××があった。紛れもなく、猫の×××だった。

弟はカッッと目を見開いていた。皺は"全"解放され、パンパンになった頬がほんのり上気し、

その場で、全身で跳び上がった!


「あんぱんだぁっ」


弟が全身で喜びを表していた。僕もそれに真似て跳んだ。「あんぱん! あんぱん!」洗面所で笑いながら、"あんぱん"を連呼している二人の姿がそこにはあった。

僕たちはしばらくの間、その不格好でか細い「あんぱん」で舞い上がっていた。





僕は満足して、ベージュのタオルケットを羽織り、横になる。
しかしどうにも眠くない。なんだろう。今から横になるというのに、どうにも目が冴えて仕方がない。


それにしてもと思い出す。


ビニールに入っていたパンは、今思い返すと、間違いなく豆粒がびっしり敷き詰められていた。つまり"まめぱん"だった。

僕はどうして、目の前の袋に入ったあの「ぱん」を、"まめぱん"と認識しなかったのだろう。たとえ中に"あんこ"が詰まってようが詰まっていまいが、少なくとも、表面であれだけ"豆が自己主張していた"のだから、あれは"まめぱん"と、そう呼ぶべきだったじゃないか。"まめぱん"にも失礼じゃないか。

横になりつつ、僕は今更ながら、自分の間違いに後悔した。弟に間違いを教えてしまった。あれは間違いなく"まめぱん"だったのに。

まぁ、仕方がないか。
弟は歩くのもままならない『ベビー』なのだから、これくらいの誤差は許容範囲というものだろう。そもそも袋のぱんが"まめぱん"か"あんぱん"かは、実際に食べてみなければわからなかったのだ。あれは"まめ"のような焦げ目だったかもしれないし、そもそも"まめ"ですらない可能性だってある。

それなら僕が間違っていることの

も、不可能というものだ。そうだ。なにも自分を責めなくたっていいじゃないか。あれは"あんぱん"だったかもしれないのだから。


ふぅ。

タオルケットを頭まで被ると、途端に眠気に襲われた。間違いだろうがなんだろうが、全部一度忘れてしまおう、とそう思った。   落ちる。



目を開けた時、
僕はテーブルにある豆大福から目を逸らした。
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ないよ

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