第1話
文字数 1,930文字
僕は眠っていた。横になり、ベージュのタオルケットで首から下を覆っている。
身体が熱かった。その熱で目を覚ます。すると天井の角に、赤と緑の煌々とした点を捉えた。室内は薄暗く、それはとても際立って視えたのだ。
明かりはエアコンの光のようで、ゆっくりと交互に点滅していた。赤、緑、赤、緑。数回眺めると、ここで一つの法則に気がついた。赤色が点灯する時だけ、
シャツに汗が滲み、『赤色の点滅』に嫌気が差したところで、僕は身体を起こそうと肩に力を込めた。しかし、思うように力が入らない。脚も試したが、反応が碌に返ってこない。首から上しかまともに動かせそうにない。
その間、何度も切り替わる赤と緑の光に、僕の意識は吸い込まれていった。
いつのまにか点滅は、僕の目の前、いや
汗が粒になって肩を打ち、後ろ髪を纏めて濡らし始めたところで、ようやく意識が覚醒した。
僕はエアコンが苦手だった。
◇
"あんぱん"が垂れ下がっている。透明なビニールに包まれて、壁に突き刺さった釘にぶら下がっていた。
「ぎゃいぎゃい」
弟が喚いている。なにに喚いているか分からないけど、相当ご機嫌ナナメらしい。
「あんぱんどこ! あんぱんどこ!」
弟はファンシーな馬が描かれた、"ベビー服"を着ていた。やけに背が低いと思ったら、僕の膝上くらいの背丈で、歩くのもままならないくらいの歳頃だった。
度々壁を叩き、癇癪を起こしている。あんぱん? あんぱんなら、今
「あんぱんどこ!!」
僕は目の前の"あんぱん"と、弟を交互に見た。明らかに、弟はあんぱんと僕を『目視』していた。
ついに弟が駆け出してしまった。僕は「あんぱんはここにあるのに」と思いつつも、後を追った。弟は洗面所に向かったらしい。
駆けつけると、えっちらおっちら左右に揺れながら、泣き出しそうな顔に皺を寄せている弟がいた。
あぁ、ダメだ。頬が痛いくらい迫り上がっている。そんなに寄せたらあんぱんがあっても、見えっこないじゃないか。
「あ!! あんぱんッ!!」
誰かが叫んだ。
それは『僕』だった。
僕が、洗面所の床の、
屋根が解放された猫のトイレをいつの間にか指差していた。
「あんぱんあった!!」
僕の指し示した地点には×××があった。紛れもなく、猫の×××だった。
弟はカッッと目を見開いていた。皺は"全"解放され、パンパンになった頬がほんのり上気し、
その場で、全身で跳び上がった!
「あんぱんだぁっ」
弟が全身で喜びを表していた。僕もそれに真似て跳んだ。「あんぱん! あんぱん!」洗面所で笑いながら、"あんぱん"を連呼している二人の姿がそこにはあった。
僕たちはしばらくの間、その不格好でか細い「あんぱん」で舞い上がっていた。
◇
僕は満足して、ベージュのタオルケットを羽織り、横になる。
しかしどうにも眠くない。なんだろう。今から横になるというのに、どうにも目が冴えて仕方がない。
それにしてもと思い出す。
ビニールに入っていたパンは、今思い返すと、間違いなく豆粒がびっしり敷き詰められていた。つまり"まめぱん"だった。
僕はどうして、目の前の袋に入ったあの「ぱん」を、"まめぱん"と認識しなかったのだろう。たとえ中に"あんこ"が詰まってようが詰まっていまいが、少なくとも、表面であれだけ"豆が自己主張していた"のだから、あれは"まめぱん"と、そう呼ぶべきだったじゃないか。"まめぱん"にも失礼じゃないか。
横になりつつ、僕は今更ながら、自分の間違いに後悔した。弟に間違いを教えてしまった。あれは間違いなく"まめぱん"だったのに。
まぁ、仕方がないか。
弟は歩くのもままならない『ベビー』なのだから、これくらいの誤差は許容範囲というものだろう。そもそも袋のぱんが"まめぱん"か"あんぱん"かは、実際に食べてみなければわからなかったのだ。あれは"まめ"のような焦げ目だったかもしれないし、そもそも"まめ"ですらない可能性だってある。
それなら僕が間違っていることの
ふぅ。
タオルケットを頭まで被ると、途端に眠気に襲われた。間違いだろうがなんだろうが、全部一度忘れてしまおう、とそう思った。 落ちる。
目を開けた時、
僕はテーブルにある豆大福から目を逸らした。
身体が熱かった。その熱で目を覚ます。すると天井の角に、赤と緑の煌々とした点を捉えた。室内は薄暗く、それはとても際立って視えたのだ。
明かりはエアコンの光のようで、ゆっくりと交互に点滅していた。赤、緑、赤、緑。数回眺めると、ここで一つの法則に気がついた。赤色が点灯する時だけ、
熱風
が勢いよく送られてくる。シャツに汗が滲み、『赤色の点滅』に嫌気が差したところで、僕は身体を起こそうと肩に力を込めた。しかし、思うように力が入らない。脚も試したが、反応が碌に返ってこない。首から上しかまともに動かせそうにない。
その間、何度も切り替わる赤と緑の光に、僕の意識は吸い込まれていった。
いつのまにか点滅は、僕の目の前、いや
頭の中で
繰り返し繰り返し行われた。汗が粒になって肩を打ち、後ろ髪を纏めて濡らし始めたところで、ようやく意識が覚醒した。
僕はエアコンが苦手だった。
◇
"あんぱん"が垂れ下がっている。透明なビニールに包まれて、壁に突き刺さった釘にぶら下がっていた。
「ぎゃいぎゃい」
弟が喚いている。なにに喚いているか分からないけど、相当ご機嫌ナナメらしい。
「あんぱんどこ! あんぱんどこ!」
弟はファンシーな馬が描かれた、"ベビー服"を着ていた。やけに背が低いと思ったら、僕の膝上くらいの背丈で、歩くのもままならないくらいの歳頃だった。
度々壁を叩き、癇癪を起こしている。あんぱん? あんぱんなら、今
目の前にあるじゃないか。
「あんぱんどこ!!」
僕は目の前の"あんぱん"と、弟を交互に見た。明らかに、弟はあんぱんと僕を『目視』していた。
ついに弟が駆け出してしまった。僕は「あんぱんはここにあるのに」と思いつつも、後を追った。弟は洗面所に向かったらしい。
駆けつけると、えっちらおっちら左右に揺れながら、泣き出しそうな顔に皺を寄せている弟がいた。
あぁ、ダメだ。頬が痛いくらい迫り上がっている。そんなに寄せたらあんぱんがあっても、見えっこないじゃないか。
「あ!! あんぱんッ!!」
誰かが叫んだ。
それは『僕』だった。
僕が、洗面所の床の、
屋根が解放された猫のトイレをいつの間にか指差していた。
「あんぱんあった!!」
僕の指し示した地点には×××があった。紛れもなく、猫の×××だった。
弟はカッッと目を見開いていた。皺は"全"解放され、パンパンになった頬がほんのり上気し、
その場で、全身で跳び上がった!
「あんぱんだぁっ」
弟が全身で喜びを表していた。僕もそれに真似て跳んだ。「あんぱん! あんぱん!」洗面所で笑いながら、"あんぱん"を連呼している二人の姿がそこにはあった。
僕たちはしばらくの間、その不格好でか細い「あんぱん」で舞い上がっていた。
◇
僕は満足して、ベージュのタオルケットを羽織り、横になる。
しかしどうにも眠くない。なんだろう。今から横になるというのに、どうにも目が冴えて仕方がない。
それにしてもと思い出す。
ビニールに入っていたパンは、今思い返すと、間違いなく豆粒がびっしり敷き詰められていた。つまり"まめぱん"だった。
僕はどうして、目の前の袋に入ったあの「ぱん」を、"まめぱん"と認識しなかったのだろう。たとえ中に"あんこ"が詰まってようが詰まっていまいが、少なくとも、表面であれだけ"豆が自己主張していた"のだから、あれは"まめぱん"と、そう呼ぶべきだったじゃないか。"まめぱん"にも失礼じゃないか。
横になりつつ、僕は今更ながら、自分の間違いに後悔した。弟に間違いを教えてしまった。あれは間違いなく"まめぱん"だったのに。
まぁ、仕方がないか。
弟は歩くのもままならない『ベビー』なのだから、これくらいの誤差は許容範囲というものだろう。そもそも袋のぱんが"まめぱん"か"あんぱん"かは、実際に食べてみなければわからなかったのだ。あれは"まめ"のような焦げ目だったかもしれないし、そもそも"まめ"ですらない可能性だってある。
それなら僕が間違っていることの
証明
も、不可能というものだ。そうだ。なにも自分を責めなくたっていいじゃないか。あれは"あんぱん"だったかもしれないのだから。ふぅ。
タオルケットを頭まで被ると、途端に眠気に襲われた。間違いだろうがなんだろうが、全部一度忘れてしまおう、とそう思った。 落ちる。
目を開けた時、
僕はテーブルにある豆大福から目を逸らした。