第4話
文字数 2,776文字
町夫は、ガイドブックをバッグに戻すと、リモコンを手にとって50インチ液晶テレビの電源を入れた。軽くザッピングし、とあるワイドショーが画面に映ったところで手を止めた。ワイドショーの女性キャスターがテレビの前の視聴者に向かって語りかける。
「それでは、成人式を妨害 した新成人に対して、市長が告訴 する意思を表明したニュースの続報です」
画面の映像が切り替わり、どこかの市民ホールで行われたのであろう成人式のVTRが映し出される。舞台上で正装した市長らしき人物が祝辞 を述べている際に、客席から口汚 い野次 が飛ぶ。
「うっせえんだよぉ!!」
「さっさとひっこめやっ!!」
口汚い罵声 に驚いて、思わず言葉につまる市長の様子が画面に映る。町夫はその映像を見て、たまらないほど不快な気分になった。
VTRが次の場面に変わり、今度は派手 な羽織袴 を着た金髪の数人の男が舞台上に上がろうとする映像が映る。顔はモザイク処理されていてよく分からないが、彼らを止めようとする職員の手を振り払い、6~7人が舞台上にあがった。それぞれが手に持ったクラッカーを鳴らしたり、一升瓶 を口につけて一気飲みを始めたり、やりたい放題。さらにはリーダーらしき男が司会者からマイクを奪 って叫びだす。
「新成人のみっなさん、元気でっすかぁーー!! 元気があればぁ、何でも出来るっ!! それではぁ、ご一緒にぃ……いちっ、にっ、さん、だぁーーー!!!」
静まり返っている会場に向かって、そのリーダーらしき男は酩酊 した様子でマイク越しに大笑い。
「……なんちゃって、ギャハハハ!!」
テレビの前で、町夫はこの上なく不快な気分になりながら、はき捨てるように独り言を言う。
「本当、こいつら一体何考えてるんだよ。成人式はお前らみたいな勘違い野郎がスポットライトを浴 びるためのスペシャルステージじゃねえっての!」
不意に町夫の脳裏 にトラウマとして記憶されている就職活動の一場面がフラッシュバックする。町夫が面接試験で時事問題への自分の意見を述べるよう求められて、一言もしゃべれずに困惑 している時に、面接官が追い討 ちをかけるようにはき捨てた言葉を思い出したのだ。苦々しくやりきれないような思いをかみ締 めながら、町夫は吐き出す。
「これだから、今の若い者は粗大ゴミみたいなもんだ、なんて言われるんだよ」
メチャクチャになった成人式の一幕 を画面に映しながら、ナレーションが入る。
「このように成人式をメチャクチャにした新成人7名に対し、市長が……」
次にVTRが記者会見の場面に変わる。先ほどのVTRにおいて祝辞を妨害 されていた市長が報道陣 に向かってしゃべっている。
「市は、成人式を妨害 した新成人7名を刑事告訴 します」
フラッシュが交互に光る。町夫はテレビの前で市長の発言にうなずく。
「よく言った。自業自得だね」
映像がスタジオに戻る。先ほどの女性キャスターが再び、テレビの前の視聴者に向かって語りかける。
「ご覧いただきましたように、市長が成人式の挙行 を妨害した新成人7名を刑事告訴する意思を表明した件につきまして、昨夜、新成人の親達が市長に対し、刑事告訴を踏み止 まるよう願い入れました」
思わず、町夫は「なんだそりゃ」と口走った。再び、画面がVTRに切り替わり、小太りの中年男性が報道陣に囲まれて差し出されたマイクに向かっている姿が映った。そのやや強面 の中年男性は、いかにも普段着 といった感じの安物っぽいトレーナーとジャンパーを着て、口元 にばつの悪そうな笑 みを浮かべながら、話し出す。
「ええーー、このように、無学 な親父がこんな所までやってきておりますので、どうか勘弁 してやってください」
今回の事件を起こした新成人のうちのいずれかの父親らしい中年男性の言葉を聞いた途端 、町夫は猛烈 に腹が立った。
(はああ?? なんだそれ!!!)
画面はスタジオに戻り、司会者がコメンテーターに意見を求める様子が映るが、もう、町夫の目に入らず、耳にも入らない。町夫は先ほどの中年男性の言葉に強烈な怒りを感じた。一気に頭に血が昇る感覚だった。きちんと文章にすれば、
(ろくに息子が犯した罪に対して謝罪 の意を述べることもせずに、『このように、無学な親父がこんな所までやってきておりますので、どうか勘弁してやってください』だと!? 何、その論理 !! おかしいだろ! 無学な親父が会見場に出てきたことが、一体何の免罪符 になるんだ!! 親父が無学であること、わざわざ会見場に出向いていることの一体どこに息子の罪が許されるべき要素があるんだ!? ねえだろ、そんなもん!! それとも、自分が無学でか弱い一市民であることを世間にアピールすれば、世間から同情 されて許してもらえる、とでも思っているのか!? 甘えすぎだろ!! 世間をなめすぎだろ!! それに『勘弁してやってください』の『やってください』ってなんだ!! 息子の罪は息子の罪で自分には責任がない、と考えているからか!? ふざけるな!! そこは『この上なく自己中心的ではた迷惑な息子を育てた私を許してください』だろ!! それこそ、息子を縄 で縛 ってでも連れてきて、並んで一緒に土下座して世間に詫 びないといけないぐらいのてめえの責任だろ!! てめえは加害者の親なんだよ!! 責任があるんだよ!! そこを履 き違 えるなよ!! 実際のところ、てめえは本当は息子の行為に何の責任 も感じてねえんだろ!? ただ、市長に『告訴する』なんて言われたから、びびってあわてて公 の場に出てきただけなんだろ!? しかも、親が会見場 でしゃべりさえすれば、当然のように世間から許してもらえる、というどうしようもなく甘い考えで!! ふざけるなよ!! こちとら、そんな浅はかな考えはとっくにお見通しなんだよ!! 早い話がてめえが世間 をなめてるから、同じようにすっかり世間をなめきった息子が育ったんだろ!? 息子が成人式をメチャクチャにして多くの人間に被害を与えた事実に関して今すぐお前が責任をとれ!! 謝罪 しろ!! きちんと地 べたに座って!! 額を地面にこすりつけて土下座しろ!! 『本当に申し訳ありませんでした!』って世間様に対して必死に詫 びろ!! 謝りに謝って世間を納得 させろ!! 成人式に参加したすべての新成人や来賓 、スタッフ全員の家に菓子折 り包んで謝って回りやがれ!! このクソ親父がああああああっ!!!!)
というような思考が一瞬にして町夫の頭の中を駆 け巡 ると同時に、町夫は叫んでいた。
「責任とりゃあああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
ガッシャアアアン!!!
「フギャアアアア!!」
テレビ画面が大きな音を立てて割れるのと、べスキーが悲鳴を上げて町夫の膝上 を飛び降り、あっという間に居間から逃げ去るのはほとんど同時だった。
「それでは、成人式を
画面の映像が切り替わり、どこかの市民ホールで行われたのであろう成人式のVTRが映し出される。舞台上で正装した市長らしき人物が
「うっせえんだよぉ!!」
「さっさとひっこめやっ!!」
口汚い
VTRが次の場面に変わり、今度は
「新成人のみっなさん、元気でっすかぁーー!! 元気があればぁ、何でも出来るっ!! それではぁ、ご一緒にぃ……いちっ、にっ、さん、だぁーーー!!!」
静まり返っている会場に向かって、そのリーダーらしき男は
「……なんちゃって、ギャハハハ!!」
テレビの前で、町夫はこの上なく不快な気分になりながら、はき捨てるように独り言を言う。
「本当、こいつら一体何考えてるんだよ。成人式はお前らみたいな勘違い野郎がスポットライトを
不意に町夫の
「これだから、今の若い者は粗大ゴミみたいなもんだ、なんて言われるんだよ」
メチャクチャになった成人式の
「このように成人式をメチャクチャにした新成人7名に対し、市長が……」
次にVTRが記者会見の場面に変わる。先ほどのVTRにおいて祝辞を
「市は、成人式を
フラッシュが交互に光る。町夫はテレビの前で市長の発言にうなずく。
「よく言った。自業自得だね」
映像がスタジオに戻る。先ほどの女性キャスターが再び、テレビの前の視聴者に向かって語りかける。
「ご覧いただきましたように、市長が成人式の
思わず、町夫は「なんだそりゃ」と口走った。再び、画面がVTRに切り替わり、小太りの中年男性が報道陣に囲まれて差し出されたマイクに向かっている姿が映った。そのやや
「ええーー、このように、
今回の事件を起こした新成人のうちのいずれかの父親らしい中年男性の言葉を聞いた
(はああ?? なんだそれ!!!)
画面はスタジオに戻り、司会者がコメンテーターに意見を求める様子が映るが、もう、町夫の目に入らず、耳にも入らない。町夫は先ほどの中年男性の言葉に強烈な怒りを感じた。一気に頭に血が昇る感覚だった。きちんと文章にすれば、
(ろくに息子が犯した罪に対して
というような思考が一瞬にして町夫の頭の中を
「責任とりゃあああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
ガッシャアアアン!!!
「フギャアアアア!!」
テレビ画面が大きな音を立てて割れるのと、べスキーが悲鳴を上げて町夫の
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