第1話

文字数 1,337文字

 小学生時代、「運動ができる人は格好いい」「読書をするのは根暗」という印象が蔓延していた。
 今思っても理不尽だけれど、転校してきて早々ヒーローになってしまった彼女を見ていたら、人の先入観は抜けないものだと痛感した。
 ドッチボールをすれば、男子も女子も関係なく次々と仕留めていってしまう。地元のキックベースクラブに通い、足も速くて力も強い。
 そんな彼女のお世話係になった私は、運動神経はよくないし、休み時間も外でボール遊びや鉄棒をするよりも、図書室で本を読みたい子だったため、すっかりと「根暗」の偏見が付いてしまっていた。
 先生的には、「これで少しは本以外に目を向けて欲しい」という気遣いでお世話係を私に任せたんだろうが、今思っても余計なお世話だったようにしか思えない。
 彼女とは学校の行き帰りが同じ道だったため、よく一緒に学校に行って、一緒に帰った。
 ときどき違う友達と一緒に彼女の家に遊びに行くと、大概彼女は私の友達の悪口を言うのだ。

「あの子は部屋を散らかすから家に連れてくるなってお母さん怒ってた」
「あの子はうるさいってお兄ちゃんが言うの」
「あの子は……」「あの子は……」

 だんだん私は友達から引き離されていき、徐々に私もあの子が怖くなっていった。
 逃げたいけれど、私の友達と私は同じアパートに住んでいてもクラスは同じじゃないし、あの子は私とクラスメイトだ。他の友達と違って逃げることもできなかった。
 だんだんふたりぼっちで遊ぶことが増え、ふたりで部屋で少女マンガを読んだり、ゲーム機をテレビに繋いで遊ぶことが増えていった。
 彼女の部屋は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。私はさんざんお父さんに怒られて、床にだけはなるべく物を置かないようには務めていたけれど、彼女は逆に、机の上は綺麗なのに、床に教科書もノートも雑誌の付録もぶちまけていた。
 床はひんやりとしていて、夏は涼しいけれど、日差しも入ってこないからどことなく寂しい。ふたりで彼女の部屋で少女マンガを読んでいる中、唐突に「ねえ」と彼女が言ってきた。

「キスしようよ」

 なにを言っているんだと思った。
 私は少女マンガよりも少年マンガのほうが好きだった。少女マンガは皆誰かが好きになる話ばかりだったけれど、少年マンガは冒険したり戦ったりスポーツしたりと、楽しそうだったから。
 しかし彼女はスポーツができるヒーローだけれど、少女マンガ脳だった。
 ひょろひょろの私が腕っ節も強い彼女に勝てる訳もなく、怖くて嫌だったけど、渋々キスをした。

「気持ちいいでしょ」

 なにを言っているんだと思った。
 気持ち悪いわ。キスもあなたも気持ち悪いわ。
 私が嫌だ嫌だと思っていた彼女は、家の都合で転校してくれたとき、心底ほっとした。
 あの子が追い払ってしまった友達は戻ってこないし、私のファーストキスは返ってこないし、私はすっかりと人間が嫌いになってしまった。本が好き。本は私に嫌なことはしないし、友達を追い払ったりしないし、私にいらないものを押しつけてこない。
 性格の悪いクラスメイトが「やっとあの子いなくなったよ」と言っていた。ヒーローだったあの子に毎日のようにおべんちゃらを使う子だった。
 私は「はい」も「いいえ」も言わなかった。

<了>
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