第1話

文字数 1,418文字

私は若者でありながらも、いや、比較的幼い頃から厭世観を抱いている。
これ以上生きる意味もないと、この世は苦しいだけだと思った。

家庭環境だとか、自己肯定感だとか、正直聞き飽きている。
そんなもののせいにしていたこともあったが、もっと私の根本的なものだ。
そもそも社会というものに、人々と関わるということに向いていなかった。

なにか希望があるだろうと縋ってみたりもした。
全てがどうでも良くなる程の幸運が、まだ見ぬ才能が、そんな夢を見た。
だが、いくら試そうがそんなものは無かった。

だが心の奥底では、まだ淡い期待があった。
いつか努力が、いままでの苦労が報われるかもしれないと思っていた。
しかし、身を削って我武者羅にした努力すらも、僅かな希望を掠めるだけだった。
回復しきらない精神と肉体に鞭を打ち、全てを出し切っても届かなかった。
一歩、届かなかったその一歩は、私に絶望を与えるには十分だった。

振り返れば、私の人生は常に疲弊していた。

幼い頃より家庭内の対立に揉まれ、誰の何を信じるかも自分の選択だった。
対立の八つ当たりを避けるには、自分だけでも正しくある必要があった。

独りよがりな正しさは、他の大半の子供には避けられた。
人と関わるには何か醜い部分が見えている必要があった。

醜い部分を作るのは簡単だった。
だが、同時に体を流れる汚らわしい血との闘いが始まった。
気を抜いたら堕ち行くのは目に見えていた。
どれだけ嫌厭していても、私はあの家庭の一員だった。

何とか少ないながらも関わる人間はできた。
友人といるのは楽しかった。
ただ、程よい汚さの人間を演じるのは大変だった。
半日もいれば体力を使い果たしていた。

しばらく続ける内に演技にも慣れてきた。
先生や家族の一部などを除けば、一つのキャラクターができていた。
その例外にも、また別のキャラクターを一つ持っているだけで良かった。
そうしている内に、私の中には誰も知らない汚泥が溜まっていった。

私の中の汚泥が溢れることはほとんどなかった。
溢れた時でさえ、その全体から見れば上澄みに過ぎなかった。

その代わりに、汚泥は私の精神を蝕んだ。
日中は僅かなストレスに過剰な苛立ちを覚え、それを抑え込むことに必死だった。
日が落ちれば矛先は自分に向き、自らをズタズタにしていた。
汚泥は、常に怒りの矛先を探していた。

そんな汚泥を抑えようとするうちに、全てが希薄になっていった。
怒りも、悲しみも、楽しさも、何もかもが薄まっていった。
そんな心に呼応するように、常に倦怠感に包まれるようになった。

そして人の言葉が、自分の言葉が、響かなくなっていった。


何も響かない心に結果だけが虚しく染みた。
苦しみもがく人間にも現実は非常だった。
そんな冷たさは、疲弊しきった人間の精神を追い込むには十分だった。

いつだかの汚泥はもう冷え切って、濁流となって私を吞み込んだ。
強すぎる絶望は、とても薄まったものとは思えなかった。
前すら向けない私はただ一心に死を望んだ。

こんな強烈な感情も、一人泣いて吐き出せば多少整理がつくと思った。
しかし期待は裏切られ、私は感情の吐き出し方をすっかり忘れていた。

涙もろくに流れず、感情は喉元で痞え、隙間風のような言葉だけが出て行った。


もうどうでもよくなった。
全てがどうでもよくなった。

私の中の大事なものが、静かに崩れて行くのを感じた。

今日生活できればそれでいい。
それすらできないなら死ねばいい。
だから、もうやめてしまおう。

報われないのだから。
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