第1話

文字数 1,846文字

友人と二人で少し大きめな街を歩いていたときのこと。時間はちょうどお昼くらいになって、お腹が空いてきたな、と思ったので
友人に尋ねてみることにした。
「そろそろ、なにか食べない?」
「いいね。何が食べたい?俺はなんでもいいけど」
「うーん、そうだな。俺、この辺のこと、あんまり知らないんだよな。お前は知ってるの?」
「俺も全然詳しくはないよ。だからジャンルだけ決めて、適当に店に入ろうぜ」
「そうだな。お前はなんでもいいって言ったよな?それじゃ、ラーメンがいいな」
「ラーメンな。よし、じゃあそば屋さんを探すか」
ん?そば屋?俺は今、ラーメンって言ったよな?友人も同意したはずだ。まあラーメンのことは別名で中華そばというから、
大きくくくっているのかな?なんて思った。すると友人が「お、あそこにそば屋の看板があるぞ。行ってみようぜ」と言った。
看板を見ると、はっきりと『そば屋』と書いてある。ここでさすがに俺は友人を問い詰めることにした。
「おい、さっきの俺の話、聞いてたか?」
「え?なんのこと?」
「俺、ラーメンが食べたいって言ったよな?で、お前はなんでもいいんじゃなかったっけ?」
「そうだよ?だからこうしてそば屋を探してるんじゃん」
「駄目だ、話がかみ合わない。俺が食べたいのはラーメンだって言ってるじゃん」
「お前、知らないの?ラーメンって、別名で中華そばって言うんだぜ?」
「それは知ってるよ。でも、そば屋にあるのは和風・・・って言う表現が合ってるのかわからないけど和風そばだろ。俺が
食べたいのは中華そばなんだよ」
「え?でももうすぐそこにあるしな・・・。とりあえず行ってみようぜ?」
そんなことを言いながら友人は歩を進める。

もう完全に俺の口はラーメンの口になっていたが、ここで我を通して友人と険悪な雰囲気になりたくはない。それにこの友人とは
何度か食事の経験があるが、こんなに感覚のずれた男ではなかった。なので今日のことは他の友達といる時に笑いのネタにすれば
いいだろうし、今後は気を付けてくれるよう後で頼めばいいだろうと思ってそば屋へ向かった。そば屋について、メニューを見る。
写真付きのメニューで、おいしそうなそばが並んでいる。こうやって写真を見ていると先ほどのラーメンの口はすっかりとそばの
口へと切り替わっていた。どれにしようかなと悩んでいると友人が言った。
「おい、ここ、ラーメンがあるぞ」
ラーメンがある?また友人がわけのわからないことを言っているのか?そう思いメニューを見ると、限定メニューの欄に
『中華そば』と書いてある。さすがに店が書く中華そばはラーメンだと考えて良いだろう。
「ほら、そば屋に来てもラーメンがあるじゃん。お前はラーメンにしたら?」
そう友人が言って来る。その言い方だとそばとラーメンの違いは理解できていたんじゃないか、なんて思ったがそもそも
そんなことは最初から理解できていたのだろう。言い争いになっても店に迷惑だし、お腹も空いているので頼むことにした。
店員を呼び、それぞれメニューを頼む。
「えっと、俺はせいろそばとミニ天丼のセットでお願いします」
俺がそう言うと友人がニヤリと笑った。
「なんだよ、結局お前そばを食べるんじゃんか」
「うるせえな。今食べたいと思ったものを食べるんだよ」
「まあいいけどな。じゃ、俺は中華そばをください」
お前は中華そばかよ!とツッコミそうになったが、別に友人は何が食べたいと言っていたわけではない。それなら別に中華そばを
頼む可能性だってあるのだから、と思いぐっと堪えた。そして少しするとせいろそばと中華そばが届いた。
「早速、いただきまーす」
そう言って友人が食べ始めた。俺もせいろそばを食べる。十分においしい味わいだった。
「お!このラーメン、超うまいぞ!」
友人がそう言って俺を見てくる。そう言われると元々はラーメンを食べたかった俺はラーメンにぐっと惹かれる。
「なあ、一口くれないか?」
「え?やだよ。男同士で麺類のシェアは気持ち悪いだろ」
それもそうだ。仕方ないとは思ったがラーメンは食べたい。とはいえせいろそばを頼んでしまっている上、ミニ天丼まで来る。
さすがにこの後ラーメンを頼むほどの胃の余裕はない。そう思いながら俺はメニューをチラリと見ると、中華そばは明日まで
取り扱っているようだ。
「なあ、明日、またここ来ないか?」
「うん?別にいいけど、そんなにせいろそばが気に入った?」
「いや、俺もラーメン食べたいからさ」
「ははは、いいよ。ほら、ラーメンを食べたくてそば屋に行くんじゃないか」
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