腹黒家老の娘とイバラの秘密(3)
文字数 2,398文字
わたしは、咎人の娘。基本お祭りやお祝いみたいな晴れがましい場所は参加禁止。「遠慮を申し付ける」と御会所から言われてる。
「ごめんね、叔母さま」
申し訳なくて、わたしは叔母さまに謝る。
「わたしといっしょにいたら、尼講に寄れないよね」
けれど、叔母さまは興味が無さそうに言った。
「別に。どうせ美形のお坊さんの説教を聞いたり、どこかの村の素人芝居をみせられるだけだっちゃ」
「それでじゅうぶん楽しそうだよ。美形のお坊さま、見てみたいなあ」
けれど、叔母さまはつまらなそうに言った。
「わたしが若い時はもっとにぎやかだったっちゃ。浄瑠璃 や能役者、相撲取りが呼ばれたりね」
「ええっ?!ほんとうに?」
「そうだよ。上方 や江戸からまあ、二流三流なんだろうけど、それでも本物が来たんだよ。手品やからくり芝居だとか、楽しかっただっちゃ。まあ昔のことだよ。そのあと大地震があったり、凶作でどうしようもないときもあったり、疫病が大流行したり。……しかたないけど、今は倹約、節約だとか言って、つまんない出し物ばっかり。見なくていい」
取り付くシマもないといった様子。だけど、叔母さま、ほんとうはわたしを慰めるために言ってくれているんじゃないかなあ。
流刑の村で育ったわたしは、十三の時、ある事情があって叔母さまたちと豊作村で暮らすことになった。
そのとき叔母さまは大胆にも、いとこたちのお下がりのゆかたを着せてくれて、夏祭りに連れて行ってくれたりしたんだよね。叔母さまってちょっとそういう、剛胆なところがある人なんだよね。白地に藍色と紅色で、風鈴や短冊の柄が染められたかわいいゆかただったなあ。でも、監視係のお侍さんにバレて、叔母さまと叔父さまは、ものすごーく叱られたのよね。
わたしがそれを言うと、叔母さまはあっさりと言った。
「ああ、そんなことあったね。まあ済んだことだっちゃ」
「ねえねえ叔母さま、さっきのおかみさんたち、ほんと腹立つだっちゃ」
叔母さまはわたしを軽くにらんだ。
「タカは、わたしたちみたいな言葉を使ってはいけないよ。いつも言ってるだっちゃ。気をつけないと」
そう、わたしは一狭間の訛 りを使うと叔母さまに叱られるんだよね。「いちおう武家の娘だから」と口うるさく言われちゃう。気を取り直してわたしは言った。
「だってあのおかみさんたち、ほんと意地悪くて腹が立つんだもん。叔母さまの若いときの花合戦の話でしょ?しつこいよ」
「そうだね。でもそんなことよりもっと腹立つことがいっぱいだっちゃ」
叔母さまは仏頂面で不機嫌な口調で言った。
「いろんなものが値上がりしてて、ほんとに腹が立つだっちゃ。思ったほど買い物できなかっただっちゃ。ちょっと元本陣 に寄って菊畑の様子を見て帰ろう、タカ」
「えっ?でも、今日は元本陣に行かなくてもいい日でしょう?」
「ちょっと寄るだけだっちゃ。モヤモヤ、イライラしてるときに、お花の世話をすると気が晴れるんだっちゃ」
やれやれ。これだから「名人」は。
町のおかみ衆がイヤミを言ってくるくらい、叔母さまはお花を育てるのが上手。ほんのちょっとだけ有名だった。
もともとお城下の町に近い満月郡の村々は、田んぼのほかに町方に売る野菜や切り花を栽培する家が多い。朝方八百屋さんや花屋さんが買い付けに来るんだけど、叔母さまの育てる花は美しくて丈夫。いつも、ほかより少しだけ高く売れるのだ。
わざわざ「豊作村ソヨの花」と指名買いする人もいるくらいなんだから。
さらに叔母さまは、満月郡の大庄屋さんの屋敷に隣接する、元本陣 の花畑のお世話を仰せつかっている。「元本陣」というのは通称で、お殿様がご領内の御巡視や鷹狩りのときお泊りになる客殿のことだ。
でも、もう鷹狩りなんてしないから、廃棄せよということになっちゃった。それでお庭も開墾して、花畑にしてもよいという話になった。
すぐに換金できるお花や野菜は、村々にとってはありがたい副収入。だから大庄屋さんから「高く売れるような、珍しいお花の栽培の指揮をしてほしい」と頼まれたのが、なななんと!わたしの叔母さまですよ。
それほどお花を育てるのが好きだし、上手な叔母さま。なのに、若い時に大事なお花を枯らせてしまい、玉の輿に乗れなかったといつもいつもからかわれる。
その噂話というのは、だいたい次のようなあらすじで語られる。
……城下町一番の大店、山田屋のご隠居さん。尼講の花合戦で一番になった娘を、分家筋の花屋の嫁にしたいと考えていた。豊作村のソヨは、はりきって、それはそれは美しい紅の大輪の牡丹を育てていた。まわりの者も、豊作村のソヨが玉の輿に乗るだろうと言っていた。しかし、その牡丹を枯らしてしまい、苦し紛れにそこらに咲いていたイバラの花を出品した。もちろん、ソヨは玉の輿に乗れなかった。……
☆
「つまり、タカの話をまとめると、ソヨはいまだに町方の者にバカにされてムカつくということでよいか」
町での出来事を話したわたしに、お姫さまが言った。
お姫さまの名前は綺羅さま。だけどお姫さまだと思ってるのは、わたしだけ。ほんとは男の子で、今日の身なりも武家の若君らしく、藍色の夏羽織に袴だ。
綺羅さまは、わたしと同じ年の十五歳。輝くような美少年。
ぬけるように白い肌は透き通るよう、ふっくらした頬は薄紅色。一度見たら見入ってしまう可憐な美貌。なのに、なぜか醸し出す雰囲気は冷たく、気難しい。
それは、この黒く大きな瞳の強すぎる光のせいだった。それから、あまり表情を見せないせい。
書物を持つ手はすんなりと優美で、袴からのぞくお行儀悪く組まれた足も華奢だった。きりりと結い上げられた黒髪はつやつやと輝き、青みがかってさえ見えた。武家の男の子なのに月代を剃ってないのは異例なんだけど、ただただ美しいので一切おかしくは見えなかった。
「ごめんね、叔母さま」
申し訳なくて、わたしは叔母さまに謝る。
「わたしといっしょにいたら、尼講に寄れないよね」
けれど、叔母さまは興味が無さそうに言った。
「別に。どうせ美形のお坊さんの説教を聞いたり、どこかの村の素人芝居をみせられるだけだっちゃ」
「それでじゅうぶん楽しそうだよ。美形のお坊さま、見てみたいなあ」
けれど、叔母さまはつまらなそうに言った。
「わたしが若い時はもっとにぎやかだったっちゃ。
「ええっ?!ほんとうに?」
「そうだよ。
取り付くシマもないといった様子。だけど、叔母さま、ほんとうはわたしを慰めるために言ってくれているんじゃないかなあ。
流刑の村で育ったわたしは、十三の時、ある事情があって叔母さまたちと豊作村で暮らすことになった。
そのとき叔母さまは大胆にも、いとこたちのお下がりのゆかたを着せてくれて、夏祭りに連れて行ってくれたりしたんだよね。叔母さまってちょっとそういう、剛胆なところがある人なんだよね。白地に藍色と紅色で、風鈴や短冊の柄が染められたかわいいゆかただったなあ。でも、監視係のお侍さんにバレて、叔母さまと叔父さまは、ものすごーく叱られたのよね。
わたしがそれを言うと、叔母さまはあっさりと言った。
「ああ、そんなことあったね。まあ済んだことだっちゃ」
「ねえねえ叔母さま、さっきのおかみさんたち、ほんと腹立つだっちゃ」
叔母さまはわたしを軽くにらんだ。
「タカは、わたしたちみたいな言葉を使ってはいけないよ。いつも言ってるだっちゃ。気をつけないと」
そう、わたしは一狭間の
「だってあのおかみさんたち、ほんと意地悪くて腹が立つんだもん。叔母さまの若いときの花合戦の話でしょ?しつこいよ」
「そうだね。でもそんなことよりもっと腹立つことがいっぱいだっちゃ」
叔母さまは仏頂面で不機嫌な口調で言った。
「いろんなものが値上がりしてて、ほんとに腹が立つだっちゃ。思ったほど買い物できなかっただっちゃ。ちょっと
「えっ?でも、今日は元本陣に行かなくてもいい日でしょう?」
「ちょっと寄るだけだっちゃ。モヤモヤ、イライラしてるときに、お花の世話をすると気が晴れるんだっちゃ」
やれやれ。これだから「名人」は。
町のおかみ衆がイヤミを言ってくるくらい、叔母さまはお花を育てるのが上手。ほんのちょっとだけ有名だった。
もともとお城下の町に近い満月郡の村々は、田んぼのほかに町方に売る野菜や切り花を栽培する家が多い。朝方八百屋さんや花屋さんが買い付けに来るんだけど、叔母さまの育てる花は美しくて丈夫。いつも、ほかより少しだけ高く売れるのだ。
わざわざ「豊作村ソヨの花」と指名買いする人もいるくらいなんだから。
さらに叔母さまは、満月郡の大庄屋さんの屋敷に隣接する、
でも、もう鷹狩りなんてしないから、廃棄せよということになっちゃった。それでお庭も開墾して、花畑にしてもよいという話になった。
すぐに換金できるお花や野菜は、村々にとってはありがたい副収入。だから大庄屋さんから「高く売れるような、珍しいお花の栽培の指揮をしてほしい」と頼まれたのが、なななんと!わたしの叔母さまですよ。
それほどお花を育てるのが好きだし、上手な叔母さま。なのに、若い時に大事なお花を枯らせてしまい、玉の輿に乗れなかったといつもいつもからかわれる。
その噂話というのは、だいたい次のようなあらすじで語られる。
……城下町一番の大店、山田屋のご隠居さん。尼講の花合戦で一番になった娘を、分家筋の花屋の嫁にしたいと考えていた。豊作村のソヨは、はりきって、それはそれは美しい紅の大輪の牡丹を育てていた。まわりの者も、豊作村のソヨが玉の輿に乗るだろうと言っていた。しかし、その牡丹を枯らしてしまい、苦し紛れにそこらに咲いていたイバラの花を出品した。もちろん、ソヨは玉の輿に乗れなかった。……
☆
「つまり、タカの話をまとめると、ソヨはいまだに町方の者にバカにされてムカつくということでよいか」
町での出来事を話したわたしに、お姫さまが言った。
お姫さまの名前は綺羅さま。だけどお姫さまだと思ってるのは、わたしだけ。ほんとは男の子で、今日の身なりも武家の若君らしく、藍色の夏羽織に袴だ。
綺羅さまは、わたしと同じ年の十五歳。輝くような美少年。
ぬけるように白い肌は透き通るよう、ふっくらした頬は薄紅色。一度見たら見入ってしまう可憐な美貌。なのに、なぜか醸し出す雰囲気は冷たく、気難しい。
それは、この黒く大きな瞳の強すぎる光のせいだった。それから、あまり表情を見せないせい。
書物を持つ手はすんなりと優美で、袴からのぞくお行儀悪く組まれた足も華奢だった。きりりと結い上げられた黒髪はつやつやと輝き、青みがかってさえ見えた。武家の男の子なのに月代を剃ってないのは異例なんだけど、ただただ美しいので一切おかしくは見えなかった。
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