環情劇 終演

文字数 2,473文字

「違う。」
 違っていた。全て間違っていた。どれもこれも間違いだった。

「違う。」
 神の言葉は、間違えてなどいなかった。

「間違っている。」
 どれもこれも、もっと早く気づくべきだったのだ。

「違う。違う。」
 村長として、逃げていたとき、あんなにたくさんあったはずの墓が何故一基のみになっていたのか。

「そんなはずはない。」
村長が死んだ直後、一度掘り返したはずの墓の周りに何故雑草が生えていたのか。

「おかしい。」
目を覚ました後の僕も、村長を殺した直後も、どうして持っていたはずの小刀を持っていないのか。

「そんなことは。」
そして神の言葉。

「どれもこれも。」
僕の狂っていた精神や、辻褄の合わない情景。

「間違っている。」
 全てはこう考えることができる。

「何にもならない。」
 “僕は、二十年よりもさらに長い時間を生きている”と。

「そんなことはない。」
 分かったことは“それだけ”だった。

「もういい。」
神は全てを教えると言っていたはずだったのに。

「やめろ。」
 僕は、また神の気まぐれに翻弄された。

「もうやめてくれ。」
 消えてなくなりそうな声でこう言った。

「これは幻覚だ。悪い夢だ。悪夢だ。こんなことあってはいけない。あり得ない。」
 僕は、まだ受け止めきれないでいた。
 もはやどうしようもないことを受け入れられないでいた。


「ここはどこなんだ。」わからない。


「ここはいつなんだ。」わからない。


「ここはなんなんだ。」わからない。


『僕は誰なんだ。』わからない。


 もう何も分からない。今ここが確実に現在なのか。過去の記憶が混在しているのではないか。むしろ、僕自身さえ存在しないのではないか。
 考えれば考えるほどに無限に沈んでいく。終わらない輪廻に。終わらない永遠に。
 僕は答えを出せないまま逃げた。
 何度も死ぬことを試みた。しかし、やはり無駄だった。
 ここがどこかも、ここがいつかも、ここがなにかも、自分が誰なのかも。唯一分かっていることは、自分が死ぬことのできないというだけ。
 自己同一性すらないまま、僕は永遠を生き続けなければならないのか。
 神よ、貴様は地獄のような罰をお与えになった。人にとって、最も残酷な罰が不死であることを知ってのことだろう。
 ならば僕はその劇に応えよう。僕の最後に自殺は、この谷底へと消えること。死のうと死ぬまいと僕は僕の存在を消す。自分を理解することなく、このまま永遠を生きる。それが貴様への一矢だ。
 たとえ記憶が、今の僕が消えようとも、貴様への憎しみは消えることはない。
 これこそが本当の終幕。大団円だ。
「神よ。終演の刻に、また会おう。」
 僕は、そう言い残して深く、暗い谷底へと飛び降りた。

















 違う。まだだ。
 これは。
 今の僕、いや、今の“私”は。
 人格は、また、
 あのときの、奴は、
 「あなた。」なんて言っちゃいなかった。
 あのときあいつの口から聞こえたのは。

「まただ。」
 僕の口からは無意識にそんな言葉が出た。その言葉は落ちていく僕を見下ろすように、宙へと舞った。
 まさか、僕と入れ替わろうと。
 本来の人格に戻ろうとしているのか。





 僕の心は、いまだ狂い続けたままだった。
 あの墓に刻まれた名は。全ては、全ては、輪廻は、

 最初から、逆に回転していた。





















 現在
 某月某日

 とある夫妻の会話録である。
 夫は仕事机にパソコンを乗せ、執筆。
 妻は最近買ったDVDを探していた。

「どうしたの?パソコンなんか触って」
「小説でも書こうかなと思うんだ。」
「へぇー。すごいじゃない。なんていう名前の本なの」
「名付けて、『百合環情異譚』。どう?良いと思わないかい?」
「いや、内容知らないからどうとも言えないけど……」
「あぁー。そっかぁ。はは。僕としたことがそれはそうだ。」
「ふふ。そりゃそうよ」
「「ふふふ。」」
「書けたらさ、一番最初に私が読んでもいいかしら」
「もちろんだよ!君には一番最初に読んでもらおうと思ってたんだ。」
「ありがとうね」
「いや、それほどじゃないさ。良かったら感想もくれよ。反省点にしたいから。」
「それも読んでからでしょ。どれもこれもあなたが書かないと話は進まないのよ。はやくはやく」
「ごめんごめん。分かったよ。」

 幸せな空気がこの夫婦を包み込む。暖かい朗らかな空気だ。
 この夫婦は近所でもおしどり夫婦且つ、良妻良夫で有名である。
 このあたりでは、あの夫婦には何かあるのでは、と噂になるほど有名な夫婦だ。
 勿論何かあるわけではない。ただ、そう感じるほどに愛が深いだけなのだ。

「そういえばさ」
「ん?」
「その小説ってつまり、どんなことを書くの」
「ジャンルかい?そうだなぁ。ジャンルは伝奇かな?」
「ふーん。昔話ってこと?」
「そんなところ。」
「ふーん」
「一度書いてみたかったんだ!こういうの!“刀でカンカン戦う話”!」
「そういうの好きだもんね」
「昔話で思い出したよ。そういえば君の方だよ。」
「何がよ」
「君はまだ昔のことを話してくれやしない。結婚したのにだ。聞かせてほしいんだよ」
「ふふ。またいつかね」
「そう言って君は何度も先延ばしにしてるじゃないか。もうそろそろ。」
「分かった。分かった。ほんとうにまた教えるからね。あともう少し待って」

 男は、仕方ないな、というように息を深く吐いた。

「だから、その代わりに、一つお願い」
「なに?」

 男は怪訝そうに訊ねた。

「私にもう少しだけ、愛を注がせてね」

 男は何を言っているのか分からないような感じでこう言った。

「君が何を言ってるか分からないけど、それでいいなら、僕はいつまでも愛するよ。
“椛”のためなら。」

 女は、喜色満面、大きく一度頷いた。
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