第1話

文字数 14,582文字

戦友【硫黄島の戦い】
1932年、30才の西は、ロサンゼルスオリンピックの馬術大障害飛越競技にて、金メダルを獲得する。この金メダルは、日本が、オリンピック馬術競技でメダルを獲得した唯一の記録である。


1944年6月。
西の妻、武子は、5才の娘、春子の部屋を覗き、ほほえんだ。春子はいつでも一人で、誰かとしゃべっている。
「春子ちゃん、お部屋に誰かいるの?」
「うん!そこにふわりがいる!」

「ふわり?」
武子は部屋を見渡したが、誰もいなかった。
「あまり、一人でしゃべらないでね。」
「わかった‥。」

「これ何!」
机の上には、ほこりの塊が置いてあった。
「えっと‥。」
「こういう事はしちゃダメじゃない?今日は、お父さんが帰ってくるんだから、良い子にしていてね。」
武子はほこりの塊を持って行こうとした。
「ダメ!!それは、ふわりが今からカステラに変えてくれるゴミなんだから!!」
「そんな事あるわけないじゃない!バカね!」
武子は少し怒って、ゴミを持ち、部屋の外に出た。

泣いている春子の肩を誰かが叩いた。
「え?」
透明人間の少女ふわりは、春子に一かけのカステラを出した。
「ありがとう!ふわり!」

兄の徳が、部屋をのぞいた。
「春子、そのカステラ、どうしたの?」
「今、ふわりにくれたんだよ。」
「ええ!ふわり、俺にもくれよぉ!!」

2人はふわりを呼んだ。すると、武子が来た。
「あら、春子ちゃん、そのカステラどうしたの?」
「ふわりにもらったの。」
「ええ!本当に見えない誰かがいるの?」
「うん!!」
すると、不思議な風が吹き、武子と徳の手にカステラが持たされていた。春子の手には、もう一つのカステラがあった。
「わああ!」
「ありがとうございます。ふわりさん!」

武子は春子の頭をなで、言った。
「今度また、ふわりさんが来たら、お母さんに教えてね。」
「うん!」
春子は2つ目のカステラを一口食べ、言った。
「これはもういいや。お父さんにあげる!」

竹一が久しぶりに家に帰ってきた。
春子と徳は笑顔で、竹一に飛びついた。
竹一は、茶の間でくつろぎ、春子は皿にのせたカステラを持って来た。
「お父さん、このカステラ、食べていいよ。少し私がかじっちゃったけど。」
「いいのかい?ありがとう。このカステラ、どうしたの?」
「あのね、私がふわりにもらったんだ。ふわりの事は、内緒なんだけど‥。」
「ええ?」

「武子さん、ふわりさんというのは、春子の新しい学友ですか?」
「いいえ、春子ちゃんには、見えないお友達がいるみたいなんです。」

夕食は、家族4人で鍋を食べた。
「武子さん、この肉、うまいね。どこで買ったんだい?」
「いいえ、買ったんじゃありませんわ。誰かが持ってきてくれたんです。」
「誰かが?」
「ええ、名前も言わずに。最近じゃ、こんなお肉が店に並ばなくなりましたから、きっと心の優しい良い方ですわ。」

「きっと、その人はふわりだよ!」
春子が言うと、徳も言った。
「そうだね、春子が仲良くしてくれるから、食べ物を分けてくれるんだよ。」

武子は優しい目を子供たちに向けた。

深夜、竹一と武子は話した。
「あのさ、見えない友達なんて、こわいじゃないか?だからもう、別れさせなよ。」
「別れるだなんて。相手はまだ子供なんですから。」
「でも、何かあったら大変だよ。実は僕はもう、長くない。」
「ええ、そんな!これから、幸せになれると思っていたのに。」
「すまない。硫黄島に行く事になったんだよ。僕はもう、そこで死のうと思う。」

竹一が家を出る日、徳には竹一が目を見てお話をしたので、徳は竹一がもう二度と帰らない事を分かっていた。でも、春子は何も知らない。
春子は、竹一に飛びついた。
「お父さん、私にお土産買ってきてね。できれば、お人形がいい。」
「どんな人形かな?」
「とても小さくて可愛い人形。」
「分かった。」
竹一は、春子を降ろし、武子に3人それぞれに当てた遺書を渡した。

「お父さん、もう一ついい?」
春子が言った。
「何?」

「お父さん!!」
徳が大きな声を出した。
「お兄ちゃん、私が話そうとしているのに‥。」

「春子ちゃん。」
武子が春子をやめさせた。

「今まで、ありがとうございました。できれば、早く帰ってきてください。」
徳は真っ赤な顔で泣きながら、竹一に言った。
竹一は敬礼をし、徳も泣きじゃくりながら、敬礼をした。

「お父さん!」
春子が竹一に飛びついた。
「お父さんが戻ってきたら、私、お父さんと結婚したい。」

竹一は武子に笑い、家を出た。
家族3人は、外に出て、竹一を見送ると、竹一は走りながら手を振った。
その姿をふわりも一緒に見た。
ふわりは、いろいろな場所をふわふわと飛んでいたが、大人の男の人があんな風に手を振るのを初めて目撃した。


場面は全く別の世界になる。そこは魔界だ。
魔界は、地獄を通り越したが綺麗な心になれなかった魂たちの安置場所だ。

一般的な魂は白い球のようになり、箱に納まり、眠っている。一般的な魂と分類されると、みんな少し泣くが、自分のお気に入りの人も一般的な魂に分類されるので、すぐに納得して静かに納まる。でも、時々、ガタガタと鳴る事もある。
この物語には関係ないが、奇習や犯罪、守り人の喪失などで、結界が消えかけた時に、ここにいるゴーストたちが、災害を起こす場合がある。
また、ゴーストの怒りが大きくなった時も、結界が壊され、災いが起きる。



優れていたが悪い魂は、暗闇村という特別な牢屋に回される。
そして、世界に悪人が少なくなった時に、悪人代表として、世界に降ろされる。
それを繰り返さなければ、幸せになる事ができない。
暗闇村は9割男である。女は少しいるが、とても酷い者で、見るに耐えない。

「栗林忠道!」
看守は男を呼んだが、男はうずくまったまま、起きようとしない。
神の看守が、男の前に来た。
『元の名を、園田錦。』
「そうだよ、どうして僕の名前を呼んでいるんだい?」

「日本に戻るんだ。」
「そんな。まだ戦争をやっているんだろ?行きたくないよ。」
「もうひと暴れしなきゃ、お前、幸せになれないよ。」
「それ、本当?ひと暴れすりゃ、幸せになれるのかい。」

別の看守が、別の牢屋の男に声をかけた。
「千田貞季。出るんだ。もう一度、生きるんだよ。」
「ふーん。それで、俺にいくら払えるんだい?」
「金はやらない。その代わり、女と酒だ。」
「ええ?女なんて欲しくないよ。ただ僕は金持ちになれりゃ、それでいい。」
「そうかい。まぁとにかく、地上に戻り、ひと暴れしてこい。そうすれば、幸せをくれてやる。」
貞季は、看守を見つめた。

「飛行機かい?僕ら、長い間、ずっと空に浮かんでいたんだろう?知っていたよ、ここが地下じゃなくて、雲の上だって。」
「よくにそれに気づいたな。でも、お前は、空は飛べない。歩兵隊だ。」
「ふーん‥それは残念だが、仕方ないね。」
貞季は立ち上がった。

2人は暗闇村を出て、長くて暗いレンガの道を歩いた。
「地上に降りるのは2人だけかい?もっとたくさんいるんだろう?」
忠道が聞いた。
「他の者は、後から追いつくだろう。」


一般的な魂と分類された、木の箱に眠る白い魂たちは、卵のようにうずくまり、寝息を立てている。みんな、昔の夢を見たり、ぼんやりと地上に降りてみたりしている。
時々、笑い声を立てる。
リンリンリーン
甲高い鈴の音だ。ご飯の時間である。
白い魂になって初日の輪作は、クリーム色の柔らかいクッキーを砕いた感じの食べ物を見て、後退りした。
豚がエサを食べるような感じに、みんなむしゃむしゃと手で食べている。
白い魂には、ぼんやりとした目と口しかなく、小さな手足が生えていた。
「いいから、食べてみろよ。」
「うん。」
輪作が食べてみると、とても美味しかった。もっと食べたいと思い、食事終了の合図が鳴った。
輪作は、箱で眠る事が心地よい一方で、はっきりと感覚を持ち、地上に降りた。
地上に、まだ好きな人がいたのだ。さよならを言わないまま、輪作は戦争で死んでしまった。
リン子は、少し特別な女性で、絵描きだった。でも、ほとんど売りはしない。
手をかざし、敵国を霊視する。
「やっぱり、面白い物がたくさんある。」
リン子は残念に思い、木の枝で地面をなぞった。

「リン子ちゃん!」
リン子の1人事の最中に、男が声をかけた。リン子の事を気に入っている吉亮(よしすけ)だ。
「こんにちは‥。吉亮さん。」

地上に降りていた幽霊の輪作は、木の影に隠れた。

「こんな所でどうしたの?」
「いえ、なんでもないの。ちょっと考え事をしていて‥。」
「みんな、下で集まっているよ。今日は祀りだ。戦争中でも、村の行事は大事にしないと。」
2人は去り、輪作は、祀りの炎を切なげに眺めた。

魔界に戻った輪作は、エサの時間に、思わず涙をこぼした。

「早くしないとなくなっちまうぜ‥。」
友達の木慈は、皿を持ち、つぶやいた。
輪作は涙をこぼし続けてしまった。
「ええっ、どうしたの?涙が見つかったら、尻叩きの刑になるよ。」
木慈は言い、看守がこちらに来るのを見た。
「早く拭きなよ。」
「うん‥。」
「輪作。」
白い魂の木慈は、輪作の頬にキスを2回し、涙を消してくれた。
輪作は、元気になって、食事をもりもりと食べたが、消灯の時間をすぎると木の箱の中で、もう一度泣いてしまった。
輪作の箱はぶるぶると震え、ついに看守が来て、輪作を持ち上げた。
「うわあああ。」
白い魂の輪作は手足をバタバタさせ、泣きさけんだ。
白い魂の輪作は、尻叩き台に連れて行かれ、尻を叩かれた。
涙は簡単に流してはいけない決まりなのだ。人に迷惑をかけるからである。
人に辛い思いをさせてしまう。

朝、木慈が輪作に言った。
「だから、泣いちゃいけないって言っただろう。俺たちにはちゃんと、涙の時間が与えられているんだから。」

リーン、リーン、リーン
ヒーリング音楽のような音が、涙の時間の合図だ。
白い魂たちは、放心したように、涙の泉台まで歩き、自分の真実の涙を落とす。
木慈が振り返って、輪作に聞いた。
「昨日、泣いたけど、まだ泣ける?」
「うん。まだ泣けるよ。」

「本当に、あなた達はよく話しますね。」
看守が言った。

木慈は、「うっ、うっ。」と声を上げて泣き、泉台に涙を落とした。
輪作もポロリポロリと涙を無事に落とした。

真実の涙の泉は、それを魔界の雲に伝えていく‥。

木慈と輪作は、箱の中で寝息を立てた。
気づくと、人間の姿になり、看守の話を聞いていた。
「大日本帝国の戦争も終盤を迎えている。お前たちは、歴史に残るために、地上に降りてもう一度戦ってほしい。硫黄島での戦いだ。お前たちは一度死んでいるから、3回までは生き返れる。どうだ?」
「はい、僕行きたいです!」
「僕も、頑張ります!」
白い魂たちは元気に返事をし、硫黄島に降りる事になった。

魔界は地獄をこえた者たちの安置場所である。悪すぎる者達は、なかなか地獄から出る事が出来ない。
地獄の食べ物である、ほとんど肉がついてない骨をポリポリと食べているノラに、看守が声をかけた。
『地上へ降りろ。』
「なぜですか?この味をようやく、美味しいと思えてきたのに。」
『お前は、硫黄島の戦いに参加してもらう。どうせ、もうすぐ安置所に行ける魂だからな。』
「ふーん。分かりました。じゃあ、僕、地上に降りて、戦います。」
ノラという男も、硫黄島の戦いのために、地上に降りる事となった。


西家では、春子がお手玉をなげて、ふわりに取って来てもらうという遊びをしていた。
最初は楽しくやっている春子だが、午後になると退屈になり、泣きだしてしまう。
「お父さんの絵、描いて!」
泣きじゃくるが、ふわりは絵を描くことができない。

元気をなくしている武子の代わりに、ふわりは、春子と徳のお世話をして、布団をかけて寝かせた。
「ふわり!」
武子が小声で、ふわりを呼んだ。
『何?お母さん。』
「ここにいるんでしょ?春子ちゃんのことはもういいから、竹一さんを守ってあげてくれないかな?」
『いいよ。私が‥硫黄島の戦いに行ってくればいいの?』
「あなたは透明だから、大丈夫だよね?これを‥竹一さんに渡してもらいたいんだけど。」
それは、お守りだった。
『いいけど、持って行けるかな?』
「無理なら仕方ないわ‥。でも、ここに置いておくから、もしできれば、渡してちょうだい。」
『わかった。』

武子が眠りについた時、透明人間のふわりは集中して、お守りを取り、頭にかけた。
そして、おでこにお守りをぶらさげ、硫黄島に向け、飛び立った。
肩掛けバッグから、鏡を取り出し、顔を見る。これは、昔、7才の女の子からもらった物だ。
『私、かっこいい!』 

『それ、変だよ。』
知り合いの黒い神が、ふわりに言った。
『いいの!私はこれが好きなんだから!』
『お守りは左胸に入れておけ。』
『それ、どうゆう事?』
『なんだ、人間の体の仕組みも分からないのか?』
『うん。一応知っているけど、よく分からない。』
『それで、よく人助けができるぜ。』


輪作と木慈は硫黄島についた。魔界での記憶は曖昧である。
「一緒の部隊ですね。よろしくお願いします。」
人間の男が話しかけた。
「自分の名前は、柵下留次(さくしたるじ)です。」

「留次だって‥。」
輪作と木慈は、口元を隠し、笑いをかみころした。
留次が言った。
「何がおかしいんですか!木慈さんだって、同じ感じの名前でしょう!」
「へ?なんで俺の名前を知っているの?」
「さっき、話しているのを聞いてしまったんです。」

「輪作さん?」
「え?」
「生きていたんですか?」
「吉亮君?」
「はい、僕も硫黄島に呼ばれて来たんです。輪作が亡くなったと聞いて、僕たち、お葬式をしたんですよ。」
「ごめん、一応、今は生きているんだよ。」
輪作が言うと、吉亮は輪作を見た。
輪作が言った。
「でも‥もう、俺は、硫黄島で死ぬよ。」
「そんな事を言わずに、みんなで生きて帰りましょう。リン子さんも輪作さんに会いたいと思いますよ。‥リン子さんは、お婆さんが亡くなった時に、あの美しい髪の毛を切り、一緒に燃やしたんです。‥さらに、リン子さんは美しくなりましたけど。」


リン子には、不思議な声が届いていた。
それは黒神という日本の神の1人からの声だった。
『ねえ、お前だけ、どうしてそんなに綺麗なんだい?』
「へ?」
リン子は誰もいない田舎道を振り返った。
『綺麗の秘密、俺にも教えてくれよ。』 
「こっちよ!」
リン子は声の主が分からなかったが、走った。
「この実が、体に良いみたいなの。」
リン子は山の木の実を指した。
『一つくれ!』
「でも、あなたどこにいる?」
『ここに投げて!』
リン子は声がしたような場所に実を投げた。すると不思議な風で、木がざわざわと鳴った。

夜、リン子が両親のご飯の仕度をし、片付けている時、声がまたした。
『お前の髪の毛、俺にくれるだろ?』
「ええ。いいわよ‥。」

次の日、リン子はどこに行けば黒神に髪の毛を渡せるかと考え、森の綺麗な小川にハサミを持って向かった。
どんどん具合が悪くなっていく祖母の事を考え、リン子は小川を見ながら、涙をこぼした。
リン子の涙は、美しい小川にポタリと落ちて、綺麗に光った。

リン子が髪の毛にハサミをいれようとした時、声が聞こえた。
『お前のお婆さんがもうすぐ亡くなる。だから、死んだ時に、お前の髪を一緒に燃やしてくれ。そうすれば、俺にも届くから。』 

「分かったわ。」

リン子はお婆さんが亡くなった時、お婆さんの亡骸の隣に自分の美しい髪を置いた。

炎が燃え上がった時、リン子は息がつまりそうになった。
でも、遠くから、あの声がした。
『うわーい!うわーい!』
人間の姿ではない黒神は、リン子の髪を襟巻のようにして、雲の上をかけまわり、手に持って、ぶんぶんと髪の毛を振り回したりした。
その姿を見たリン子は、微笑んだ。

数日後、空一面を、不思議な雲が覆った。
その上を、黒い大きな鳥の足が歩いていく。
雲の切れ目から、鳥人間の男が、リン子に透明な翼を落とした。
その鳥人間が黒神である。黒神は姿を変えることが出来る。
歩いていたリン子は、背中が急に軽くなったのを感じた。
『いいか。お前には見えない翼をくれてやる。しかし、それで空を飛ぶことはできない。でも、それは、我々神にとって、お前が特別な人間であるという証明になる。お前は神に、守られるだろう。』
「ええ。ありがとうございます。」
『いい。髪の毛をありがとう。』


ふわりは硫黄島にたどりつき、夜の軍会議中の竹一の前に、お守りをプラプラさせた。
「ああっ。」
ふわりは笑い、お守りと共に消えた。

「何か、良い作戦を思いついたら、すぐに我々に教えてくれ。」
忠道が言った。
「はい!」
そして、人間の兵士が、いくつか質問をした。
「そんなにいろいろ聞いたら、ダメだろうが。」
貞季が兵士に言った。

ノラは、1人暗くなっている。
竹一と友人の兵士彦助(ひこすけ)は、ちらちらとノラを見た。
軍の会議が終わり、ポケットに両手をいれ歩くノラに、彦助が声をかけた。
「おい、貴様!大丈夫か?」
「はーい?」
「しっかりと戦えそうか?」
「ええ、それはもちろんです。」
ノラは笑みをうかべた。

次の日の会議で、「はい!」ノラが手をあげたので、彦助と竹一はぎょっとしてノラを見た。
「西中佐が率いる、戦車第二十六連隊を戦車壕に埋め、砲塔を出し、トーチカ代わりにするのはどうでしょうか!」
少し高い声で、ノラが言った。
「ええ‥?」「それはないだろう。」
兵士たちは、ざわめいた。
しかし、ノラは続けた。
「西中佐は、ロサンゼルスオリンピックの馬術競技金メダリストですから、真っ先に狙われます。西中佐は我々日本軍の陣地から動かない方がいいと思います。」

「それは正しい考えだ。」
貞季がいい、にやりと笑った。忠道もうなずいている。

「しかし、それでは‥。」
竹一と彦助は、深夜まで忠道や貞季と話し、半分はトーチカ代わりに、残りは戦車としての機動性を生かすことになった。

輪作と木慈と留次と吉亮の部隊でも、会議が行われていた。
「誰か、良い作戦を思いついたら、俺に教えてくれ!」
隊長が言い、輪作は木慈に耳打ちをした。
元々白い魂だった輪作と木慈には、神の力が少し与えられていて、良い作戦をたくさん持っていた。でも、生きている人間が出した方が、出世に通じると思った。

「どうしよう、何かあるかな?」
吉亮が輪作たちに聞いた。
「えっとぉ‥。」
「自分で考えれば?」
木慈が言うと、吉亮が言った。
「でも、君たちには作戦があるみたいじゃないか?もしも、良い物なら、隊長に教えればどうだい?」
「いや、僕たちはもう長くないから、君たちが考えればいいよ。」
「命の価値はみんな同じだと思うよ。どうして、硫黄島で死ぬって決めつけるの?」
「えっと、それは‥。」
「もしもこの場所で死んだのなら、君たち2人は、硫黄島で暮らすってことだからな。世界から光がなくなるまで。」
吉亮が言うと、輪作と木慈は吹き出してしまった。

留次は、黒い猫を発見して、目を見開いた。
「黒猫だ。」
留次はつぶやき、追いかけた。
這いつくばって黒猫を探す留次の所に、3人がやってきた。
「留次、何を探している?」
「黒猫様だよ。さっき、見たんだ。」
「なぜ、黒猫に様をつけるんだい?」
「知らないのか?神様なんだぜ?」
「黒猫なんて、そこら中にいるじゃないか。それのどこか、神様なんだよ?」
「特別な黒猫がいるんだ。俺たちに力を与えてくれる。」
「へぇ‥。」
輪作と木慈は顔を見合わせた。ずっと魔界にいたが、具体的な神様のことは分からなかった。
「他に、どんな神様がいるのかな?」
思わず、輪作はたずねた。

「しー。」
そう言い、留次は目を閉じ、耳をすました。
「黒神様の声がした。」
「へ?」
「黒神様。大きなカラスの神だよ。俺、前に見たんだ。こわかったぜ。でも、すごく、かっこよかった。」
「そうなんだ‥。」「俺たちもぜひ、会ってみたいよ。」

「留次が言っていた黒猫って、こいつの事かな?」
吉亮が黒猫を抱えてきた。
「可愛いー!」
輪作と木慈は黒猫を見て、笑った。

「いや‥、ちがう。そいつじゃない。」
「ええ。」
「こんなに可愛いのに?!」
「うん、違う子だ。」
4人は猫を抱いたまま、歩き出した。
「どこから来たんだろう?俺たちで、飼うことにする?」
「いいけど、すぐ死んでしまうよ。人間の食料だって少ないのだから。」
留次が言った。
「じゃあ、置いて行く?」
輪作が聞いた。
「うん。そうした方がいい。」
留次が言った。

「可哀想だけど、仕方ないな。」
ニャー
黒猫はすぐに影に隠れた。4人は歩き出したが、留次は振り返った。
もしかしたら、さっきの黒猫が、神の猫だったのかもしれないなと思った。

輪作が吉亮に言った。
「作戦の話だけど、リン子ならどうするかって考えてみろ。」
「ええ?リン子ちゃんが、人を殺すわけないじゃないか。」
「ちがう!もしも、リン子が俺たちのように人を殺す任務をしていたらどうなんだよ。
俺たちは、人を殺さなければ、殺される立場に立っているんだからな。」
「あ、そうか。」
「リン子の考えは全て人と異なっている。だから、リン子は天才なんだよ。」
輪作が言うと、留次が口をはさんだ。
「人と異なる考えが天才なのか?人と異なるという事は、迷惑になる場合もある。」
「まぁ、俺たちは、リン子さんとお会いした事はないんだからさ。」
木慈が笑い、留次をたしなめた。

日本軍は、地下坑道を掘ったりした。
竹一も彦助も記憶を失くしていて、竹一は春子に可愛い人形を渡したりした。
記憶の中の竹一が会った春子は小さくなっていたので、竹一は心配した。
徳は日本兵の格好をして、戦争の真似事をしている。それも心配だった。

ついに、硫黄島の戦いが始まる。

硫黄島の空を、不思議な雲が覆った。
「ふーん、やっているわね。」
青い鳥人間の青樹(せいじゅ)が、人間たちを見降ろし言った。
「そうだな。この馬鹿でかい戦争を早く終わらせるためには、硫黄島の戦いはさけられない。」
巨大な龍が言った。
「戦争に意味なんてないわ。人生を早く終わらせたいだけよ。」
青樹は言い、不思議な雲の上を飛んだ。
その不思議な雲は、巨大な龍、日本龍が住む場所である。
日本龍の家来や、友人たちも一緒にその場所に住んでいる。
日本龍、青樹、黒神には、もっと長い名前があるが、私はまだ知らない。

黒い靄になった黒神が来て、日本龍と青樹に言った。
「この戦争、おそらくアメリカが負けるよ。」
「はは、当然だろう。大日本帝国には俺がついているんだから。」
「大日本帝国ですって?そんな事をするから、戦争が長引くのよ。」
「前の日本の形を、俺は気に入っていた。だから、総理に日本を広げる理由をたずねると、『あなたを大きくして、力を伸ばしたいからですよ。』と言われたんだ。そういう理由なら、俺も止めることはできない。‥青樹、君はどこから来た?」
「そんな事は、今はどうだっていいでしょ。」
「日本の鳥なのに、真っ青なんて、珍しいよな。」
「そうかしら?キジも美しい色をしているわよ。」

「ああ、確かに。じゃあきっと、君はキジの一種だ。」
日本龍は言い、黒神とそれについて話し始めた。

青樹はそれを無視して立ち上がり、雲から日本軍を見降ろし、飛び立った。
そして、真っ赤に染まってゆく硫黄島に青い魔法をかけた。
輪作が胸を撃たれ、立ち尽くす木慈の下に、青樹は降りた。
「誰だ!」
木慈は、青樹に銃を向けた。
「撃たなくていいわ。私はあなた達とはちがう。雲の上に住む者だから。」
「じゃあ、神様なのですか?」
「ええ。もちろん。」

「では、仲間を助けてください。胸を撃たれてしまって、今にも死にそうなんです。」
木慈が言うと、青樹がまっすぐ木慈を見た。
「実は‥、俺たち、元は魔界の白い魂で‥3回は生き返れることになっているから、まだこいつは1回目だし、生き返ると思うんですけど‥。あの‥すぐにでも起こしてほしいんです。」
青樹は目を開き、輪作の傷を無くした。
そして、飛び立った。
「ありがとうございました!!」
木慈は青樹に向かって、叫んだ。


竹一は、朝起きるたびに、妙な気分になった。ほとんどの時間の記憶が曖昧だったが、夢の中では、自分は何度か死んでいたからだ。
痛みで死ぬ時は、麻痺して、だんだんと暗くなる。でも、その後の魂の涙や悲しみと言ったら、言葉では言い表せない。
貞季は勇敢に戦い、十五回生き返った。
敵の火炎放射器で仲間と自分が黒焦げになった後、自分だけが生き返り、敵に姿を見せ、驚かせた時は、気分が良かった。
でも、瀕死の傷を負い、命からがら、日本軍の洞窟の中に逃げ込んだ時、強く天の神様に命乞いをしたが、もうダメだった。重症の者に、同じ日本兵が水を飲ましたりしている。

「ここにも、敵が攻めてくるかな?」
貞季は月を見た。
『もちろん。』

「そうか。」
そして、最後の朝日を見た貞季は、銃を口に入れ、自決した。

竹一もついに危険な場所に赴く事となった。
武子は心の中で、いつでも竹一のメッセージを受け取っていた。でも、ついにこの日だと思う日が来た。
「春子ちゃん、これ、お父さんからのお手紙よ。」
「ええ?」
春子はポカンとした顔で、武子を見上げ、手紙を受け取った。

「今日で最後でしょう?」
竹一は、ふわりに聞いた。
「何か、くれないかな?お守りとか。」
竹一は言い、ふわりは笑って、乗馬ベルトの上に置いたお守りをさした。
「これ、持ってきてくれたんだ。」
『うん。』
竹一はベルトをつけ、お守りを胸ポケットにしまった。
「僕が死んだら、武子さんと、徳と春子のことをよろしくね。」
『うん、わかった。』
「じゃあ、行ってくる!」 

竹一、彦助、ノラたちは、危険な場所に来た。
敵の銃弾が、竹一を襲い、ノラは背中に銃弾をうけた。
「ノラ!!」
「あ‥。」

しかし、ノラは地獄からの使者である。
ノラは服を脱ぎ、敵に向かい、走った。
「俺がバロン西だぁ!!!」

バロン西として、ノラは敵の捕虜となった。そして、敵の攻撃は弱くなる。
しかし、竹一は敵から逃げる最中に、背中に銃弾を受けた。
その時、春子は、竹一からの手紙を読み、ウラヌスのたてがみを握りしめていた。
竹一は、最後の力をふりしぼり、銃で心臓を撃ち、自決した。
敵が去ったのを見計らい、竹一を見に来た彦助は、変わり果てた竹一を見て、泣きさけんだ。

硫黄島の上の不思議な雲は真っ黒になっていた。
雲の上も薄暗く、日本龍と青樹も落ち込んでいる。
靄となった黒神が来て、言った。
「やっぱり‥この戦争、アメリカが負けると思う。」
「そうだな、ボロ負けだ。」
日本龍はやつれている。

なんとか、3月26日まで生き延びた輪作、木慈、留次、吉亮は、忠道と共に、最後の総攻撃に出る。
忠道は、白襷を肩にかけ、残存兵400名の先頭に立ち、米軍が占領している第1、第2飛行場に突入した。
忠道は銃弾を浴び、倒れ込んだ。

次々と兵士達が撃たれていく。
吉亮を守るために、輪作は最後の死を使う事になった。
「輪作!」
「吉亮‥リン子の事、よろしくな。」
輪作は息を引き取った。

「うわあああ!」
残りの兵士たちは、アメリカ軍と戦い、留次と木慈と吉亮は何とか生き延びた。

日本龍と黒神と青樹は、雲の上から、最後の戦いを見守っていた。
アメリカ兵たちが、星条旗を持ち、走るのを見た青樹は、雲から飛び立った。
「裏切るのか、青樹。」
青樹は神の顔で飛び、星条旗を立てそうになっているアメリカ軍に追い風を吹かせた。
「あああ!なんてことを!!」
黒神は叫び、日本龍はカメラを構えた。

青樹は目を開いた。日本の守り鳥は、どこから現れる。
ずっと、日本の守り鳥は、逃げるばかりのキジか、可愛らしい鶯だと思っていた。
戦い方なら、ずっと思い描いていた。
しかし、現れたのは、Nipponia Nippon朱鷺である。
朱鷺は穏やかな目で青樹を見ると、雷鳴と共に砕けた。

「仕方ないな。」
靄となった黒神は、日本兵の残り数人を生き返らせた。
「黒神様。」
留次は跪いた。

木慈は黒神を見て、言った。
「あの‥僕、元々、白い魂なんです。」
「へぇ、それはみんな同じなんだけど。」
「いや、僕は魔界から降ろされてきたのに、生き残ってしまったんですよ。」
「じゃあ、これからずっと生きろ。」

吉亮は初めて見る黒神に息を飲んだ。
「リン子と結婚すれば、呪われるぞ!」
黒神は言い、舌を出した。

アメリカ軍の捕虜となったノラは、バロン西の名前を言わなくなり、ふさぎこんだ。
ノラもまた、生きてゆくこととなった。

終戦の日まで、黒神は言った。
「アメリカはきっと負けるよ。」
「いや、もう勝ったんだよ。」

日本龍と黒神はミズーリを見下ろした。
ついに、重光葵(まもる)外務大臣が降伏文書に署名するのを見た。

「なんてことを。もっと戦えよ、なぁ?」
「もう仕方ないんだ。‥青樹は‥、どこに行ったかな?」
「日本を捨てたんだよ。あいつ、勝利の鳥らしいぜ。負けた国なんかには、いたくないんだ。」
「あ‥。」
日本龍は息を飲んだ。

かすれた声で、黒神に言った。
「黒神、青樹を追ってくれないか‥?日本に戻ってもらいたい。」
「いいけど、後で高くつくぞ!」
「わかった。」

「ははは!俺が行けってさぁ~!!」
黒神はいろいろと言いながら、飛んでいった。
日本龍はため息をつき、ミズーリを見守り続けた。


「あああ!あいつを見つけたぞぉ~!!」
黒い靄の黒神は、ついに青樹を発見した。
「みんな、あいつをつかまえろ!」
黒神は、黒い弟子たちを青樹に向かって飛ばした。

青樹はそれをよけ、飛んでいく。
「お前!どこに行く気だ!」
黒神は言った。
『あなたには関係ないわ。』
青樹は英語で言った。

ついに、アメリカ本土までたどりついた時、黒神は言った。
「くそっ!ここまでかよ。」
青樹は笑い、アメリカに入って行った。

青樹は、アメリカの勝利に喜ぶ民衆の前に降り立ち、言った。
『私の名前は青樹。またの名を、勝利の女神ニケ。』

青樹は勝利を好む神だった。

終戦後、黒い人ごみの中に、武子と春子と徳がいた。
家を出る事にしたのだ。
勝手に軍人が上がりこんで、茶を飲んだりしていた。
「ちょっと!!あなたは誰なんですか?!」
武子が慌てて聞いたが、答えなかった。
本当はその軍人はノラである。ノラは地獄からの使者なので、3人がこの家を出なければならない事が分かっていた。でも、伝え方が分からないので、こうするしかなかった。
西家に来れば、綺麗なお嬢さんがいて、自分も幸せになれるかなと期待したが、外れだった。

「お母さん、歯が痛いよ。」
春子と徳が言った。虫歯なのだ。武子にも虫歯がある。
「ふわり‥!」
黒い人ごみの中で、武子は振り返った。

しかし、ふわりはもっと大変な場所に飛んでいたので、来ることはできなかった。

3人は親戚がいる群馬で暮らすことにした。
3人は多くの時間の記憶を忘れていたが、春になる頃には、虫歯もよくなっていた。
「竹一さんが亡くなって、戻ってきたのはたったこれだけなんですよ!」
武子は苦笑いで、竹一の遺骨が入った缶を、知り合いに見せた。


吉亮は、木慈を連れ、村へ戻った。
村の者が出迎えている。
久しぶりに木慈を見た村人は、木慈と抱き合った。
吉亮は、まっすぐとリン子の下へ向かい、手をとった。
「ずっと、リン子ちゃんの事を想っていたんだよ。」

ある日、西家では、武子が赤ん坊を抱えて、帰ってきた。
「その赤ちゃん、どうしたの?」
「ふふ、お地蔵様の前に、捨てられていたの。」
「ええ、本当?」
「うん。だから、この子、春子ちゃんの妹にしてもいい?」
「うっ‥。」
春子は泣いた。
本当は、自分より小さな女の子は嫌だった。

徳もお母さんも、妹になったチナに夢中だ。
春子は、チナを可愛がっているふりをして、近づいて、抱っこした。
とても軽くで重い。大事な命って感じだ。

でも、チナが嫌だった。
お母さんが見ていない隙に、チナをつねったり、チナが寝かされている座布団を足で蹴って、追いやったりした。
そうこうしているうちに、ふわり達が戻ってくる。
今度は、春子とチナがピンチなので、霊は、春子のお爺ちゃんも一緒だった。
春子がチナを放り投げた時、ふわりがキャッチして、お爺ちゃんの霊が春子を叩いて、春子は倒れ込んだ。
「うわあああん!!」
春子は真っ赤な顔で泣いた。

春子はしばらくの間、おとなしくなったが、またいじわるをするようになった。
チナを机の上に寝かせて、手で関節を切るふりをしている。
ふわりが優しくやめさせようとした時、お爺ちゃんの霊が春子をまた張り倒した。

春子はたくさん泣いたが、武子と良く話して、だんだんと優しくできるようになっていった。


「本当に結婚しちゃっていいの?」
黒袴で、輪作のお墓に祈る吉亮に、木慈が聞いた。
「呪われる覚悟は出来ている。どうしても、リン子ちゃんを一人にさせたくないんだ。」
「そうか。じゃあ、幸せになれよ!」
「ありがとう!!」


黒神は言った。
「リン子を幸せにしないと、殺しちゃうからな。」
「わかりました。」
吉亮は涙を流した。


春子は16才になり、鏡を見た。
戦争中、虫歯だったところは、もうすっかり良くなっている。
チナと仲良くできるようになって以来、ふわりは来なくなった。
春子は、出会った中国人と結婚することになった。
家の事は、大嫌いなチナに任せればいい。
お父さんが亡くなった時に、春子は我慢したのだから。

嫁ぎ先では、みんなが優しくしてくれた。でも、大部分、春子は記憶をなくしていた。


結婚から5年たったある日、徳が迎えに来てしまう。
秋は思いやりを持ち、すっと春子の手を離した。
「ふわり!」
春子は涙目で、ふわりを呼んだが、もう来る事はなかった。

ふわりは、霊界にそびえる巨大な釈迦となっていたのだ。
戦争中のふわりの活躍が認められ、ふわりは、日本の霊界の最高仏となっていた。

その日から30年後、ふわりの最高仏の任務は、あと1年に迫っていた。
ふわりは天使に呼ばれ、釈迦像から抜け出し、寿命のキャンドルの下に連れて行かれた。
「春子ちゃんの命が残りわずかです。どうしますか?」
「出来る事なら、春子を助けたいです。」
「寿命のキャンドルの長さは変えられません。私たちからしてみれば、春子ちゃんは、人間の体から出た後の方が、大変だと思います。」
「それは、どういう事ですか?」

「あなたにも、まだ、分からないのですね。」

数週間後、春子は息をひきとった。

春子は美しい場所の綺麗なベッドで眠っている。
釈迦であるふわりは天高くから、春子を見守った。

ふわりの釈迦任務の終了の日が来る。
黄金の巨大な神の夫婦が、ふわりの両親だ。
お母様がふわりに聞いた。
「人間界に降りたら、どう生きたい?」
「できれば、もう一度、春子をお守りしたいです!」
ふわりが言うと、お父様が言った。
「そうか。分かった。では、鳳凰の下に行き、春子を返すように頼みに行け。」
「鳳凰?」

「そうだ。春子は、伝説の神、鳳凰の大事な娘なんだよ。」
「でも、きっと、あなたになら、ゆずってくれるわ。あなたは偉大な神の子だもの。」

もう一度、風の霊となったふわりは、鳳凰の下へ急いだ。
人間の娘になりたい春子を、鳳凰は人間界に投げるが、炎の娘に誰も近づけない。

「春子―!!!」
ふわりは叫び、鳳凰が投げた炎の娘を、ふわりは受け止めた。

『あなたが、私の娘の面倒を見てくれるの?』
「はい!私、春子に幸せな人生を送らせます!」
『そう。最後まで、しっかりと面倒を見てあげてね。』
「分かりました!それに私、春子に素敵な王子様を見つけます。」
『いいえ、春子は、あなたのそばで生きられれば、それだけで充分ですよ。』
鳳凰は笑ってくれた。

風の霊は炎の小鳥を抱き、天の世界に上がって行く。
黄金の両親は笑って、風の霊を見た。
2人は人間の娘となり、人間界に降りる事となった。
春子は言った。
「また、お父さんとお母さんの下に生まれたいな。」
「うん!きっとそうなるよ!」
「よかった。」


「長い間ずっと、あなたの事を、思い出せなかったんですよ。」
久しぶりに黒猫に会った留次が言った。
『そうか。だから、俺たちは寂しかったんだな。』
「だけどこれからは、二度とあなた達を忘れはしない。」
留次は言った。

結局、吉亮はリン子と結婚したが、呪われることはなかった。
木慈は、今でも魔界での出来事が一番の思い出である。
「輪作!」
夜空を見上げて、木慈は親友の名前を呼んだ。

大きなカラスが夜空を飛んだ。

End

By Song River
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