体温。

文字数 1,475文字

翌日の午前7時…

「うぐぐ…」

信はキッチンの前に立ち――
フライパン片手に苦悶の表情を浮かべながら何やら悪戦苦闘中…

―――ぐああああ…腕が…腕が上がらねぇ…っ!
   オムレツ作りてぇのにフライが返せねぇ…っ!!
   ああもういいっ!こうなりゃ昨日と同じスクランブルエッグじゃっ!!
   卵なんかこうじゃっ!!!

信はフライパンを持つのを諦め…コンロの上にフライパンを置くと
フライパンを細かくコンロの上で揺すりながら
中の卵を菜箸(さいばし)でグチャグチャとかき混ぜ始める…

―――まったくアイツどーなってんだ!?寒がりにもほどがあんだろ!
   いくら寒いからってあんなピッタリくっつく必要あるかぁ~?!
   しかも猫みたいに俺の肩に頭のっけて心地よさそうに寝やがるもんだから
   それ見て俺もついつい嬉しくなっ、――ッ違う違うっ、
   なんか動くに動けなくなっちまって結局また体中ビッキビキに…
   

   …てか俺も何やってんだよ…動けよ…バカ…


「ハァ~…」と溜息をつきながら冷蔵庫から牛乳を取り出し
かき混ぜている卵に少し付け足すと
胡椒と砂糖で味を調えながら再び菜箸で卵をグルグルとかき混ぜていく…

―――それにしても今日はどこ行こうか…
   ディナーはもう昨日のうちにフレンチの店を予約してあるからいいとして…
   やっぱ日中は郊外のアウトレットモールでアイツの服選びかな。
   そのあと日用品とかベッドとかを見て回って…


   ベッド…


   ベッドかぁ~…


「………」

今まで軽快にグルグルと卵を掻きまわしていた信の手が――
何故か徐々に重く…(だる)そうな動きになっていく…

―――昨日から散々愚痴ってはいるが――
   なんだかんだ嫌いじゃねーんだよなぁ~…


   葵と二人で寝るの…


「………」

まだ二回しかお互い一緒に寝てはいないが――
それでも久しぶりに近くに感じた自分と違う体温がそう思わせるのか…
信は葵の温度を手放したくないと感じ…
そんな事を思う自分自身に信は驚く…

―――最初冷たいと感じていたアイツの体温が――
   触れている足先から徐々に俺の体温と混ざり合い…
   冷たいシーツの上で互いの体温が一つになって馴染んでいく感覚が――

   何故だか俺を…安心させる…

   一人で寝る時や女を抱くときなんか…
   シーツの冷たさなんて気にしたこともなかったのにな…

信がフッと小さく苦笑をもらすと
遂に卵を掻き回していた信の手は止まり――

自分の足先に擦り寄り…
冷たくも同じ男性のモノとは思えないほどきめ細やかな肌をした
葵の足の感触を思い出し…
妙に官能的な興奮を覚えた信は思わず唾を飲み込んだ…

「…ッ、」

―――朝っぱらから何考えてんだ俺っ!…しっかりしろっ!!

急に湧き上がってきた興奮に信は焦り…
ソレを振り払うかのように信は卵をグチャグチャとかき混ぜ始めるが――
すぐにその手は止まってしまい…
フライパンの上で徐々に香ばしく焼けていく卵を
信はただぼんやりと見つめ続ける…

―――でもま…
   俺がどんなに葵と寝られなくなるのを()しんだところで――
   結局はベッドを買うかどうかを決めるのはアイツなんだし…
   俺がとやかく言うもんでも――


   !?


「あ”あ”っ!やっべ焼きすぎたっ、、あ~あ…」

見ればフライパンの上の卵は焦げるとまではいかないまでも
もはやいい色に焼きあがっており…

「…これじゃスクランブルエッグじゃなくて卵そぼろだな…こりゃ…
 ま、いっか。食えりゃなんでも…」

そう呟くと信はパラパラになった卵を皿の上に移し
冷蔵庫からマヨネーズを取り出すと
ソレを卵の上にかけ、適当に混ぜ始めた…
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