第1話

文字数 1,999文字

潮風に懐かしさを感じながら、黄昏に染まる海沿いの道を男が歩いていく。大智にとっては、4年ぶりの帰省だった。誰にも言えなかった、あの頃の後悔の記憶が住み慣れた街から彼の足を遠ざけてしまっていたのだった。大学卒業後、地元九州を離れて関東で就職することが決まっていたこともあり、彼を苦しめていた苦い記憶と決別するために、大智は帰省を決意した。実家からすぐ近くの海岸は、彼に幼少時代の様々な記憶を思い起こさせた。父と釣りをしたこと、祖父母と潮干狩りをしたこと、お盆休みには親戚で集まって砂浜で遊んだこと、そしてあの記憶も…。そうしてしばらく歩いたころ、海岸に見覚えのある階段と林が見えてきた。
「ここは、もしかして…。」
大智は戸惑いながらも、いつの間にか階段を下りて、海岸沿いの林を見に来ていた。そして、おもむろに何かを探し始めるのだった。
「もし、ここがあの場所だとすると、確かこの辺に…。」
ひときわ大きな松の木のくぼみの中に手を入れていると、少し古びた鍵が出てきた。
「やっぱりそうだったのか」と思ったとき、階段の上の方から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ずいぶん久しぶりだね。お母さんから海の方へ散歩に行ったって聞いたけど、こんなところまで来ているとは思わなかったよ。」
男の左腕にはやけどの跡が残っていた。弟の和幸だった。大智は和幸のやけどに複雑な表情を浮かべながら、手に持っていた鍵に視線を移しながら質問をし始めた。
「ついつい懐かしくなってしまってな。そういえば、これが何だかわかるか?」
「もしかして、秘密基地の鍵じゃないか?」
「やっぱりそうだよな。小さい頃、近所のみんなで作って遊んでいた、あの秘密基地の鍵だよな。」
「うん、本当に楽しかったな。でも、まさかあんなことが起きるなんて…。」左腕をおそるおそるさすりながら、和幸は兄が持つ鍵を見つめていた。
「ああ、本当に…。」気が付くと辺りは薄暗くなり、夕闇が2人の兄弟と秘密基地があった場所に迫り、大智の顔にも暗い影を落としていた。2人の間に長い沈黙が続いた後、大智が静かに口を開いた。
「和幸、あの時はすまなかったな。僕がちゃんと守ってやれていたら、こんなやけどの跡は残らなかったのにな…。」
大智の強い後悔の念に手に持っていた鍵が反応し、あたりがまばゆい光に包まれていく。
「いったい何がどうなっているんだ。大丈夫か、和幸!?」
「兄ちゃんの方こそ、大丈夫?いったい何をそんなに慌てているの?」
どうやら和幸には鍵から発せられる光は見えていない様子だったが、光は次第に強さを増していき、大智はとうとう目を開けていられなくなった。どれくらいの時間がたったのだろうか、いつの間にか光は消えてしまっており、少しずつ大智の視界が戻ってくるが、どうも様子がおかしいのだ。気が付くと近くにいたはずの和幸はどこかに行ってしまっており、林には竹やぶが生い茂り、少年時代の思い出の象徴であった秘密基地がその姿を取り戻していたのだ。
「まさか、そんな…。」動転しながら周囲を見渡すと、林が高くなっているように感じた。妙な胸騒ぎを覚えながら秘密基地に入り、倉庫を開けて確認すると、そこにはあるはずのない花火があるのだった。
「間違いない、あの日だ。」
和幸の8歳の誕生日の日、遠方の親戚の不幸があり両親は不在だった。大智は子どもながらに、弟にさみしい思いをさせたくないと思い、秘密基地で花火をすることを計画していたのだった。ところが、兄の思いに嬉しさを感じながらも素直になれずにいた和幸と大智は花火をしながらケンカをしてしまい、秘密基地が燃え、和幸は左腕にやけどを負うことになってしまったのだった。自身が置かれた状況に戸惑いながらも、大智は強い決意を抱く。
「絶対に同じことを繰り返させない」
再びあたりが暗くなってきたころ、和幸が秘密基地にやってくる。
「こんな時間に秘密基地に来いだなんて、どうしたの?」不機嫌そうに尋ねる。
「せっかくの誕生日だから、一緒に花火でもやろうかと思って。」忌まわしい記憶の元凶となった花火を持ちながら大智が答える。
「お母さんたちがいないからって気を使わなくていいよ、別に頼んでないし。早く帰ろうよ。」
子どもの頃はこの言葉にカチンときたことを思い出しながら、大智は返答を考える。
「じゃあ、僕の夏の思い出作りに付き合ってよ。ね、お願い!」
「そういうことならしょうがないな、少しだけだよ。終わったらすぐ帰るからね。」そうして2人は花火を始める。
しばらくして線香花火を見つめながら恥ずかしそうに和幸が言う。
「兄ちゃん、ありがとう。」
「僕の方こそ、あの時はゴメン…。」何のことかわからずに和幸は戸惑っていた。線香花火が燃え尽きた時、再び秘密基地の鍵から強い光がはなたれ、大智は気が付くと元の世界にいた。そばには和幸がいる。あの日言えなかった思いを伝えようと口を開く。
「和幸…。」
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