プロット

文字数 6,840文字

起:
 大正7年、北関東のとある街。小さな商家の娘である村中絲(むらなかいと)は13歳になったばかり。親の決めた許嫁と結婚することに納得したつもりでいたが、相手方の希望により女学校入学を辞退させられた夜、一冊の本と僅かな現金だけを手に、ひとり実家を飛び出す。
 電車に揺られ辿り着いた東京。実家では唯一の味方であった女中から教えられた住所を探す絲だが、人込みに押し流されまくった挙句、路地裏で一息ついたところで影のような化け物に遭遇する。絶体絶命の絲の前に現れたのは、巨大な風呂敷を背負った隻眼の少女。「挨拶なんてメンドクサイこと置いといて―――ちょっと待ってて、(はら)ったげるから」
 余裕そうな少女が風呂敷を開くと中から現れたのはネギ・ごぼう・大根………。
 静かに絶望する絲だが、少女は両手に野菜を持ち、軽々と怪物を攻撃し『祓って』みせる。
「アタシみたいな大天才が通りががって、アンタは本当に幸運だ。幸運ついでに今見たことは忘れな」という少女に、泣き顔で縋りつく絲。
「この御恩は一生忘れません………!!御恩ついでに教えていただきたいことがあるんですが………」
「………なによ?」
小石川区、音羽(こいしがわく、おとわ)、って、どこですかあ………?」

承:
 すっかり呆れた顔の少女だが、絲が差し出した住所の覚書を見た瞬間目を見開く。
「……なに、ここに行けって?」
「この家を頼れば安心と教えられまして……」
「なるほど、なるほど、そういうことね、ウフフ……」
 途端に上機嫌になった少女は、道案内を買って出る。
「お気持ちは嬉しいんですが……何故わたしなんかにそこまで優しく……??」
「優しいも何もさあ……そこ、アタシの勤め先だもん」
 明るい昼間の東京で、人並みを縫って歩きながら、少女は自らのことを話し出す。
 少女の名前は里谷鳩子(さとやはとこ)。歳は絲と同じだが、大都会に住み着く数多の『ばけもの』を祓う『祓い屋(はらいや)』をしている。少女の師匠である『大先生(だいせんせい)』は類まれな才能を持つものの、祓い屋家業にまったく乗り気ではなく、鳩子に仕事を押し付けてばかりだという。
「だからさあ、分かっちゃったんだよ。あんたはきっと『妹弟子』でしょ?いやー嬉しいね、これで家事掃除だのめんどうなことは全部………いや、アタクシ、ステキなオトモダチが出来て嬉しいでゴザイマスわあ」
 機関銃のように話し続ける鳩子だが、絲は生まれて初めて乗った路面電車の中で、現実感が湧かずぼんやりするばかりだ。
「わたしが……なれるんですか?里谷さんみたいに?」
「なれるんじゃなく『なる』んだよ。人間、生きてたらなんだってできるんだから。」
 笑顔で言ってのけると、川べりの駅で降り、長い坂をずんずん歩いてゆく鳩子。立ち並ぶ屋敷の中、ひときわこじんまりした平屋の戸を勢いよく開けると、くしゃくしゃの髪に眼鏡姿の若い男が現れる。よくよく見なくても、とんでもなく整った顔立ちをしている。
「たでーま!!文吾(ぶんご)!!」
 鳩子の返事もまるで無視して、無言でこちらを睨みつけてくる長身の男におじけづく絲だが、勇気を振り絞って話し出す。
「はじめましてこんにちは!!わたくし村中絲と申します、こちらにお住いの山ノ木十五郎(やまのきじゅうごろう)様が頼りになると人から教えられまして……」
「……却下だな」
「なんでえ!?」
 口をとがらせる鳩子に、ぼそぼそと言い返す男。
「……ハトコくん、後先考えず捨て猫を拾ってくるのはいい加減やめたまえ」
「猫じゃないし、人間だし」
「余計に悪いが……ただでさえ本業が忙しいのに……」
「よく言うわ、また一本打ち切りになったんでしょ??」
円満完結(えんまんかんけつ)ッ!!」
 吐き捨てた男の足元には、白・黒の2匹の猫がまとわりついている。
「傍に誰もいないときは猫に赤ちゃん言葉で話しかけてるくせに……」
「絶対許さん、もう弁解の余地なしだハトコくん、その子と2人振り返らずにこの家から出て行け」
 丁々発止のやりとりの中、うつむいたまま黙りこくっている絲。そのことに気づいた2人が気まずく黙り込んだ瞬間、絲はようやく顔を上げる。
「ブンゴ、って……」
「ああ、ぼくの名前……いや、本名は君が言う通り、山ノ木十五郎(やまのきじゅうごろう)なんだが……」
「もしかして……小説家の海星文吾(かいせいぶんご)先生ですか!!??」
 目を輝かせ、弾む声で意気込む絲に、思わず顔を見合わせる2人。男より先に鳩子が口を開く。
「あんた、文吾の小説読んでんの!!??アタシですら読んでないのに!!??」
 読めよ……いや読まなくてもかまわんが……と力なく呟く男――ペンネーム:海星文吾(かいせいぶんご) 本名:山ノ木十五郎(やまのきじゅうごろう)を尻目に、絲のボルテージはどんどん上がってゆく。
「わたし、海星先生の小説が本当に大好きで………特に『少女画報』に連載されていた『魔術少女ノスズメチヤン』!!これ、これ見てください、家から持ってきたんですこの単行本!!これだけは手にもっていたくて!!あの、うちの実家では本を読むことが禁止されていたんですけど、これは女中がこっそり差し入れてくれて……旧華族のお嬢様である主人公が自ら学んだ西洋魔術の力で自分の人生を切り開いてゆく姿がたまらなく素敵で………」
 へえ文吾そんなの書いてんの、と笑う鳩子と、居心地悪そうに視線を彷徨わせる文吾。2人に気づいた瞬間、絲は思わず赤面する。
「とっても……勇気をもらったんです」
 口笛を吹く鳩子。顔を背けたままの文吾も、耳まで真っ赤に染まっている。
「……よかったじゃん文吾」
「違う違う違う、僕の素晴らしい小説がきみに多大なる影響を与えていることは誇らしく、いや違う、きみが誇らしく思うべきだな僕の小説を読めたことを!!」
「つまり何なの?文吾」
「……きみ、家事は」
「え、えと、一通りできます。田舎者なので、知らないこともあるかもしれませんが……勉強します!!」
「そうか………」
「結論はやく!」
「女中としてなら雇ってや、っても、いい……」
 赤面したままふらふらと屋敷に引っ込む文吾。取り残されたまま呆然としていた絲だが、満面の笑みを浮かべた鳩子に思い切り背中を叩かれる。
「……とゆーわけで、今日からよろしくね?妹弟子(いもーとでし)チャン!!」
 
転:
 憧れの海星文吾宅で女中として働き始めた絲。日がな一日文机を前に、ああでもないこうでもないと唸りつづける文吾を横目に、炊事洗濯掃除接客を精力的にこなし、生き生きと過ごす。一方、鳩子は女中としては不真面目だが、祓い屋としては超一流。普段はだらけて過ごしているが、文吾に『依頼』が届いた際は、風呂敷いっぱいの呪具を持って出かけて行く。泥だらけで帰ってくることはあっても、傷を負うことはない鳩子。絲は鳩子の帰りを待ちながら、『ばけもの』に関する話を聞くようになる。
「誰にでも負の感情ってやつがあるでしょ?呪い、呪われ、妬み、苦しみ………あの化け物はそれが具現化した姿、って言うと分かりやすい?人の感情から生まれて、相手に危害を与える。場合によっちゃあ、他人も巻き込んで」
 出会った日のことを思い出す絲。
「だったら、あの日……私も誰かに憎しみを向けられていたんでしょうか」
「……あんまり気にするこっちゃないよ。女がひとりで出歩いてるだけで、憎くてたまらない気持ちになる奴もいるんだ。20世紀にもなって、笑っちゃうけど。」
「……なんで、そんなことで他人を憎めるんでしょうか」
 ため息をついて、絲は続ける。
「両親からずっと言われていたんです。『自分の頭で考えるな』『結婚したら、夫の言葉に従って生きろ』『あなたは人形なの』って――だから、わたし、あまり考えたことなくて……自分についても、他人についても」
「……そんな子がさあ、よく一人で東京まで来たよねえ。偉い、偉い。」
 へたくそに絲の頭を撫でる鳩子に、はにかむ絲。
 あくまで平和に続いていた日々は、ある日の買い出し中、絲と鳩子の元に再び『化け物』が現れたことにより終わりを告げる。
 神田川沿いの廃工場に誘い込まれる2人。2人が出会った日と同じ姿をしているが、速度・力とも何十倍にも強化されている化け物に、圧倒されて地面に倒れる鳩子。それでも絲を守ろうと、立ち上がる。
「同じ化け物が2回も……こりゃあ流石におかしいよ、絲」
「やっぱり、私が誰かに憎まれていて……わたしが、わたしが里谷さんに迷惑を……」
 顔面蒼白で怯える絲に、微笑む鳩子。
「……大丈夫、あんたみたいな子を憎む人間が、まともなわけないじゃない」
 そして、暗がりに吐き捨てる。
「そこにいんのは分かってんだよ―――出てきな、『ばけもの』」
 にやつきながら現れたのは―――絲のかつての許嫁、安喰善五郎(あじきぜんごろう)。絲の故郷の町を支配する、豪商の跡取り息子だ。
 呆然とする絲。
「なんで、貴方が……」
「……オイオイ、心当たりがないとは言わねえよなあ、絲」
「女性なんて、星の数ほどいるでしょう。私のような人間に執着する理由が……」
「オレぁ意思のある女が嫌いなんだよ」
「……人間には、みな、意思がありますよ」
「お前にはなかっただろうが!!」
 隙を見て攻撃を仕掛けた鳩子を片手で薙ぎ払い、叫ぶ善五郎。そのまま『ばけもの』は、絲の首を掴み、宙づりにする。
「……だから、お前に目を付けたんだよ。あの間抜けで善良な両親が、オレの言う通りお前を『人形』に育ててくれたしな。なのに、おまえときたら、女学校に行きたいだの言いだして……大人しく家で縫物でもしときゃよかったのによ」
「……こわいんですか」
「ハァ!??」
「わたしに意思があるのが、怖いんですか。「ばけもの」を通してしか、触れないぐらいに」
 不思議と落ち着いた気分で、善五郎を見据える絲。首を掴む「化け物」の手が大きく震えだす。
「絶対……絶対に許さねえ、お前みたいな『人形』はゴミ箱行きだ」
「……だったら、最後にひとつだけ聞かせてください、安喰さん―――『魔術少女ノスズメチヤン』、読んだことあります?」
「あ?なんだそりゃあ、いかにもつまんなそうな……」
 問答を遮るように、廃工場に絶叫が響く。
「ぼくの大傑作だよッッ!!!!!!!!」

結:
 扉をぶち破って現れたのは大先生こと海星文吾。日本刀のような武器で化け物に切りかかって絲を開放すると、呆然とする3人を見やってからため息をつく。
「おいハトコくん……野良の相手はするなと言ってるだろうが」
「……でもさー、そいつ、絲に取りついてやがんの」 
「前言撤回ッ!!厄介者を見抜けなかった僕の第六感を憎むのみだッ!!」
「海星先生!!なんでここが……」
「『大先生』舐めんなッ、都下300万人からきみたちの気配を探り出すぐらい2時間でできるわッ!!」
 寝そべったまま、手元の懐中時計を見やる鳩子。
「……門限すぎた瞬間から探し出してるわけ?やばすぎ」
「もっと助けがいのある言動をしなさい、ハトコくんッ!!」
「オイ絲なんだなんだなんだその男は!!」
 置いてけぼりの会話に激昂する善五郎。負けじと怒鳴り返す文吾。
「言っとくけど僕は締め切り直前なんだからな!!これで原稿落としたらどうしてくれるんだ!!」
「知るか!!……おいこんな奴がいいのかよ絲!!なまっちろくて弱そうなモヤシみてえな……」
 再び絲に手を伸ばす化け物、だが、言い終える前に文吾の刀が胸を突く。
「初対面の人間のコンプレックスを遠慮なく指摘する行為、万死に値するね」
 断末魔を上げながら小さくなってゆく化け物。腰を抜かす善五郎。慌てて逃げようとするが、絲が立ちふさがる。
 焦点が合わないうつろな目をした絲の背後から影が立ち上り、それは廃工場全体を隠すほどの暗闇へ姿を変えて行く。
「絲、なんで、なんでだよ、お前の実家にもずいぶん援助してやったんだぞ俺は、その恩も忘れてお前……」
 善五郎の叫びごと、暗闇が飲み込んで行く。もがき苦しみあえぐ善五郎。目からは滂沱の涙が流れる。
「ばけもの……」
 消え入りそうなつぶやきを最後に善五郎は姿を消し、あとは暗闇が残るのみ。
 文吾は今日一番大きいため息をつく。
「勘弁してくれよ、身内で潰し合う趣味はないんだが……」
「文吾、ちがう……」
 ふらふらと立ち上がった鳩子は、刀の柄に手をかけた文吾を押しとどめる。そして、意識のない絲の体を抱きとめると、優しく語り掛ける。
「……いいんだよ、絲」
「憎んでも恨んでもいいんだ、それがあんたなんだよ。当たり前でしょ、あんた―――人間なんだから。」
「ねえ、だから、もうちょっと一緒にいようよ。」
 鳩子の涙が、絲の肩に落ちる。
 暗闇に、月明りが差し込む。見上げると、天井を覆っていた絲のカゲは少しづつ縮小しており、やがて、完全に消えてしまった。
 影の中から現れた、気絶してよだれを垂らす善五郎を横目に見て、ため息をつく文吾。
「………ありえない。聞いたことがないよ、説得に応じる『ばけもの』なんて」
「ありえるんでしょ、知らないだけで」
 絲を抱きしめたまま、鳩子は笑う。
「人間、生きてたらなんだってできるんだから。」
 瞬間、鳩子の腕の中で目を覚ます絲。辺りを見渡してから、ぼんやりと呟く。
「私、なにを……」
 その目は、目の前で微笑む鳩子を見た途端に見開かれる。
「鳩子ちゃん……」
 傷だらけの鳩子に、思い切り抱き着く絲。
「鳩子ちゃん、鳩子ちゃん、鳩子ちゃん……!!」
 絲の頬から流れるとめどない涙を感じながら、鳩子は満面の笑みを浮かべる。
「……はじめて名前、呼んでくれた!!」

【祝☆村中絲殿御誕生日&里谷鳩子殿快気祝い&『魔術少女ノスズメチヤン2』連載開始☆】
 それから一か月後。日々はすっかり穏やかで、鳩子の怪我もぐんぐん回復。善五郎は警察ではなくある『機関』に輸送されたから安心していい、と渋い顔をした文吾に告げられ、糸の元にはすっかり日常が戻りつつある。
「いやあ、それにしても、連載再開とは……人生何が起こるか分からんもんだねえ、文吾」
「フハッ、こんなん僕の才能からして容易に予測可能な未来だったがね。それにしたって祝いの順列が低すぎやしないか、僕の連載開始が……」
「あの、私なんかの誕生日をお祝いいただいて、本当に嬉しいんですが、いいんですか?こんな、ステキなものまでいただいて……」
「絲、『なんか』は禁止!!好きなだけ食べな食べな!!」
「僕がわざわざ神田で買ってきたバタークリームケーキだぞ!!」
 手書きの横断幕の下、思い思いの会話を交わしながら甘味を楽しむ3人。玄関先から戸を叩く音が聞こえ、絲が立ち上がろうとしたところで、鳩子に制される。
「お誕生日に免じて、アタシが行ったげる」
 残された文吾と絲。2人きりになることなどめったにないため、にわかに緊張する絲だが、勇気を振り絞り話し出す。
「……本当にありがとうございます、海星先生。」
「お礼を言われる心当たりがありすぎるが……まあ、いいや。どういたしまして。」
「あのこともそのこともこのことも、私を女学校に通わせてくだることも、『祓い屋』としての修行をつけてくださることも、です」
「まあ、ぼくも主義を変えたのさ。勉強も修行も、自分を律する行為であり、他者に立ち向かう行動でもある。あんなつまらん男、片手で払いのけるぐらいになってもらわんとな」
 珍しく、やわらかい微笑みを浮かべる文吾。ほっとした絲は、そのまま続ける。
「あの日、女中さんから貰った覚書を、信じて本当によかった。私は海星先生のことが本当に好きだったけど……山ノ木十五郎さんのことも、同じぐらい好き……好き?いや、尊敬……??うーん……」
 言葉に迷ってもぞもぞする絲の隣で、同じぐらいもぞもぞずる文吾。しかし、その表情が徐々に固まってゆく。 
「……ちょっと待て、イトくん」
「やっぱり好き……え、あ、はい、なんですか?」
「なんでか今まで気にしていなかったが、その実家の女中と言うのは何者だ、何でうちのことを知っている。」
「えっ、と……うちにまだ来たばかりの人で……そういえば名前、知りませんでした。とっても優しくて、仕事が早くて、綺麗な人だったんですけど……」
「……その覚書、まだ持っているのか」
「持ってますよお、お守りですから!!」
 絲が首に下げた袋から覚書を文吾に手渡す。受け取った途端、文吾の指先が震えだした。
四葉(よつば)姉さん……」
「ね、ねえさん?」
「……四葉姉さん、日本に帰ってきているのか!!??ボスニアでのヴェドゴニア退治は!!????そもそも、なぜ地方の商家などに潜入している!!??なんで???」
「……文吾、答え教えてほしい?」
 いつの間にか玄関から戻ってきた鳩子が、二人を見下ろしにやりと笑う。
「教えてほしい!!助けてくれ!!」
「四葉、いま、玄関に来てるよ。早く出てこいってさ」
「教えなくていい!!助けてくれ!!!!!!!」
 なっさけないの、と苦笑した鳩子は、そのまま絲に手を差し出す。
「行こう、絲」
 その手を握り返すと、玄関へと歩きだす絲。光あふれる玄関に立つその人を見かけたら、なんて言おう―――考えるだけで、笑いがこぼれてしまうのだった。
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