心霊写真とあれやこれ

文字数 8,605文字

 全ては俺が手に入れた一軒家、そこに押しかけてきた知人の一言で始まった。

「あ、やべ。写真撮り忘れた」
 それは独り言か、それとも俺に話し掛けているのか。いや、話し掛けるなら聞いてほしい相手の方を向け。

「祓う前に、あの荒ぶりを記録しときゃ良かった。そうすりゃ、居たのも証明出来たってのに」
 独り言なげぇなコイツ。と言うか、やっぱり話し掛けてきているのか? まあ、面倒だから無視するけどな。焼きたてトーストにたっぷりのバター。栄養的には偏っていそうな朝食、これが実に旨い。

 そして、バターをたっぷり乗せたおかげで、気を抜くとあちこちがベタベタになる。トーストに目玉焼きを乗せるのも良いし、それが簡単に実現できるトースターも発売されている。我ながら子供じみていると思うが、こんがり焼けたトーストが飛び出してくる。そんな光景が楽しみなのだ。6枚切りの食パンを差し込み、スイッチを入れて待つ。すると、金属がぶつかり合う甲高い音と共に、美味しそうなトーストが飛び出す。毎日食べる訳でも無いのが手伝って、これは何度見ても飽きない。

 そうこうしている内に朝食を食べ終え、食後の珈琲へ移行する。豆さえ入れれば後は勝手にやってくれるマシンに、食べる前から仕込んでおいた。そう、食後に淹れたて珈琲を飲む為に。

「牛乳要る?」
 そう言って、牛の描かれた紙パックを差し出すのは知人。この知人、自分で支払ったのもあって、我が物顔で冷蔵庫を使う。ただ、基本的に自分で買った食材しか冷蔵庫からは食べない。そこは評価出来る。

「要らねえよ、朝はブラックだろ」
「朝ブラ?」
 略すな。

「パンに合うのは牛乳だと思うけどね」
 そう言って、漢と毛筆フォントで書かれたパッケージを破く知人。中からは、やたらに大きなアンパンが出てきた。

「特に、アンパンには牛乳。これは変えられぬ理だ」
 お前は張り込み中の刑事か。あの、有名ドラマで定着したらしき「張り込みにはアンパン」と言う組み合わせ。コンビニが出来た今では、他の食べ物も入手しやすくなり「片手で手早く食べられるものなら、アンパンでなくとも良い」と聞く。そして、ペットボトルが普及してからは、わざわざ足の速い牛乳を選ぶ者は殆ど居ないとも聞く。

「アン……パン」
 半分程食べた辺りで、知人が何かを呟いた。
「アンパン」
 無視して珈琲を飲む。新しく買った豆は、やや酸味が強い様だ。

「アンパン、アンパン」
 だからと言って、砂糖は加えない。どんなに苦かろうが、酸味が強かろうが、先ずはブラックで味わう。これが俺なりの珈琲に対する礼儀だ。

「アンパンアンパンアンパンアンパン」
 知人と言えば、呟きながらも器用にアンパンを食べている。零したら零したで、テーブルをしっかり拭かせるだけだけどな。食べた後はテーブルを拭く、これは小学生でもやれる。もとい、小学生の時はやらされていた。

「アンパン祭りぃ!」
 コイツ、同い年だよな? 元の同居人は、どう耐えていたんだこのノリ。苗字が櫻井だけに、大人になれな……いや、あれは複数形か。

「絵皿って、貰っても持て余すだけだよな」
 櫻井は、空になったパッケージを平らにする。そのパッケージには、良く知られた点数シールが付いたままだった。

「シールを集めたことすらねえよ」
 台紙を探すのも面倒だしな。大体にして、皿なら百均でも手に入る。
「一度も?」
「一度も」
 知人と言えば、空袋をゴミ箱に捨てにいき、こちらに背を向けたまま立ち止まった。

「そんなアナタに、一枚一枚集める楽しみを教えてあげましょう」
 言ってから、勢い良く振り返る櫻井。どこから取り出したかは知らないが、両手でしっかりとアルバムを持っている。

「これは、俺が小学生の頃から一枚一枚丁寧に封じてきた写真だ」
 封じてきたってなんだよ。撮影してきたじゃないのか。
「なお、うかつに開けると呪われます」
 俺の対面に座り直す知人。アルバムはこちらに向けてテーブルに置かれた。

「めくるめく心霊写真の世界へようこそ」
 言うが早いか、アルバムを開く知人。付き合いきれないので珈琲を飲んだらさっさと……体が動かない?

「遅れてきた納涼祭! 涼しい上に照明代も一部屋で済んで、節電もばっちりな納・涼・祭!」
 待て待て、納涼祭も何も……ああ、突っ込みたくても声すら出ない。本当になんなんだこれ。
「この写真は、小学校の校庭、その端で撮影されたものです」
 なんで唐突に言葉が丁寧になるんだよ。しかも、その付け髭どこから出した。

「ほら、下の方……地面から這い出る様な姿があるでしょう? まるで、埋められてなんとかして地上に出られた様な」
 対象の写真を指差す櫻井。なにやら、目から感情が失われている。

「これね、子供の霊なんですよ。ダイオキシンがねー騒がれる前は、ゴミは学校で処理していた。それもね、田舎の学校はやり方が雑でね……焼却炉すら使わない所もあった。予算がね、無いとね、焼却炉もタダじゃあ作れないからね」
 何処かで聞いた覚えのある話し方だな。

「それなら、どーうやって学校のゴミを処分していたか。それはね、おーおきな穴を校庭に掘って、そこに投げ入れていたんですね。それも、大人がすっぽり埋まる深さの穴。一応ね、穴を囲う柵は有ったんですよ。でもね、その柵。園芸に使う補助棒、青とか緑をした細い棒ね。あれを穴の周囲に刺して、ビニール紐を結んだだけの柵だった」
 真顔になり、間を置く櫻井。

「今ならね、危険だー危険だーって保護者が騒ぐやり方ですよ。でもね、むかーしの話だから、そこは緩かった。だからね、悲劇が起きてしまったんですよ」
 今は学芸会の配役でブチ切れるモンスター居るらしいな。運動会の順位すら廃止する学校もあるらしいしな。

「ゴミがね、溜まったら穴を埋める。だけど、いちいち穴を掘ってなんていられないからね、嵩を減らしたい。だからね、ある程度溜まったら燃やすんですよ。こう、晴れて乾燥した日にね。燃やせる物は、なーんでも穴に入れて燃やしていたんですよ」
 そりゃまた、煙で周囲から苦情が来そうだな。

「それで、燃え滓は下に溜まる。なにせ校庭の隅、なーんにも周りに無い場所だ。燃やしてからゴミが燃え滓になるまで、だーれも見張ってないの。だーれもね」
 嫌な予感しかしない。いや、写真からして、良い話の可能性など無いだろう。

「大人の身長以上も掘られた穴に、申し訳程度の柵。それで、ゴミを捨てるのは小学生。これでね、なーんにも起こらないって方が不思議ですよ。しかも、不幸なことに、掃除は授業が終わった後でね。クラスの誰かが居なくなっても、帰宅しただけだろうってなる。その子が、うっかり穴に落ちて気を失っていたとしてもね」
 目を見開いてみせる櫻井。写真を指していた指は、テーブルの下に引っ込んだ。

「不幸なことにね。それまでのゴミ、それと燃え滓が上手いこと落ちた子供の体を隠しちゃってね。それに、用務員も、まさか子供がそこに居るとは思わない。だからね、火を付けたチラシを、ゴミの穴に投げ込んだ」
 櫻井は長く息を吐き、目を少しだけ細めた。

「この用務員、火がある程度広がったら穴から離れたんですよ。もし、子供が目を覚ますまで彼が居たら……だけどね、現実は余りに残酷だった。子供がね、熱さで目覚めた時にはね、もう近くに誰も居ないの。叫んでも誰にも聞こえないし、穴を登りきることも出来ない。ふかーい穴、しかも足元は不安定ときている。保護者もね、息子が何時までも帰ってこないから学校に電話する。だけどね、学校側も、まさか事故が起きているだなんて思わない。だからね、最終的には警察沙汰にまでなった。ちょーうど、誘拐事件が多発していたからね。警察も、そりゃあ通学路で聞き込みをしたもんだ」
 櫻井はうっすらと目を開け、悲しげに写真を見た。

「だけどね、その日の通学路で、何の目撃証言も得られなかった。だからってんで、学校内もくまなく捜された。ただね、学校内は学校内でも、屋内だけ。だから、発見が出来なかった」
 まさか、未だに見つからないとか言わないよな?

「この写真は、卒業前に音楽準備室をこっそり撮ったものです」
 待て、話の結末はどうした。
「ここ、床に伏している子供ね。この子もまた、悲劇が起きてね」
 暗めの写真、その下を指す櫻井。先程の写真より、色々とぼやけている。

「音楽室、それは学校の怪談で語られがちな場所ですよ。だけどね、この写真は音楽準備室。楽器が仕舞われている部屋ね」
 そう言えば、七不思議だったかに入っていたな音楽室。今の学校は、歩きスマホのせいで二宮金次郎が無くなったから、六不思議になっていそうだが。

「あつーいあつーい八月のことでした。本来ならね、小学生は夏休みの八月。暑いから休みになっている筈の八月ですよ。なのにね、学校を優勝させたいが為に、合唱の練習を強制した教師が居た」
 体育教師にいわゆる脳筋スパルタは居たが、強制してくる音楽教師か。音楽特化の学校でもなきゃ、自分の欲望の為に小学生を突き合わせる○ソ教師だな。

「でね、まだクーラーが普及していない時代ですよ。そして、夏休みだから練習の前まで部屋は締め切られていた。幾ら窓を開けたってね、直ぐには熱気が逃げない。炎天下の締め切った車内程ではないにせよ、とーっても暑いですよ」
 そりゃそうだ。だからこそ、今は「スマホに連動して、帰宅時間の前からクーラー起動する技術」がある訳だし。

「朝礼でね、立っているだけでも暑さでやられる子供も居る。立ったまま歌を歌ったら、余計に体力を使ってしまう。合唱練習は時間一杯歌い続けですよ。歌って、一曲だけでも喉が渇くじゃないですか。だけど、途中の水分補給を小学生は許されなかった。だからね、練習の終わった小学生達は水飲み場に一直線ですよ。でもね、合唱の練習って楽譜が必要じゃ無いですか。それも、立って歌うなら譜面台が必要になる」
 楽譜は分かるが、歌うだけなら手持ちで良くないか?

「それでね、音楽教師。自分はピアノの片付けや窓締めをするからって、クラス分の譜面台片付けをね、一人の生徒にやらせたんですよ。水飲み場へ向かうのが遅れた、まあトロい生徒に。それでね、その生徒は真面目に用事をこなした。だけどね、最後の何台かを音楽準備室に運んだ後、暑さと疲れで倒れちゃった」
 どうにも結末が見えてきた。これも、気付かれない終わり方じゃねえのか。

「本当ならね、その音で教師が気付くべきだった。だけど当の音楽教師、施錠を済ませたら水飲み場に居た生徒を追っ払って学校から離れた。倒れた生徒が、音楽準備室に残されたままだったのに」
 ここで、長い息を吐く櫻井。そして、奴は手を引っ込めた。

「次のページからは、中学の時に撮った写真が続きます」
 アルバムのページを捲る櫻井。肘から先が動く様になったが、まだ声は出せない。
「どんな山にもアダルティな本の廃棄場があると言う。そして、それはまだアダルティな本を買えない十代男子の夢の場であり、そこで夢を見た男子は、大人になってから新たなアダルティな本をそこに置いていくと言う。そうして、その一角は終わることなく十代男子の夢のスポットとなるそうだ」
 あまりのくだらない話に、金縛りは更に解けた。足先や肩から先なら動く。だが、今度は話がくだらなすぎて、突っ込みを入れる気力がない。

「アダルティな本廃棄スポット、それは真面目でお堅い大人の目が届かないエリアに出来る。なぜなら、アダルティな本は、アダルティな本故に迫害されるからだ。そして、そう言ったエリアには、他にもやましいことのある人々が集まる。例えば、誰の種か分かったもんじゃない子を産んだ女とかだな」
 呆れた表情を浮かべる櫻井。掌を上に向けたジェスチャーまでしている。

「早めに病院に行けば良いものを、ズルズルとしてしまった結末、育てる気もない子供が誕生した。誰にも知られたくもない。施設やらに向かう脳もない。ただひたすら事実を隠したい。そんなこんなで、人が入り込まないアダルティな本の廃棄スポット近くには、生まれたてホヤホヤで地縛霊になるしかなかった子供がわんさかいる」
 わんさかいるって、警察は何して……いや、ニュースにすらならない遺棄事件って、そもそもどれだけあるんだ。

「この写真には一人。この写真には二人。水子霊は堕した本人に憑くって言うけど、何故か土からニョッキニョッキ生えているんだよ。ほら、この写真も土からニョッキニョッキ」
「単に埋めたからじゃねーの?」
 ニョッキニョッキ言う表情に腹が立って、思わず突っ込んでしまった。なお、まだ立ち上がれそうにはない。

「それな!」
 その顔やめろ、ウザイ。
「少し先のページだけどさ、埋められた地縛霊の大人編があるんだよ。時間が経つと、埋めた場所は素人目には分からないから、見つけて欲しい霊は余計にたぎるらしくてな」
 なんで嬉しそうなんだよコイツ。

「この国に、毎年どれ位の行方不明者が出ると思う? 埋められて自縛霊になった奴の殆どはそれ。なんせ、生死すら分からないから供養もされない。供養されないから成仏できない。そもそも、埋められた経緯がなんであれ、簡単に成仏出来るもんじゃない」
 それはそうだろうが、なんでコイツは淡々と説明出来るんだ。

「写り込んだ霊の見た目から、大体の死因は分かる。全てじゃないけどな」
 ページを捲る櫻井。捲った先には、積極的に見たくはない霊が写っていた。いや、心霊写真自体、どれも積極的には見たくはないが。

 その後も、櫻井は様々な心霊写真を見せては説明してきた。そして、ついにアルバムを閉じると、真面目な表情を作った。
「と、まあ……こんな写真を集めるのが趣味でな。出張の多い仕事だから、幸いにも、出張ついでに新しい写真が撮れる」
 コイツ、まだ増やす気か。

「そんな趣味と実益を兼ねた出張、疲れるけど充実している。しかし、出張ばかりじゃ自宅に居る時間も少ない。月に七百時間も居やしない」
 それは、大体の人がそうだろ。二月は閏年ですら、秘密な道具でも無い限り無理だ。

「だから、な? このまま居座れると助かる。勿論、何万か金は払う。掃除も使った場所ならする。ゴミ捨ては居ない日が指定日になるかも知れないから無理だ。むしろ、だからこそ誰かと住みたい」
「俺は便利なゴミ捨て人か」
「そうは言っていない。ただ、出来る出来ないを居座れる前に話して」
「居座るの前提か!」
「そりゃ、何度も私物を運ぶのも面倒臭いからな。勿論、居座るからには、光熱費は全額負担するし食費も出そう。それに、出張先では旨い土産を買ってこよう」
 光熱費全額負担か……それが本気なら、助かるな。食費は曖昧な部分があるが、無いよりはマシだろう。

「なら、一筆書け。部屋を借りる代わりに、光熱費は全額します。食費も負担します。守らない場合には出て行きます。土産は有れば嬉しいが、そこまでは文書にしなくて良い。あと、文書の最後に署名捺印な」
 呆けた顔をする櫻井。しかし、二人とも良い年だ。こういうことは、はっきりとさせておいた方が後々良い。

「分かったよ。筆記用具も判子も部屋だから、アルバムを部屋へ戻すついでに書いてくるわ」
 張りっぱなしだった髭を外し、アルバムに貼り直す櫻井。案外素直に従ったな。

 暫くして、アルバムの代わりに紙とペン、それから判子を持った櫻井が戻ってきた。ペンは油性で熱でも消えないタイプだと、櫻井は紙の端にペンを走らせながら証明した。

「それで、なんて書くんだっけ?」
 櫻井は、端が黒くなった紙に目線を落として聞いてきた。何を書くか、書けと言ったのは俺だが、約束事の言い出しっぺはお前だろうに。

「契約書。部屋を借りる代わりに、光熱費を全額負担します」
「借りる代わりに、光熱費を全額負担……と」
 言われるままにペンを走らせる櫻井。段々文が右下がりになっていくが文字を間違えなければ問題無い。

「部屋を借りる代わりに、食費を負担します」
「借りる代わりに、食費負担っと」
「上記の二項目を守らない場合は、退出いたします」
「上記の……場合は、退出いたします」
 櫻井が文書部分を書き終えたので、一度その内容を黙読する。お世辞にも上手いとは言えない字だが、読めない程ではないし間違いも無かった。

「じゃ、最後にフルネームと捺印な」
 櫻井は、それにも素直に応じ、インクが乾いてから契約書を受け取った。
「これで、家賃なしウキウキ生活が確約されたぜ」
 額の汗を拭くジェスチャーをし、やり切った顔をする櫻井。二人分の光熱費を払うとは言え、家賃に加えて一人分払うよりずっと安いからな。

 櫻井をダイニングに残し、契約書を持って自室へ向かう。契約書はスキャンし、原本は鍵をかけられる引き出しに仕舞った。スキャンしたデータは何かのついでに印刷するとして、一先ずダイニングに戻る。櫻井の話が長いせいで、正午は一時間も前に過ぎた。つまり、何か食いたい。

「お昼ご飯は、ウキウキクッキング」
 何かが聞こえてきたが、腹を満たす食糧はそちらにしかない。

「仕込んだ鶏肉、いい感じ」
 若干の疲れを感じながら台所へ向かう。櫻井が口ずさんだ通り、大きめのタッパーの中にはみっしりと鶏胸肉が詰まっていた。

「食費を負担すると宣言したからな。材料から先ず仕込んでおいた」
 つまり、裏を返せば、話を切り出す前から居座る気まんまんだったのか。

「後は、蒸し焼くだけだ。あ、アレルギー無いよな?」
「多分な」
 全てのアレルギーが無いとは言えないが、食品は概ね食べられた筈だ。検査は、していないけどな。

「んじゃ、鶏肉に火が通るまで適当に待っとけ。同時進行でうどんも茹でる」
 櫻井の調理スキルに驚きつつ、言われるままにダイニングで待つ。手伝おうかと提案したら
「やだ。可愛い女の子なら歓迎するけど、このスペースで野郎同士並ぶのはむさ苦しい、無理」と返された。しかも、これ以上ない位の真顔でだ。

 うどんは太さによって茹で時間が異なるが、沸騰するまでの時間もコンロの火力と水の量によって変わる。まあ、十分は出来ないだろうな。スマホでニュースでも確認しておくか。ゲームは止め時が難しいからな。課金誘導も煩わしいし。

「ヘイ、お待ち!」
 櫻井の声でスマホを胸ポケットに仕舞い、差し出された器を受け取る。熱くなった器の中に、大量のもやしとスライスされた鶏肉が見えた。

「飲み物はお好きな様に」
 言いつつ、自分の分の器をテーブルに置く櫻井。そして、一人分の箸とコップ、麦茶入りのジャグを持って戻った。そうだ、食べようにも箸が無い。

「それでは、いただきます」
 食べ始めた櫻井を横目に、箸とコップを取りに行く。
「あ、味を変えるのは、一口でも食べてからな」
 テーブルに置きっぱなしの胡椒やらを見る櫻井。まあ、そこら辺は礼儀だよな。

「分かってるって。では、いただきます」
 先ずは、一番上にある鶏肉を一口。それから、もやしを絡めながらうどんを啜る。普通に旨い。
 麺類なだけあって、十分もせずに昼食は終わった。そして、それを見計らったかの様に櫻井は話し出す。

「出張で、たまに半月程居なくなることもある。空気の入れ替えやらで部屋に入るのは構わないが、アルバムだけは触るなよ?」
 そんなもん、こちらから願い下げだ。

「はいよ」
 それだけ言って、使い終えた丼やらを洗いに行く。作って貰った礼にと、櫻井の分も洗っておいた。

 櫻井が居座ることが確定してから何日か経ち、出張の為に数日は帰らないと伝えられた。あと、最終日は空弁を買って買える予定だから、夕食は用意するなとも伝えられた。
 そして、出張先へ早い内から家を出なければならない櫻井は言った。それも、わざわざ振り返ってポーズを決めて言いやがった。

「良いか、アルバムだけは絶対に触るなよ? 絶対にだからな?」
 そう言い残し、櫻井は家を出た。これが小説や漫画の話なら、俺はアルバム触ることになるのだろう。しかし、それは二次元の話だからこそだ。その危険性を体感した以上、やる訳がない。

 さて、俺も朝食を済ませて出社しなければ。
 そう考え、玄関に背を向けた時だった。櫻井が使う部屋から物音がしたのだ。正直、確かめたくはない。しかし、窓が開いているかも含め、出社前に確認せねばならないだろう。

 スマホを握りしめ、ドアを細く開けて部屋を覗く。幸い、誰かが居る可能性は消えた。しかし、カーテンが閉まっている為、窓が施錠されているかは近付かねば分からない。
 仕方がないので、カーテンを少し捲り、窓に鍵が掛かっている事を確認した。その刹那、背後から物音がした。櫻井が出掛けた以上、家に居るのは俺だけだ。これは、きっと櫻井のフリによる幻聴だ。そうだ、櫻井が煽ったからそう感じただけだ。

 物音はただの気のせいだと結論付け、ドアの方を振り返った時だった。先程までは無かったアルバムが、床に落ちていたのだ。それも、棚やテーブルからは離れた位置、窓からドアへ向かう最短ルートに落ちていた。
 鼓動の喧しさに気付きながら、アルバムを迂回して部屋を出る。アルバムが部屋に有るのを見ながらドアを閉め、嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 もう二度と、あのアルバムには関わりたくない。
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登場人物紹介

語り手

社畜気味の 彼女いない歴=年齢 な魔法使い
流されやすくも良い奴。

櫻井

霊感ありで簡単な除霊も出来るリーマン。

理由を付けて語り手のうちに転がり込むフットワークの軽い料理好き。
自炊すればその分沢山、好きな味で食える。
だから楽しく料理して食うのが好き。

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