プロローグ

文字数 2,411文字

 まず、このふたつのエッセイの一部分を読んでいただきたいと思います。

大学卒業を控えた時期のことを。

“「会社員になれるとは思っていなかったが、かといって、所属せず生きていける自信もなかった。(中略)要するに誰と関わることもなく、最低の生活費を稼いでゴロゴロしていたかったのである。人生と戦うなんて真っ平であった(以下略)」”
(週刊小説1986年2月21日号 「十五年前の私」 『人生と戦いたくなかった』より)

大学卒業後から作家デビューまでの10年間を振り返って。

“「いつまでも忘れられない事実がある。一〇〇万円貯まらなかった。一〇年近い、ルポライター時代を通してである。当時の貯金通帳はないが、記憶によれば、七十万円がリミットであった。一〇年で貯金が一〇〇万円に遠い。私のルポライター時代を、寒々と象徴する事実である」”
(小説春秋 1987年6月号 『作家になるまえ』より)

このエッセイは菊地秀行が作家となり、爆発的に人気を得た頃に書かれたものです。

 1982年(昭和57年)10月に『魔界都市〈新宿〉』(朝日ソノラマ)で小説家としてデビューを果たし、『吸血鬼ハンター"D"』シリーズ 『トレジャー・ハンター(エイリアン)』シリーズで人気を得た菊地は、1984年(昭和59年)2月に、祥伝社 ノン・ノベルからサイコダイバー・シリーズ『魔獣狩り 淫楽編』、7月に『魔獣狩り 暗黒編』、そして、徳間書店 トクマ・ノベルスから『闇狩り師』、12月に『魔獣狩り 鬼哭編』を発表して、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たした夢枕獏に続いて、1985年3月に祥伝社ノン・ノベルから刊行された『魔界行』、5月に光文社カッパノベルスから刊行された『妖魔シリーズ』の第1作『妖魔戦線』、そして、7月に徳間書店 トクマ・ノベルスから刊行された『妖獣都市』で一躍、超人気作家の仲間入りを果たします。
 『魔界行』『妖魔戦線』はすぐに10万部を突破、そして『妖獣都市』は一気に20万部を発行するヒット作になります。

※アニメ映画『妖獣都市』は、アニメ嫌いの原作者・菊地秀行も大いに賞賛した大傑作ですので、未見の方は、ぜひ一度観てください。

1987年の作品ですが、現在でも充分に鑑賞に耐えうるアニメ映画ですのでおすすめいたします。

1985年には15冊(原作担当のゲームブック『魔群の都市』・イラストノベル『夢幻境戦士 エリア』を除く)。

3月『エイリアン妖山記』(朝日ソノラマ 文庫)
3月『魔界行 復讐編』(祥伝社 ノン・ノベル)
5月『幻夢戦記 レダ』(講談社 講談社文庫)
5月『妖魔戦線』(光文社 カッパノベルス)
7月『魔界行Ⅱ 殺戮編』(祥伝社 ノン・ノベル)
7月『D-妖殺行』(朝日ソノラマ 文庫)
7月『妖獣都市』(徳間書店 トクマ・ノベルス)
8月『切り裂き街のジャック』(早川書房 ハヤカワ文庫)
9月『妖魔陣』(光文社 光文社文庫)
9月『夢幻舞踏会』(大和書房 ハードカバー)
10月『妖戦地帯Ⅰ 淫鬼編』(講談社 講談社ノベルス)
10月『妖人狩り』(有楽出版社 ジョイ・ノベルス)
10月『妖魔軍団』(光文社 カッパノベルス)
11月『魔戦記 第1部 バルバロイの覇王』(角川書店 カドカワノベルス)
12月『魔界行Ⅲ 淫獄編』(祥伝社 ノン・ノベル)

1986年には17冊。

1987年には21冊(映画エッセイ集『魔界シネマ館』を含む)。

1988年には17冊。

1989年から2002年まで多い年には18冊、少ない年でも12冊を、ノベルスを中心に新刊を上梓し続け、2003年以降も旺盛な執筆量で作品を発表し続け、2017年2月に祥伝社 ノン・ノベルから上梓された『魔界都市ブルース 霧幻の章』で著作数は400冊となりました。

2024年現在も、祥伝社 ノン・ノベルから『魔界都市ブルース』の書き下ろしが年1~2冊、『吸血鬼ハンター』シリーズが、朝日新聞出版の文芸誌『一冊の本』に連載後、朝日文庫から発刊されており、息の長い創作活動を続けています。

また、『吸血鬼ハンター』シリーズは、2017年から2024年の最新回まで、吉川英治文庫賞に毎年ノミネートされています。

「400冊以上も著作があったら、どれを読んでいいのかわからない」
 という方もおられると思います。

 これは私見ですが、1994年までに書かれた作品は総じてレベルが高いので、どれを読まれてもハズレだったということはないでしょう(好みの問題はありますが)。

 なかでも、1980年代に書かれた作品は、一際クオリティが高いので、オススメです。また、作品の最後に書かれている『あとがき』も菊地ファンなら、楽しみのひとつです。


本稿では、作家・菊地秀行の半生を振り返っていきます。

2000年代中頃から、書店では菊地が作品発表の主戦場としてきた〝ノベルス〟の棚やスペースが縮小されていき(現在ノベルスは、少年ジャンプ人気作品のノベライズ版ジャンプ ジェイ ブックスが主流になりましたね)、それにつれて菊地秀行の名前を知らない、若い読書好きの方も増えているように感じます。

しかし、『涼宮ハルヒ』シリーズの谷川流、『空の境界』の奈須きのこは、菊地秀行からの影響を公言していますし、『空の境界』の文庫解説は菊地が手掛けています。
『魔法科高校の劣等生』の佐島勤も、好きな作品に菊地の『インベーダー・サマー』を挙げています。

意識をするしないに関係なく、菊地が1980年代後半から現在までのライトノベルやコミックに与えた影響は多大です。

前述したエッセイの時代と作家生活に入ってからのコントラストには驚かされるばかりですが、今回は、伝奇バイオレンス・ホラー・ファンタジー小説家として大きな足跡を残している菊地秀行の半生を振り返ってみたいと思います。


第1章から、文体が変わりますが、お気になさらないでください。
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