第1話

文字数 2,239文字

「連想ゲーム。『神戸』いうたらなんやと思う?」

夕方4時の社員食堂。遅番のわたしが休憩していると、仲のいい同期がやってきて、向かいの席にパサッと座った。

まわりから聞こえるのはすべて関西弁、そんな生活にようやく慣れたころのことだ。

大学を卒業して最初に勤めた関東の会社。でも、本社が大阪だったので、最初の半年は大阪で研修をしていた。

「なぁあー、『神戸』っていわれたらなに思いつくん?」

研修で仲良くなった同期の1人。とくに意気投合した彼は、大阪本社の採用だった。おたがいフロアは違ったけど、偶然会うことがよくあった。

「神戸かぁ。なんだろう?異人館とか、お洒落な街・・・うーん、中華街?」

わたしは、ガイドブックにのっているような言葉を並べる。

「ちゃうねん。『神戸』いうたらな、デートやねん。」

「あ、そうなんだぁ。そういえば夜景がキレイって雑誌にのってた・・・」

そう言い終わらないうち、

「カミーノ、一緒に神戸に行くで」

あまりにもサラっと誘われ、断る理由も見つからず、ただコクンと頷いた。



それから何度も、わたしは彼とデートをした。

ただし、“デート”の定義が、正式につきあっていない男女2人で出かけることを含む、のであれば、だ。

大阪で半年の研修を終えたら関東に戻る、それは最初から決まっていた。半年という限られた時間。そのあいだ、わたしたち2人はいろんな場所に行った。

何度もデートをしたけど、「付き合おっか」みたいな言葉は、2人とも口にしなかった。

それは、半年後に離れ離れになるのが100%決まってたから、なのかもしれないし、半年だけでも楽しければそれでもいいと思ってたから、なのかもしれない。お互いに。



2人で行ったなかで、特に忘れられない場所がある。

神戸ポートピアランドを知っているだろうか。今から14年前に閉園した都市型テーマパーク。

神戸ポートピアランドはターゲットを若者に徹底的に絞込み、都市型のテーマパークとして絶叫型のライドのみで構成された非常に日本において先進的なパークであった。入園者数はピーク時の1991年(平成3年)には163万人を記録。わずか5ha面積で営業しており、日本一効率的なパークであると称された。2006年3月31日をもって閉園し、「ポートピア'81」開幕以来25年の歴史に幕を閉じた。--- Wikipediaより引用
敷地はわずか5万㎡。東京ディズニーランドが73.5万㎡、USJが54万㎡だから、それらの10分の1の広さにも満たない、こじんまりとした遊園地だ。東京ドームより少し広いくらいだろうか。

2人の定番スポット、神戸ポートピアランド。休日もほどよく混んでいて、少し遊ぶにはちょうどいい広さだった。

そこには、小さめのジェットコースターがあった。2人がけの席が、横ではなく縦に並ぶスタイル。仕切りのないタンデム式の席の前側にわたし、後ろ側に彼がすわる。

ギリギリと音を立てながら、ジェットコースターは上昇する。傾斜はかなりキツめだ。

仕切りのないタンデム式の席だから、高度が上がるにつれて、じりっじりっと体が後ろに滑り落ちる。

このままだと、わたしの体重を彼にあずけることになっちゃう。わたしの背中が彼の胸に触れてもいいのかどうか分からなくて、頭のなかはグルグルしていた。

『だって、彼氏じゃないしな・・・』

そう思い、背中が触れないように触れないようにと、そればかりを考えていた。

前のバーを両手でギュッと握り、足にグッと力を入れて、体が後ろにずれないように踏ん張り続けた。

ジェットコースターを降りたあと、

「もいっかい行こ。寄りかかってくれてええねんで。」

彼がそう言う。踏ん張り続けるわたしの姿が、後ろから見ていて滑稽だったんだろう。

寄りかかっていいと言ってくれても、自分の背中ばかりが気になって、楽しむどころじゃない。

『背中、汗かいてるし、悪くて寄りかかれないや』

そう思っていると、後ろからスッと両手が伸びてきて、私の背中はすっぽりと彼の腕のなかにおさまった。

ジェットコースターを降りるとき、どちらからともなく手を繋いだ。まるでいつもそうしているかのように。

それでもやっぱり、「付き合ってください」の言葉は出なかった。どちらからも。



何度目に行ったときだろう。アイスコーヒーとソフトクリームを買って、ベンチに並んで座った。陽が落ちても、風はまだ熱を帯びている。

昼とも夜ともいえない空気が漂っていて、空は水色と濃紺と薄桃色のグラデーションに染まっていた。

ベンチからは、それほど大きくない観覧車がよく見える。

ソフトクリームをペロリとなめた。彼が味見しようと、わたしの手元のソフトクリームに顔を近づけてくる。

至近距離で目が合った。

「あ、ほら、観覧車が光ってる、きれいだよ」

あまりにも近い彼の顔にドギマギしたわたしは、とっさに観覧車を指さし、視線をうつそうとした。

そのとき。

観覧車に向けたわたしの指を、彼の大きな手のひらが包んだ。視界は、近づいてきた彼の顔に遮られ、観覧車のイルミネーションは見えなくなった。



あのときもしも付き合ってたら、お互いどうなってたんだろうね。

そんな“たられば”の話を、その彼とすることがある。普段はまったく連絡を取り合わないけど、数年に1度、突然連絡が来て、呑みに行ったりする。

毎回会うのが数年ぶりだから、お互いの家族のことや近況を話すと、いつも終電の時間だ。

「また、2~3年後に呑みに行こな」

つかず離れずの、こんな関係も悪くない。
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