月見山高校ミステリー探偵愛好会
文字数 2,184文字
月見山高校は岬の近くにあり、海をながめることができる。
潮の匂いが鼻孔をくすぐるのは宿命と言えるだろう。
そんな高校の教室の一区画に「ミステリー探偵愛好会」は存在している。
会員の木暮玄冬がドアを開けると、すでに男子生徒が来ていて茶色のブックカバーがかかった本を読んでいた。
小顔で色白のクールな美貌は、文学少年というよりはモデルのようですらある。
たったふたりだけの集まりが弱小文系同好会だと思えないのは、ほぼこの美少年が持つ華やかさのせいだ。
「速いんだね、未弥斗」
「おや、木暮くん。こんにちは」
彼は顔をあげてにこりと微笑む。
名のある画家が喜んで絵にしそうな彼と玄冬が親しいのは、共通の趣味のせいだ。
「ああ。今日も探偵があくびをしていそうな日だね」
「そうだね。風もたいくつそうだ」
玄冬の言葉に未弥斗は平然と答えを返す。
普通の人たちが首をひねりそうなやりとりだが、彼らにとってはこれこそが「普通」だった。
早い話、彼らは二人とも「ミステリー小説かぶれ」である。
何もなさそうな平穏な日の場合、このようなやりとりをするのだ。
「名探偵は事件がないと不安かな?」
未弥斗は本をカバンにしまいながら玄冬をからかう。
「よしてくれ。俺は血のにおいを好むほど、道を踏み外していない」
漫画の主人公が言いそうな言葉だなという自覚は玄冬にあるが、他に適切な言い回しも簡単には思いつけない。
せいぜいニヒルに見えるように肩をすくめるだけだ。
こういうやりとりもクラスメートや友人相手だとはずかしいのに、未弥斗しかいない空間だと自然と出てくるのだから不思議なものである。
「そうね。僕たちや警察の出番がないのは、素敵なことだ」
未弥斗はかすかな憂いを浮かべて言った。
美しい少年だから様になっているが、「こづかいを使い切った一日、どう乗り切るか」と考えている時の顔だと玄冬は知っている。
未弥斗と玄冬は中学の時からの友人であるため、お互いの性格や事情をよく把握しあっていた。
……ここまで書けばお気づきかもしれないが、未弥斗という人気がある美少年がいるのにこの同好会がふたりしかいないのは、彼らのノリについていける生徒がいないせいである。
「厨二系残念美少年」とひそかに言われている未弥斗は、「ミステリー探偵愛好会」というややこしい名前の同好会を作った本人でもあった。
彼らは普段、適度に雑談をするか持ってきた小説を読むことが多い。
零細の同好会は生徒会から割り当てられる予算も微々たるものだ。
彼らの活動費は基本自腹を切るしかなく、したがってお金のかからない活動がメインとなる。
「やっぱり今邑彩さんは面白い」
「そうだよな。もっと評価されてほしい作家さんだ」
未弥斗の感想に玄冬は同意した。
「華やかさがないけど堅実な技巧を持った人が評価されにくいのはかなしいね」
「時代はエンターテイメントなんだよ、きっと。優れた作家さんが評価されないのはかなしいから、もっと自分をプロデュースしてほしいな」
玄冬の意見に未弥斗は首をかしげる。
「そういうのが苦手だったりきらいな作家さんはいるかもしれないよ。昔気質の職人肌とでもいうべきかな」
「そういう人は好きだけどね。ただ、売れてほしいんだよなあ……」
玄冬は未弥斗の言わんとすることを理解し、残念そうに肩を落とす。
「そうね。僕たちにできることと言えば、素敵な作品を買って人に薦めるくらいかな」
「未弥子が言えば興味を持つ人は多いだろうな。がんばれよ」
玄冬がエールを送ると、未弥斗は不満そうに彼をにらむ。
そんな表情も美しいせいで迫力はない。
「他人事のように言わないでくれよ」
「だって俺の周り、ミステリーと探偵小説の違いも知らない人たちばかりなんだぜ」
玄冬は肩をすくめる。
「僕の周囲も同じなんだけど……」
未弥斗はおだやかに抗議した。
「未弥斗が口を開けば、たいがいの人は興味を持って話を聞いてくれるだろ」
美形だからとは玄冬は言わない。
彼はたとえ肯定的であっても容姿のことを言われるのをきらっている。
玄冬はよく知っていたし、彼と仲が良好なのは彼がいやがることを避ける努力を怠らないからだと認識していた。
「何か木暮くん、僕に押しつけようとしていない?」
未弥斗はかわらず不満そうである。
「がんばれ会長」
「うっ」
玄冬に役職を強調されてひるんだ未弥斗に、彼は人の悪い笑みを浮かべた。
この会を作ったのは未弥斗で、彼は引っ張り込まれた側である。
月見山高校は支給される部費が少ない反面、同窓会の規約はかなりゆるい。
それでもたったひとりだけでは同好会として認められないだろう。
「手伝うのはやるけど、リーダーは君だろ」
この点だけは玄冬としても譲れない。
「わかったよ。と言っても何をやればいいのか、わからないけど」
「そうだな。別にあせらなくてもいいんじゃないかな」
困り顔の未弥斗に玄冬はそう言った。
「そうだね。これと言っていいアイデアもないのに、行動を起こすのもね」
未弥斗もうなずく。
彼は行動力がないわけではないが、ビジョンもなしに動くほど考えなしではなかった。
結局ふたりは雑談や読書を続けることになる。
潮の匂いが鼻孔をくすぐるのは宿命と言えるだろう。
そんな高校の教室の一区画に「ミステリー探偵愛好会」は存在している。
会員の木暮玄冬がドアを開けると、すでに男子生徒が来ていて茶色のブックカバーがかかった本を読んでいた。
小顔で色白のクールな美貌は、文学少年というよりはモデルのようですらある。
たったふたりだけの集まりが弱小文系同好会だと思えないのは、ほぼこの美少年が持つ華やかさのせいだ。
「速いんだね、未弥斗」
「おや、木暮くん。こんにちは」
彼は顔をあげてにこりと微笑む。
名のある画家が喜んで絵にしそうな彼と玄冬が親しいのは、共通の趣味のせいだ。
「ああ。今日も探偵があくびをしていそうな日だね」
「そうだね。風もたいくつそうだ」
玄冬の言葉に未弥斗は平然と答えを返す。
普通の人たちが首をひねりそうなやりとりだが、彼らにとってはこれこそが「普通」だった。
早い話、彼らは二人とも「ミステリー小説かぶれ」である。
何もなさそうな平穏な日の場合、このようなやりとりをするのだ。
「名探偵は事件がないと不安かな?」
未弥斗は本をカバンにしまいながら玄冬をからかう。
「よしてくれ。俺は血のにおいを好むほど、道を踏み外していない」
漫画の主人公が言いそうな言葉だなという自覚は玄冬にあるが、他に適切な言い回しも簡単には思いつけない。
せいぜいニヒルに見えるように肩をすくめるだけだ。
こういうやりとりもクラスメートや友人相手だとはずかしいのに、未弥斗しかいない空間だと自然と出てくるのだから不思議なものである。
「そうね。僕たちや警察の出番がないのは、素敵なことだ」
未弥斗はかすかな憂いを浮かべて言った。
美しい少年だから様になっているが、「こづかいを使い切った一日、どう乗り切るか」と考えている時の顔だと玄冬は知っている。
未弥斗と玄冬は中学の時からの友人であるため、お互いの性格や事情をよく把握しあっていた。
……ここまで書けばお気づきかもしれないが、未弥斗という人気がある美少年がいるのにこの同好会がふたりしかいないのは、彼らのノリについていける生徒がいないせいである。
「厨二系残念美少年」とひそかに言われている未弥斗は、「ミステリー探偵愛好会」というややこしい名前の同好会を作った本人でもあった。
彼らは普段、適度に雑談をするか持ってきた小説を読むことが多い。
零細の同好会は生徒会から割り当てられる予算も微々たるものだ。
彼らの活動費は基本自腹を切るしかなく、したがってお金のかからない活動がメインとなる。
「やっぱり今邑彩さんは面白い」
「そうだよな。もっと評価されてほしい作家さんだ」
未弥斗の感想に玄冬は同意した。
「華やかさがないけど堅実な技巧を持った人が評価されにくいのはかなしいね」
「時代はエンターテイメントなんだよ、きっと。優れた作家さんが評価されないのはかなしいから、もっと自分をプロデュースしてほしいな」
玄冬の意見に未弥斗は首をかしげる。
「そういうのが苦手だったりきらいな作家さんはいるかもしれないよ。昔気質の職人肌とでもいうべきかな」
「そういう人は好きだけどね。ただ、売れてほしいんだよなあ……」
玄冬は未弥斗の言わんとすることを理解し、残念そうに肩を落とす。
「そうね。僕たちにできることと言えば、素敵な作品を買って人に薦めるくらいかな」
「未弥子が言えば興味を持つ人は多いだろうな。がんばれよ」
玄冬がエールを送ると、未弥斗は不満そうに彼をにらむ。
そんな表情も美しいせいで迫力はない。
「他人事のように言わないでくれよ」
「だって俺の周り、ミステリーと探偵小説の違いも知らない人たちばかりなんだぜ」
玄冬は肩をすくめる。
「僕の周囲も同じなんだけど……」
未弥斗はおだやかに抗議した。
「未弥斗が口を開けば、たいがいの人は興味を持って話を聞いてくれるだろ」
美形だからとは玄冬は言わない。
彼はたとえ肯定的であっても容姿のことを言われるのをきらっている。
玄冬はよく知っていたし、彼と仲が良好なのは彼がいやがることを避ける努力を怠らないからだと認識していた。
「何か木暮くん、僕に押しつけようとしていない?」
未弥斗はかわらず不満そうである。
「がんばれ会長」
「うっ」
玄冬に役職を強調されてひるんだ未弥斗に、彼は人の悪い笑みを浮かべた。
この会を作ったのは未弥斗で、彼は引っ張り込まれた側である。
月見山高校は支給される部費が少ない反面、同窓会の規約はかなりゆるい。
それでもたったひとりだけでは同好会として認められないだろう。
「手伝うのはやるけど、リーダーは君だろ」
この点だけは玄冬としても譲れない。
「わかったよ。と言っても何をやればいいのか、わからないけど」
「そうだな。別にあせらなくてもいいんじゃないかな」
困り顔の未弥斗に玄冬はそう言った。
「そうだね。これと言っていいアイデアもないのに、行動を起こすのもね」
未弥斗もうなずく。
彼は行動力がないわけではないが、ビジョンもなしに動くほど考えなしではなかった。
結局ふたりは雑談や読書を続けることになる。