第１話
文字数 9,999文字
バンッ！
生徒会長の耀子は勢いよく両手を机について立ち上がった。
「今、ネットテレビで話題になっている『恋の週末ホームステイ』という高校生の恋人探し番組に運動部活総代と文化部活総代のお二人にも出て頂きます」
「「高校生の恋人探し番組に出る～！？」」
予想外の話にテニス部長の早矢香と美術部長の真央は同時に驚きの声をあげた。
「エッ！ ちょっと待ってよ！」
「突然そんなこと言われても困ります…」
「まず話を聞いてくださいな、お二人とも」
すぐ横にいた副会長の遥希がとまどう二人を押しとどめる。
「どんなお話なのですか？」
不審そうな顔の真央が聞く。
「この番組に出るのは受験生にわが校の魅力をＰＲするためなんですったら」
「「うちの学校のＰＲ？」」
「まさしく」
「でも恋人探しの番組に出るなんて…」
「そのイケメンと釣り合わないなんて思われたら…」
「ご存じないかな？ 早矢香さんは『憧れの君』として、真央さんは『かわいい子』キャラとして校内ファンクラブがあるんですよ。お二人が選ばれたのは決して部活総代だからじゃない」
「なにそれ！『憧れの君』？」
「私が『かわいい子』キャラ？」
信じられないといった顔の二人に耀子がヤレヤレと肩をすくめた。
「ま、そういうところも男子に受けそうだしコチラとしては都合がいいわ」
「そんなの私たちには何にも都合よくない！」
「全然よくないです！」
抗議する二人に向かって耀子はニッコリ笑った。
「この番組に出るってことは超イケメン男子生徒と恋人になれるチャンスが与えられるんですよ」
「！」「？」
その言葉に一瞬でポーっとなった時点で早矢香と真央はもう話に乗せられていた。
「詳しいことは追って連絡しますが、番組収録の関係で次の土曜日に制服と２日分のお着替えとかを用意して空港に集合です！」
「「ハ、ハイ、わかりました！」」
耀子が勢いに任せて一気にしゃべり終わると、熱気に押された早矢香と真央はなんとか返事をした。
＊
１日目の撮影場所に近い空港の通路では耀子と早矢香と真央が集まっていた。三人は集まっていても緊張して話もできず、ソワソワしていた。
“本当に私なんかがテレビに出ていいの？”
“イケメン男子たちとはどんなこと話したらいいのかしら…”
“私たちのことをイケメンの人たちが見た時、私たちをどう思うだろう…”
しばらく待っていると男子４人とスタッフたちがやって来た。参加メンバーが全員そろったところで、旅ができる回数が決められた『恋チケット』の入った封筒を選んだ。
この旅ができるチケットの回数は２週間分・３週間分・５週間分で、自分の回数は他の人に言ってはいけないルール。
気になる人に告白できる『赤いチケット』も１枚ずつ配られた。告白は旅行中いつでもＯＫ！ 告白がうまくいけばそのカップルは旅から卒業して、告白がうまくいかなければ告白した人が旅からいなくなることに…
スタッフから撮影は今から始まるけれどカメラの前でいつも通りリラックスして元気にしてね、とだけ参加者たちは言われた。だが、男女ともに初めて顔を合わせる期待と不安でいつも通りではいられなかった。
「ここはレディファーストで、って冗談、冗談！ まずボクから自己紹介しようかな？ 早く親しくなりたいからタメ口にしちゃうよ」
シュッとした顔つきの髪をきれいにセットした長身のイケメンがしゃべり始めた。
「ボクは東雲霧人、気づかいしてくれる女性が好みかな？ メガネをしている人、大歓迎！」
「好みのタイプまで言うのですか？ 私は橘田真央といいます。好みのタイプは優しい人です」
真っ直ぐな髪の真央はかけていたメガネに触れていた。
「明るくて元気な女の子がタイプの西宮励市です。ここにも元気そうな女の子がおってラッキー！」
爽やかなナチュラルなショートヘアーのイケメンが早矢香を見て言った。
「私は礼儀正しい人がいいな。春日早矢香です！」
運動部らしい短めの髪型の早矢香は男子たちに向かって一礼した。
「おしとやかな女性が好みの南野誠示です。よろしくお願いします」
少し長めのストレートヘアーのスリム体型の真面目そう男子が頭を下げた。
「私は何事にも真剣に取り組む方が好きです。御影耀子です」
肩までのすっきりした髪型をした耀子が丁寧にお辞儀をした。
「僕は北沢
「何でアナタがココにいるの、副会長？」
問い詰める耀子に遥希は話を途中で止められた。
“やった！ 副会長も参加するんだ！”
早矢香の心はときめいた。
ずっと早矢香は遥希のことが気になっていた。部活の件で相談にいっても、お堅い生徒会役員の中では珍しく優しくて話を聞いてくれる副会長のことが。部活総代と生徒会、それぞれの思いやグチを言い合えるくらいにはなっていた。
ただ、早矢香はそれ以上のことになると遥希と話すことはなかった。
「僕には来年の女子生徒の受験を増やすという大切な役目があるんですよ」
「そんな話は聞いてないわよ！ だいたい
「会長、録画されてますが… すみません、ここカットでお願いします」
「しかたがないわね… 続けなさい副会長」
ただ、副会長のセリフは不満そうな耀子の手で大きく変更された。
＊
そのあと遊園地では参加者たちが男女入れ替わりで違うペアになってアトラクションに行ったり食事をしたりオシャベリをした。最初の２日間でなんとか全員がとまどいながらも顔見知りになれた。うれしくも恥ずかしい手探りのお付き合いだった１回目の旅がアッという間に終わり、月曜日の放課後には生徒会室で常盤の丘学園メンバーの『恋ステ』対策会議があった。
「男の子全員と一緒に遊園地で遊んでみてどうでした？ 私は霧人君が好みでした… 少しお調子者だったけど優しかったし… 会長はどうでした？」
ホホを染めた真央は週末の出来事に満足していた。
“日頃は何を考えているかわからない橘田さんが赤くなっている！”
早矢香は心の中でほほえましく思った。
「恋ステのことは撮影の時みたいにみんな下の名前で呼び合いましょうよ。私のことは耀子でお願い。私は誠示さんが気に入ったな… 二人で観覧車から見た夜景はきれいだったし、誠示さんはさり気なく星座の話もしてくれてステキだったわ… ねえ、早矢香は？」
“会長ってお堅いだけだと思ってたけど、けっこう乙女なんだ…”
「私はチョット… 男子はみんな親切だったけど誰とは言えないな…」
遥希の方をチラっと見た早矢香はソワソワした。
「は、遥希はどうだった？」
「僕ですか？ まあ、みなさんには優しくしてもらえて良かったですよ」
「そんな優等生の答えが聞きたいんじゃないのよ。ちゃんと答えなさい、遥希」
耀子は会長権限を使って命令した。
「ご命令じゃ仕方ないですね。じゃあ言いますよ」
女子三人はかたずを飲んで急にその場が静かになった。
「ステキに思った人が一人いますよ。でも今は名前は内緒です」
「それじゃズルいわよ」
「なら、時がくれば教えてくれるんだよね」
早矢香の救援に遥希は微笑んでくれた。
「みなさん、残り回数は何回か教え合いません？」
突然、真央がせっぱつまった表情をしたので耀子と早矢香は顔を見合わせた。
「撮影されていなくてもダメですよ。ルールですから」
「やっぱりそうですよね…」
真央のあせる顔つきは、ある予感を他のメンバーたちにいだかせた。
＊
２回目の旅の土曜日は動物園での集団デート。参加者は３組に分かれて園内のキリンやゾウ、トラなどを見て回った。
“真央ったらもしかしてロックオン？ 月曜の意味深発言もあるし…”
普段は省エネの真央が一日中、一生懸命に霧人について回っている姿を見て早矢香はすごいヤル気を感じた。
２回目の旅の日曜日は告白の日。この日の午後には告白の時間がやって来る。
午前中はキャンプ場で散策したりやボートに乗って楽しんだ参加者たち。お昼ご飯はみんなで作るバーベキューとカレーライス。料理は女子、バーべキューとご飯を炊くのは男子の役割に。この時も真央は自分から進んで料理を作っている。
「私は男子の皆さんを助けに行きますよ、早矢香」
“真央は今日もがんばっている… 耀子も手伝ってくれている…”
耀子も真央を助けてくれるのを見て早矢香はうれしかった。
入れられた材料とカレーのルーがちょうどよく煮えてきた鍋からは湯気と良い香りがただよっていた。
「カレーは私の得意料理なんです。仕上げの隠し味！」
真央はリンゴジュースを鍋へホンの少し入れて味見した。
「うん、おいしい！ もう少し煮込めばできあがりです」
「ホントだ、いい香りだね」
ニッコリ笑った真央に霧人が後ろから近づいた。耳元で霧人の声が聞こえて真央は耳まで赤くなった。
と、その時大皿を運んでいた耀子がつまづいて霧人の背中にぶつかった。ドミノ倒しのように霧人は真央にぶつかって、真央は持っていたリンゴジュース全部をドボドボ鍋に入れてしまった。
「あーっ、ワタシのカレーが！」
真央の絶叫があたりに響きわたった。
「ご、ごめんなさい、真央…」
「いいんです、耀子… あなたは悪くない。事故だったんです…」
無理して耀子をなぐさめている真央の声は震えていた。
「シャバシャバで酸っぱすぎ… これじゃ告白は無理ですね…」
顔を伏せた真央のホホに光るモノが流れていた。
早矢香の心には真央を何とか助けてあげたい強い気持ちが湧いてきた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
早矢香には誰にも言えない秘密があった。
早矢香には時間を戻るチカラがある。気がついたのは小学生の頃のことだった。
ある失敗をしてそれをやり直したいと強く願った時、気が遠くなっていって気がついたら家にはお母さんが突然いなくなっていたのだった。その時には、後から時間を戻って来てくれたお母さんに見つけてもらった。小さいのにチカラを使うと時間の迷子になってしまうから、もうこのチカラを使っては絶対にいけない、と言われていた。
“昔のことを思い出しちゃった… あれからずっとチカラのことは忘れていたのに… あの日までは…”
早矢香が生徒会室に呼び出された日のこと、真面目な生徒会長と話をするのが面倒だった早矢香は、代わりに副総代の弓道部長の咲良に行ってもらうことにした。
しばらくして、あるウワサが校内に流れていた。ネットの番組に生徒が出るらしいこと、そして週末のロケのために生徒会長と副会長、咲良、真央が一緒に出かけるらしいこと…
「私が副会長と一緒にロケに行ってたかも知れない…」
そう考えると早矢香はとても落ち着いていられなかった。その時にひらめいたのがチカラのこと。ウワサを耳にしてからすぐに時間を生徒会室に呼び出された日に戻して、自分が生徒会室へ行った。
＊
≪時間は１時間ほど戻った≫
「私は男子の皆さんを助けにいきますよ、早矢香」
男子たちの方に耀子は助けに行こうとした。
「ちょっと待って、私が手伝いに行く。耀子はこっちのことをしてて」
男子のところへ手伝いに行った早矢香は、真央がジュースの入った水筒のフタを閉めるのを見てから大皿を運んでいった。
食事が終わった後のその日の午後の真央の告白は大成功となった。真央が差し出した手は霧人の両手で包まれて、決め手はカレーのおいしさだったとほめてもらった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室での『恋ステ』の対策会議も２回目となった。
「みなさんのおかげで霧人君への告白が成功しました！」
真央はとても喜んでいた。
「次の告白は耀子ですか？ それとも早矢香？」
早矢香がとまどっていると耀子がためらいながら口を開いた。
「次は私よ。そういうことなの」
「そういうことなのですね… では、思いを伝える人も…」
「もう決まっているわ」
「早矢香、耀子を助けてあげてね！ 私はもう一緒に行けませんが、こちらで一生懸命に応援しますからね！」
「もちろんだよ！ 私も協力するよ！」
真央のエールに早矢香も賛成した。
＊
そして３回目の週の旅。
３回目の旅の日曜日は告白の日。この日の午後には告白の時間がやって来る。
午前中は高原のオモチャ博物館やガラス工芸館をまわり、レトロなオモチャを見たりガラス細工を作ったりした参加者たち。
午後の告白では耀子の誠示への告白もうまくいった。耀子には自信がなかったが、誠示から手を差し出してもらえて思わず泣いてしまった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室では『恋ステ』の対策会議が始まったが、告白のせいで発熱して休んだ耀子と用事のあった遥希はいなかった。
「耀子の告白が成功して良かったですね！ あとは早矢香だけですか… やはり早矢香が告白するのは遥希？」
真央が照れる早矢香の顔をのぞき込んだ。
「私のことはいいよ… 真央の方こそ霧人君とはどうなの？」
「それがね… 私の方はうまくいっている訳では…」
「えっ… どうしたの？」
急に気落ちする真央の姿を早矢香は心配そうに見た。
「霧人君なんですけど、ＳＮＳで見たら彼女が地元にいるみたいで…」
「ずっと真央と楽しそうにしていたのに…」
「お調子者でしょ、あの人… 私たち遠距離だし… 不安になって…」
うつむいた真央のホホには涙が…
「あの人に告白しない方が良かった」
早矢香は真央のことを悲しませたくない気持ちが強く湧いてきた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は２週目の日曜日の午後に戻った≫
「私は男子の皆さんを助けにいきますよ、早矢香」
男子たちの方に耀子は助けに行こうとした。
「お願いするわね、耀子。私はこっちのことしておくから」
耀子が手伝いに行ってからしばらくして真央の絶叫があたりに響きわたった。
「あーっ、ワタシのカレーが！」
「大丈夫？ 真央さんケガはない？」
ふさぎこむ真央の肩に霧人が優しく手をかけた。
「事故だから気にしないでよ、真央さん…」
「でも、シャバシャバで酸っぱすぎ…」
「んー今からお昼ごはんどうしようか…」
落胆している真央の横で霧人がみんなに聞こえるように言った。
「まだ、バーベキューがある！ みんなでそれを分けあおう！ 真央さんも手伝って！」
「誠示さん…」
誠示が元気のなくなった真央とみんなに声をかけた。立ちつくす耀子の方へ急いで早矢香が駆け寄っていって、それを見た遥希が続いて来た。
「耀子、大丈夫！？」
「会長、ケガは！？」
「私なら大丈夫…」
「耀子のことは私が見てあげる。お皿とかは遥希が片付けて」
「了解」
「耀子、安心してね… あれは事故だったのよ… 自分を責めないで…」
早矢香は耀子のことを優しく抱きかかえた。遥希は地面に散らかった大皿やバーベキューを片付けた。
その日の午後、真央は誠示に告白した。真央が差し出した手は誠示の両手で包まれた。カレーの事件の時に誠示が一番に助けてくれたことに、真央は頼もしさを感じてうれしかったと告白した理由を言った。もともと真央が気になっていたこと、料理を一生懸命にする姿に心を動かされたことを誠示はＯＫした理由として話した。
＊
そして続く３週目の旅の日曜日は告白の日。
午後の告白の時、この日が最後の霧人は耀子へ告白したが、その告白は断られた。口には出さなかったが耀子は、カレーの事件の時の霧人がみんなを助けたり手伝ったりしなかったことをしっかり憶えていた。
３週間分のチケットだった耀子と断られた霧人の『恋ステ』の旅はこの日で終わった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室での『恋ステ』の対策会議が始まろうとしていた。真央は美術部に参加していて、用事のある遥希もいなかった。
「私、へこんじゃった… 真央は誠示さんとうまくいったのに、私の方はダメなんだもの…」
落ち込む耀子にかける言葉がすぐには早矢香には見つからなかった。
「真央は私が誠二さんが気になっていたことを知っていた。でも、そのことで真央を責めようとは思わない。だって、私も霧人さんのことをいいなって思っていたから… それにしても何であんな男だったかしら！？」
「付き合う前にわかって良かったじゃない、耀子」
慰める早矢香のことを耀子がにらみつけた。
「それはわかっているけど、私だって旅して、笑って、恋したかったのよ！」
耀子はハッとして、驚く早矢香に謝った。
「ごめんなさい早矢香… あなたが悪い訳じゃないのに… 私もキチンと告白したり告白されたかった… もう一度時間が戻ればいいのに…」
“私にも責任がある。だって、私が時間を戻したことで耀子が苦しんでいる”
早矢香は耀子に悪いことをしたと思う気持ちが強くなった。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は２週目の日曜日の午後に戻った≫
「耀子、大丈夫！？」
「会長、ケガは！？」
「私なら大丈夫…」
「耀子のこと見てあげて、遥希！ お皿とかは私が片付けとく」
その時、霧人が素早く駆け寄って来た。
「真央さんは誠示君がフォローしているから、耀子さんはボクが
慣れた手つきで耀子を引き寄せようとする霧人の前に遥希が立った。
「君にはその資格はないな、霧人君。君のＳＮＳ見たぜ。彼女とのことたくさんアップしてたよね」
くやしそうにする霧人をよそに、耀子のことを遥希は優しく抱きかかえた。
「会長、もう安心して… 全部事故だったんだ… 決して自分を責めないで…」
その日の午後の告白の時… トラブルの時にみんなを元気づけて的確な働きをした誠示に真央が告白した。真央が差し出した手は誠示の両手で包まれて告白は成功した。
そして耀子は遥希に急接近することに。カレーの事件の時に遥希が助けてくれて優しくなぐさめてくれたことに、耀子は感謝して心を揺さぶられていた。
＊
ただ、早矢香は耀子の遥希への急接近に納得していなかった。
「なぜ遥希と耀子が？ 私は耀子を助けてあげただけなのに…」
“私のチケットは５週間分だから、耀子のチケットは３週間分… 来週には耀子が遥希に告白するかも… ノンビリしてられない！”
早矢香の心の中はどうにかしたいと思う気持ちがうず巻いていた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は１週目の土曜日に戻った≫
参加メンバーが全員そろったところで、旅ができる回数が決められた『恋チケット』の入った封筒を選ぶことに。
その時、早矢香は前に自分が選んだ『恋チケット』を迷っている耀子に勧めて、自分は耀子が前に選んだ『恋チケット』を取った。
“これで耀子の『恋チケット』は５週間分に、私の『恋チケット』は３週間分になった…”
「ありがとう、早矢香！ これからどんな出会いがあるのかしら？ 早矢香が選んでくれたチケットで私たち二人ともうまくいけばいいわね！」
耀子はこれから始まる『恋ステ』の旅に希望をふくらませて早矢香に微笑んだ。その無邪気な笑顔に早矢香はハッとした。
“そうだよ、耀子は何も悪いことない！ 私、間違ってる！”
早矢香は自分がとても恐ろしいことをしたことに気付き、とても怖くなった。
“ごめんね耀子！ 時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は早矢香が校内で『恋ステ』のウワサを聞いた日に戻った≫
“私は時間を戻さないことにする。その代わり自分でできることをして、『恋ステ』のみんなを応援しよう”
早矢香はどうやって『恋ステ』メンバーを応援するかを考えた。自分の経験からすると、土曜日に学校を休むことがとにかく大変だった。
みんなが出かけている間の授業のノート、プリント類、それらの解き方等を集めて渡すことにした。みんなのクラスに合わせるために部活の仲間に頼んでそれぞれの分を手に入れるように手配した。
生徒会とクラブの活動についてもうまく運営できるように協力と調整を十分にした。
月曜日ごとに渡される勉強の資料と生徒会とクラブ活動の報告書類を『恋ステ』メンバーは不思議に思ったが、とても感謝していた。
＊
「この５週間長かったな… 自分の時はアッという間だったのに…」
月曜日の放課後、部室に向かう途中の渡り廊下で青空を見上げる早矢香の口からひとり言が出た。
「早矢香、早矢香！」
ボンヤリしていた早矢香に弓道部長の咲良が手招きをした。
「この５週間、勉強や部活の資料を毎週ありがとう！ 耀子、いえ生徒会長も副会長も真央も感謝しているよ」
「私そんなこと何も
「だって部活全部に頼んでくれたんでしょ。誰がしてくれたかすぐわかるよ！」
咲良がほめてくれて早矢香は照れた。
「それで早矢香にお礼がしたいんだ」
「お礼だなんて…」
「ほら、もうみんな迎えに来ているよ！」
耀子と真央が姿をみせた。そして二人の手が早矢香の手を包む。
“そうよ… 確かに二人ともこんな手の感触だった…”
「春日さん、このたびは大変お世話になりましたね」
「おかげさまで、勉強も生徒会も部活も何の心配ありませんでした」
「さあさあ、早く生徒会室に行きましょうよ！」
咲良が三人の背中を押し始めた。早矢香を囲む三人の話はニギヤカなことに。
“真央は誠示さん、耀子はなんと励市さんだったのか… 咲良は彼氏持ちなのね…”
その盛り上がりの中、悩んだ末に早矢香は気になっていたことを耀子にたずねた。
「お話し中すみません、遥… 副会長はどうしたんですか？」
「えっ、遥希から連絡受けてないの？ 直接伝えるって言ってたわよ？」
「私、全然聞いていません」
「おかしいわね… 今まで遥希とやりとりしてないの？」
「やりとりって、もしかして…」
早矢香が遥希に毎週渡していたノートを取り出すと、はさんであった封筒が出てきた。
“もう渡さなくていいと思ったから開いても見なかったわ”
封筒から手紙と赤チケットが出てきた。手紙を読んだ早矢香の顔は真っ青になった。
「ごめんなさい、失礼します！」
早矢香はあわてて一礼しその場から駆け出した。
＊
早矢香が指定の場所に着いた時には遥希はいなかった。息を切らしながら周囲を見回す早矢香。
“待合せの時間はとっくに過ぎているけど… どこに行っちゃったのかな…”
ガッカリした早矢香は近くにあったベンチにドカリと座り込んだ。
“あーあ、気づかずに遅れた私がいけないんだよね…”
手紙を見落とした自分が嫌になって早矢香は力なくうなだれた。
「だーれだ？」
“えっ？”
後ろから大きな手で突然目隠しをされた早矢香は驚いた。
「僕がステキに思った人の名前を教えてもらえる人、だーれだ？」
『恋ステ』でよく聞いたへそ曲がりな言い方には覚えがある。
「遥希！」
「間違いですよ、春日早矢香。あなたでしょ」
早矢香が振り向くと明るい笑顔の悠希がいた。
「早矢香は人のために進んで行動できて本当に優しい人ですね。僕はそんなあなたが好きです、つき合ってください」
遥希は丁寧に頭を下げて手を差しだした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
これまでの様々な出来事が思い出されて早矢香の目からは涙があふれた。
生徒会長の耀子は勢いよく両手を机について立ち上がった。
「今、ネットテレビで話題になっている『恋の週末ホームステイ』という高校生の恋人探し番組に運動部活総代と文化部活総代のお二人にも出て頂きます」
「「高校生の恋人探し番組に出る～！？」」
予想外の話にテニス部長の早矢香と美術部長の真央は同時に驚きの声をあげた。
「エッ！ ちょっと待ってよ！」
「突然そんなこと言われても困ります…」
「まず話を聞いてくださいな、お二人とも」
すぐ横にいた副会長の遥希がとまどう二人を押しとどめる。
「どんなお話なのですか？」
不審そうな顔の真央が聞く。
「この番組に出るのは受験生にわが校の魅力をＰＲするためなんですったら」
「「うちの学校のＰＲ？」」
「まさしく」
「でも恋人探しの番組に出るなんて…」
「そのイケメンと釣り合わないなんて思われたら…」
「ご存じないかな？ 早矢香さんは『憧れの君』として、真央さんは『かわいい子』キャラとして校内ファンクラブがあるんですよ。お二人が選ばれたのは決して部活総代だからじゃない」
「なにそれ！『憧れの君』？」
「私が『かわいい子』キャラ？」
信じられないといった顔の二人に耀子がヤレヤレと肩をすくめた。
「ま、そういうところも男子に受けそうだしコチラとしては都合がいいわ」
「そんなの私たちには何にも都合よくない！」
「全然よくないです！」
抗議する二人に向かって耀子はニッコリ笑った。
「この番組に出るってことは超イケメン男子生徒と恋人になれるチャンスが与えられるんですよ」
「！」「？」
その言葉に一瞬でポーっとなった時点で早矢香と真央はもう話に乗せられていた。
「詳しいことは追って連絡しますが、番組収録の関係で次の土曜日に制服と２日分のお着替えとかを用意して空港に集合です！」
「「ハ、ハイ、わかりました！」」
耀子が勢いに任せて一気にしゃべり終わると、熱気に押された早矢香と真央はなんとか返事をした。
＊
１日目の撮影場所に近い空港の通路では耀子と早矢香と真央が集まっていた。三人は集まっていても緊張して話もできず、ソワソワしていた。
“本当に私なんかがテレビに出ていいの？”
“イケメン男子たちとはどんなこと話したらいいのかしら…”
“私たちのことをイケメンの人たちが見た時、私たちをどう思うだろう…”
しばらく待っていると男子４人とスタッフたちがやって来た。参加メンバーが全員そろったところで、旅ができる回数が決められた『恋チケット』の入った封筒を選んだ。
この旅ができるチケットの回数は２週間分・３週間分・５週間分で、自分の回数は他の人に言ってはいけないルール。
気になる人に告白できる『赤いチケット』も１枚ずつ配られた。告白は旅行中いつでもＯＫ！ 告白がうまくいけばそのカップルは旅から卒業して、告白がうまくいかなければ告白した人が旅からいなくなることに…
スタッフから撮影は今から始まるけれどカメラの前でいつも通りリラックスして元気にしてね、とだけ参加者たちは言われた。だが、男女ともに初めて顔を合わせる期待と不安でいつも通りではいられなかった。
「ここはレディファーストで、って冗談、冗談！ まずボクから自己紹介しようかな？ 早く親しくなりたいからタメ口にしちゃうよ」
シュッとした顔つきの髪をきれいにセットした長身のイケメンがしゃべり始めた。
「ボクは東雲霧人、気づかいしてくれる女性が好みかな？ メガネをしている人、大歓迎！」
「好みのタイプまで言うのですか？ 私は橘田真央といいます。好みのタイプは優しい人です」
真っ直ぐな髪の真央はかけていたメガネに触れていた。
「明るくて元気な女の子がタイプの西宮励市です。ここにも元気そうな女の子がおってラッキー！」
爽やかなナチュラルなショートヘアーのイケメンが早矢香を見て言った。
「私は礼儀正しい人がいいな。春日早矢香です！」
運動部らしい短めの髪型の早矢香は男子たちに向かって一礼した。
「おしとやかな女性が好みの南野誠示です。よろしくお願いします」
少し長めのストレートヘアーのスリム体型の真面目そう男子が頭を下げた。
「私は何事にも真剣に取り組む方が好きです。御影耀子です」
肩までのすっきりした髪型をした耀子が丁寧にお辞儀をした。
「僕は北沢
「何でアナタがココにいるの、副会長？」
問い詰める耀子に遥希は話を途中で止められた。
“やった！ 副会長も参加するんだ！”
早矢香の心はときめいた。
ずっと早矢香は遥希のことが気になっていた。部活の件で相談にいっても、お堅い生徒会役員の中では珍しく優しくて話を聞いてくれる副会長のことが。部活総代と生徒会、それぞれの思いやグチを言い合えるくらいにはなっていた。
ただ、早矢香はそれ以上のことになると遥希と話すことはなかった。
「僕には来年の女子生徒の受験を増やすという大切な役目があるんですよ」
「そんな話は聞いてないわよ！ だいたい
「会長、録画されてますが… すみません、ここカットでお願いします」
「しかたがないわね… 続けなさい副会長」
ただ、副会長のセリフは不満そうな耀子の手で大きく変更された。
＊
そのあと遊園地では参加者たちが男女入れ替わりで違うペアになってアトラクションに行ったり食事をしたりオシャベリをした。最初の２日間でなんとか全員がとまどいながらも顔見知りになれた。うれしくも恥ずかしい手探りのお付き合いだった１回目の旅がアッという間に終わり、月曜日の放課後には生徒会室で常盤の丘学園メンバーの『恋ステ』対策会議があった。
「男の子全員と一緒に遊園地で遊んでみてどうでした？ 私は霧人君が好みでした… 少しお調子者だったけど優しかったし… 会長はどうでした？」
ホホを染めた真央は週末の出来事に満足していた。
“日頃は何を考えているかわからない橘田さんが赤くなっている！”
早矢香は心の中でほほえましく思った。
「恋ステのことは撮影の時みたいにみんな下の名前で呼び合いましょうよ。私のことは耀子でお願い。私は誠示さんが気に入ったな… 二人で観覧車から見た夜景はきれいだったし、誠示さんはさり気なく星座の話もしてくれてステキだったわ… ねえ、早矢香は？」
“会長ってお堅いだけだと思ってたけど、けっこう乙女なんだ…”
「私はチョット… 男子はみんな親切だったけど誰とは言えないな…」
遥希の方をチラっと見た早矢香はソワソワした。
「は、遥希はどうだった？」
「僕ですか？ まあ、みなさんには優しくしてもらえて良かったですよ」
「そんな優等生の答えが聞きたいんじゃないのよ。ちゃんと答えなさい、遥希」
耀子は会長権限を使って命令した。
「ご命令じゃ仕方ないですね。じゃあ言いますよ」
女子三人はかたずを飲んで急にその場が静かになった。
「ステキに思った人が一人いますよ。でも今は名前は内緒です」
「それじゃズルいわよ」
「なら、時がくれば教えてくれるんだよね」
早矢香の救援に遥希は微笑んでくれた。
「みなさん、残り回数は何回か教え合いません？」
突然、真央がせっぱつまった表情をしたので耀子と早矢香は顔を見合わせた。
「撮影されていなくてもダメですよ。ルールですから」
「やっぱりそうですよね…」
真央のあせる顔つきは、ある予感を他のメンバーたちにいだかせた。
＊
２回目の旅の土曜日は動物園での集団デート。参加者は３組に分かれて園内のキリンやゾウ、トラなどを見て回った。
“真央ったらもしかしてロックオン？ 月曜の意味深発言もあるし…”
普段は省エネの真央が一日中、一生懸命に霧人について回っている姿を見て早矢香はすごいヤル気を感じた。
２回目の旅の日曜日は告白の日。この日の午後には告白の時間がやって来る。
午前中はキャンプ場で散策したりやボートに乗って楽しんだ参加者たち。お昼ご飯はみんなで作るバーベキューとカレーライス。料理は女子、バーべキューとご飯を炊くのは男子の役割に。この時も真央は自分から進んで料理を作っている。
「私は男子の皆さんを助けに行きますよ、早矢香」
“真央は今日もがんばっている… 耀子も手伝ってくれている…”
耀子も真央を助けてくれるのを見て早矢香はうれしかった。
入れられた材料とカレーのルーがちょうどよく煮えてきた鍋からは湯気と良い香りがただよっていた。
「カレーは私の得意料理なんです。仕上げの隠し味！」
真央はリンゴジュースを鍋へホンの少し入れて味見した。
「うん、おいしい！ もう少し煮込めばできあがりです」
「ホントだ、いい香りだね」
ニッコリ笑った真央に霧人が後ろから近づいた。耳元で霧人の声が聞こえて真央は耳まで赤くなった。
と、その時大皿を運んでいた耀子がつまづいて霧人の背中にぶつかった。ドミノ倒しのように霧人は真央にぶつかって、真央は持っていたリンゴジュース全部をドボドボ鍋に入れてしまった。
「あーっ、ワタシのカレーが！」
真央の絶叫があたりに響きわたった。
「ご、ごめんなさい、真央…」
「いいんです、耀子… あなたは悪くない。事故だったんです…」
無理して耀子をなぐさめている真央の声は震えていた。
「シャバシャバで酸っぱすぎ… これじゃ告白は無理ですね…」
顔を伏せた真央のホホに光るモノが流れていた。
早矢香の心には真央を何とか助けてあげたい強い気持ちが湧いてきた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
早矢香には誰にも言えない秘密があった。
早矢香には時間を戻るチカラがある。気がついたのは小学生の頃のことだった。
ある失敗をしてそれをやり直したいと強く願った時、気が遠くなっていって気がついたら家にはお母さんが突然いなくなっていたのだった。その時には、後から時間を戻って来てくれたお母さんに見つけてもらった。小さいのにチカラを使うと時間の迷子になってしまうから、もうこのチカラを使っては絶対にいけない、と言われていた。
“昔のことを思い出しちゃった… あれからずっとチカラのことは忘れていたのに… あの日までは…”
早矢香が生徒会室に呼び出された日のこと、真面目な生徒会長と話をするのが面倒だった早矢香は、代わりに副総代の弓道部長の咲良に行ってもらうことにした。
しばらくして、あるウワサが校内に流れていた。ネットの番組に生徒が出るらしいこと、そして週末のロケのために生徒会長と副会長、咲良、真央が一緒に出かけるらしいこと…
「私が副会長と一緒にロケに行ってたかも知れない…」
そう考えると早矢香はとても落ち着いていられなかった。その時にひらめいたのがチカラのこと。ウワサを耳にしてからすぐに時間を生徒会室に呼び出された日に戻して、自分が生徒会室へ行った。
＊
≪時間は１時間ほど戻った≫
「私は男子の皆さんを助けにいきますよ、早矢香」
男子たちの方に耀子は助けに行こうとした。
「ちょっと待って、私が手伝いに行く。耀子はこっちのことをしてて」
男子のところへ手伝いに行った早矢香は、真央がジュースの入った水筒のフタを閉めるのを見てから大皿を運んでいった。
食事が終わった後のその日の午後の真央の告白は大成功となった。真央が差し出した手は霧人の両手で包まれて、決め手はカレーのおいしさだったとほめてもらった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室での『恋ステ』の対策会議も２回目となった。
「みなさんのおかげで霧人君への告白が成功しました！」
真央はとても喜んでいた。
「次の告白は耀子ですか？ それとも早矢香？」
早矢香がとまどっていると耀子がためらいながら口を開いた。
「次は私よ。そういうことなの」
「そういうことなのですね… では、思いを伝える人も…」
「もう決まっているわ」
「早矢香、耀子を助けてあげてね！ 私はもう一緒に行けませんが、こちらで一生懸命に応援しますからね！」
「もちろんだよ！ 私も協力するよ！」
真央のエールに早矢香も賛成した。
＊
そして３回目の週の旅。
３回目の旅の日曜日は告白の日。この日の午後には告白の時間がやって来る。
午前中は高原のオモチャ博物館やガラス工芸館をまわり、レトロなオモチャを見たりガラス細工を作ったりした参加者たち。
午後の告白では耀子の誠示への告白もうまくいった。耀子には自信がなかったが、誠示から手を差し出してもらえて思わず泣いてしまった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室では『恋ステ』の対策会議が始まったが、告白のせいで発熱して休んだ耀子と用事のあった遥希はいなかった。
「耀子の告白が成功して良かったですね！ あとは早矢香だけですか… やはり早矢香が告白するのは遥希？」
真央が照れる早矢香の顔をのぞき込んだ。
「私のことはいいよ… 真央の方こそ霧人君とはどうなの？」
「それがね… 私の方はうまくいっている訳では…」
「えっ… どうしたの？」
急に気落ちする真央の姿を早矢香は心配そうに見た。
「霧人君なんですけど、ＳＮＳで見たら彼女が地元にいるみたいで…」
「ずっと真央と楽しそうにしていたのに…」
「お調子者でしょ、あの人… 私たち遠距離だし… 不安になって…」
うつむいた真央のホホには涙が…
「あの人に告白しない方が良かった」
早矢香は真央のことを悲しませたくない気持ちが強く湧いてきた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は２週目の日曜日の午後に戻った≫
「私は男子の皆さんを助けにいきますよ、早矢香」
男子たちの方に耀子は助けに行こうとした。
「お願いするわね、耀子。私はこっちのことしておくから」
耀子が手伝いに行ってからしばらくして真央の絶叫があたりに響きわたった。
「あーっ、ワタシのカレーが！」
「大丈夫？ 真央さんケガはない？」
ふさぎこむ真央の肩に霧人が優しく手をかけた。
「事故だから気にしないでよ、真央さん…」
「でも、シャバシャバで酸っぱすぎ…」
「んー今からお昼ごはんどうしようか…」
落胆している真央の横で霧人がみんなに聞こえるように言った。
「まだ、バーベキューがある！ みんなでそれを分けあおう！ 真央さんも手伝って！」
「誠示さん…」
誠示が元気のなくなった真央とみんなに声をかけた。立ちつくす耀子の方へ急いで早矢香が駆け寄っていって、それを見た遥希が続いて来た。
「耀子、大丈夫！？」
「会長、ケガは！？」
「私なら大丈夫…」
「耀子のことは私が見てあげる。お皿とかは遥希が片付けて」
「了解」
「耀子、安心してね… あれは事故だったのよ… 自分を責めないで…」
早矢香は耀子のことを優しく抱きかかえた。遥希は地面に散らかった大皿やバーベキューを片付けた。
その日の午後、真央は誠示に告白した。真央が差し出した手は誠示の両手で包まれた。カレーの事件の時に誠示が一番に助けてくれたことに、真央は頼もしさを感じてうれしかったと告白した理由を言った。もともと真央が気になっていたこと、料理を一生懸命にする姿に心を動かされたことを誠示はＯＫした理由として話した。
＊
そして続く３週目の旅の日曜日は告白の日。
午後の告白の時、この日が最後の霧人は耀子へ告白したが、その告白は断られた。口には出さなかったが耀子は、カレーの事件の時の霧人がみんなを助けたり手伝ったりしなかったことをしっかり憶えていた。
３週間分のチケットだった耀子と断られた霧人の『恋ステ』の旅はこの日で終わった。
＊
月曜日の放課後の生徒会室での『恋ステ』の対策会議が始まろうとしていた。真央は美術部に参加していて、用事のある遥希もいなかった。
「私、へこんじゃった… 真央は誠示さんとうまくいったのに、私の方はダメなんだもの…」
落ち込む耀子にかける言葉がすぐには早矢香には見つからなかった。
「真央は私が誠二さんが気になっていたことを知っていた。でも、そのことで真央を責めようとは思わない。だって、私も霧人さんのことをいいなって思っていたから… それにしても何であんな男だったかしら！？」
「付き合う前にわかって良かったじゃない、耀子」
慰める早矢香のことを耀子がにらみつけた。
「それはわかっているけど、私だって旅して、笑って、恋したかったのよ！」
耀子はハッとして、驚く早矢香に謝った。
「ごめんなさい早矢香… あなたが悪い訳じゃないのに… 私もキチンと告白したり告白されたかった… もう一度時間が戻ればいいのに…」
“私にも責任がある。だって、私が時間を戻したことで耀子が苦しんでいる”
早矢香は耀子に悪いことをしたと思う気持ちが強くなった。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は２週目の日曜日の午後に戻った≫
「耀子、大丈夫！？」
「会長、ケガは！？」
「私なら大丈夫…」
「耀子のこと見てあげて、遥希！ お皿とかは私が片付けとく」
その時、霧人が素早く駆け寄って来た。
「真央さんは誠示君がフォローしているから、耀子さんはボクが
慣れた手つきで耀子を引き寄せようとする霧人の前に遥希が立った。
「君にはその資格はないな、霧人君。君のＳＮＳ見たぜ。彼女とのことたくさんアップしてたよね」
くやしそうにする霧人をよそに、耀子のことを遥希は優しく抱きかかえた。
「会長、もう安心して… 全部事故だったんだ… 決して自分を責めないで…」
その日の午後の告白の時… トラブルの時にみんなを元気づけて的確な働きをした誠示に真央が告白した。真央が差し出した手は誠示の両手で包まれて告白は成功した。
そして耀子は遥希に急接近することに。カレーの事件の時に遥希が助けてくれて優しくなぐさめてくれたことに、耀子は感謝して心を揺さぶられていた。
＊
ただ、早矢香は耀子の遥希への急接近に納得していなかった。
「なぜ遥希と耀子が？ 私は耀子を助けてあげただけなのに…」
“私のチケットは５週間分だから、耀子のチケットは３週間分… 来週には耀子が遥希に告白するかも… ノンビリしてられない！”
早矢香の心の中はどうにかしたいと思う気持ちがうず巻いていた。
“時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は１週目の土曜日に戻った≫
参加メンバーが全員そろったところで、旅ができる回数が決められた『恋チケット』の入った封筒を選ぶことに。
その時、早矢香は前に自分が選んだ『恋チケット』を迷っている耀子に勧めて、自分は耀子が前に選んだ『恋チケット』を取った。
“これで耀子の『恋チケット』は５週間分に、私の『恋チケット』は３週間分になった…”
「ありがとう、早矢香！ これからどんな出会いがあるのかしら？ 早矢香が選んでくれたチケットで私たち二人ともうまくいけばいいわね！」
耀子はこれから始まる『恋ステ』の旅に希望をふくらませて早矢香に微笑んだ。その無邪気な笑顔に早矢香はハッとした。
“そうだよ、耀子は何も悪いことない！ 私、間違ってる！”
早矢香は自分がとても恐ろしいことをしたことに気付き、とても怖くなった。
“ごめんね耀子！ 時間よ戻れ！”
早矢香が強く念じると凄まじい白い光がまわり中を包んだ。
＊
≪時間は早矢香が校内で『恋ステ』のウワサを聞いた日に戻った≫
“私は時間を戻さないことにする。その代わり自分でできることをして、『恋ステ』のみんなを応援しよう”
早矢香はどうやって『恋ステ』メンバーを応援するかを考えた。自分の経験からすると、土曜日に学校を休むことがとにかく大変だった。
みんなが出かけている間の授業のノート、プリント類、それらの解き方等を集めて渡すことにした。みんなのクラスに合わせるために部活の仲間に頼んでそれぞれの分を手に入れるように手配した。
生徒会とクラブの活動についてもうまく運営できるように協力と調整を十分にした。
月曜日ごとに渡される勉強の資料と生徒会とクラブ活動の報告書類を『恋ステ』メンバーは不思議に思ったが、とても感謝していた。
＊
「この５週間長かったな… 自分の時はアッという間だったのに…」
月曜日の放課後、部室に向かう途中の渡り廊下で青空を見上げる早矢香の口からひとり言が出た。
「早矢香、早矢香！」
ボンヤリしていた早矢香に弓道部長の咲良が手招きをした。
「この５週間、勉強や部活の資料を毎週ありがとう！ 耀子、いえ生徒会長も副会長も真央も感謝しているよ」
「私そんなこと何も
「だって部活全部に頼んでくれたんでしょ。誰がしてくれたかすぐわかるよ！」
咲良がほめてくれて早矢香は照れた。
「それで早矢香にお礼がしたいんだ」
「お礼だなんて…」
「ほら、もうみんな迎えに来ているよ！」
耀子と真央が姿をみせた。そして二人の手が早矢香の手を包む。
“そうよ… 確かに二人ともこんな手の感触だった…”
「春日さん、このたびは大変お世話になりましたね」
「おかげさまで、勉強も生徒会も部活も何の心配ありませんでした」
「さあさあ、早く生徒会室に行きましょうよ！」
咲良が三人の背中を押し始めた。早矢香を囲む三人の話はニギヤカなことに。
“真央は誠示さん、耀子はなんと励市さんだったのか… 咲良は彼氏持ちなのね…”
その盛り上がりの中、悩んだ末に早矢香は気になっていたことを耀子にたずねた。
「お話し中すみません、遥… 副会長はどうしたんですか？」
「えっ、遥希から連絡受けてないの？ 直接伝えるって言ってたわよ？」
「私、全然聞いていません」
「おかしいわね… 今まで遥希とやりとりしてないの？」
「やりとりって、もしかして…」
早矢香が遥希に毎週渡していたノートを取り出すと、はさんであった封筒が出てきた。
“もう渡さなくていいと思ったから開いても見なかったわ”
封筒から手紙と赤チケットが出てきた。手紙を読んだ早矢香の顔は真っ青になった。
「ごめんなさい、失礼します！」
早矢香はあわてて一礼しその場から駆け出した。
＊
早矢香が指定の場所に着いた時には遥希はいなかった。息を切らしながら周囲を見回す早矢香。
“待合せの時間はとっくに過ぎているけど… どこに行っちゃったのかな…”
ガッカリした早矢香は近くにあったベンチにドカリと座り込んだ。
“あーあ、気づかずに遅れた私がいけないんだよね…”
手紙を見落とした自分が嫌になって早矢香は力なくうなだれた。
「だーれだ？」
“えっ？”
後ろから大きな手で突然目隠しをされた早矢香は驚いた。
「僕がステキに思った人の名前を教えてもらえる人、だーれだ？」
『恋ステ』でよく聞いたへそ曲がりな言い方には覚えがある。
「遥希！」
「間違いですよ、春日早矢香。あなたでしょ」
早矢香が振り向くと明るい笑顔の悠希がいた。
「早矢香は人のために進んで行動できて本当に優しい人ですね。僕はそんなあなたが好きです、つき合ってください」
遥希は丁寧に頭を下げて手を差しだした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
これまでの様々な出来事が思い出されて早矢香の目からは涙があふれた。
