春~嫌な季節~
文字数 786文字
冬が好きだ。
凛と張りつめた明け方の空気、木の葉を散らし春や夏の盛りに比べて見た目に静かになった木々、時折降ってきて世界を白く染め上げる雪。
そして、何より君が好きだ。
艶のある長い髪も、いつも意志が強そうに引き結ばれた唇も、夢に向かって真っすぐ据えられた瞳も。
君が外でどんな生活を送っているのか、僕はよく知らない。
だけど、君が音楽家を目指して頑張っているということは知っている。いつも部屋でヘッドホンをして、サイレントピアノの鍵盤を、その長い指で叩いているから。ピアノを弾いている時の君はとても楽しそうで、それでいて真剣で。僕はちょっと嫉妬してしまう。
それに、ピアノは一年中、君のそばにいられるし。
でも、僕にだって自慢できることはある。
それは表情。
僕とともにいる時だけは、君は少しだけ目を細めてけだるげな表情を見せる。僕だけが知っている君の表情。それが密かな僕の自慢。
でも、やがて憎い春が訪れる。僕と君とを引き裂く悪魔のような季節が。
ああ、この時ばかりは、君がもっとずぼらだったらと願わずにはいられない。一年間、ずっとこのままでいてくれてもいいのに。
だけど、君はとても几帳面で。
料理はそつなくこなすし、洗濯も毎日する。掃除だって欠かしたことがない。
だから、桜が咲く頃になると、決まって僕を押入れにしまう。
もちろん、そんな君が好きだけれど、もうちょっとだけ一緒にいたい、と思うのは僕のわがままなのだろうか。
押入れの中には夏にしまわれた扇風機。視線で会話を交わし合う。
『また、春がやってきたな』
『ああ、嫌な季節さ』
『俺も夏以外は嫌いさ。彼女に会えないからな』
『ふん、俺たちは似た者同士ってことか。気に入らないな』
『まあ、そう言うなよ。少しの間、一緒にいるだけじゃないか。仲良くしようぜ、こたつの兄貴』
凛と張りつめた明け方の空気、木の葉を散らし春や夏の盛りに比べて見た目に静かになった木々、時折降ってきて世界を白く染め上げる雪。
そして、何より君が好きだ。
艶のある長い髪も、いつも意志が強そうに引き結ばれた唇も、夢に向かって真っすぐ据えられた瞳も。
君が外でどんな生活を送っているのか、僕はよく知らない。
だけど、君が音楽家を目指して頑張っているということは知っている。いつも部屋でヘッドホンをして、サイレントピアノの鍵盤を、その長い指で叩いているから。ピアノを弾いている時の君はとても楽しそうで、それでいて真剣で。僕はちょっと嫉妬してしまう。
それに、ピアノは一年中、君のそばにいられるし。
でも、僕にだって自慢できることはある。
それは表情。
僕とともにいる時だけは、君は少しだけ目を細めてけだるげな表情を見せる。僕だけが知っている君の表情。それが密かな僕の自慢。
でも、やがて憎い春が訪れる。僕と君とを引き裂く悪魔のような季節が。
ああ、この時ばかりは、君がもっとずぼらだったらと願わずにはいられない。一年間、ずっとこのままでいてくれてもいいのに。
だけど、君はとても几帳面で。
料理はそつなくこなすし、洗濯も毎日する。掃除だって欠かしたことがない。
だから、桜が咲く頃になると、決まって僕を押入れにしまう。
もちろん、そんな君が好きだけれど、もうちょっとだけ一緒にいたい、と思うのは僕のわがままなのだろうか。
押入れの中には夏にしまわれた扇風機。視線で会話を交わし合う。
『また、春がやってきたな』
『ああ、嫌な季節さ』
『俺も夏以外は嫌いさ。彼女に会えないからな』
『ふん、俺たちは似た者同士ってことか。気に入らないな』
『まあ、そう言うなよ。少しの間、一緒にいるだけじゃないか。仲良くしようぜ、こたつの兄貴』