GUNMARU-Ⅱ 娘編(自主映画ノベライズ版)

文字数 3,848文字

 私は早瀬沙也加、愛知の県立高校に通う迷える2年生。せっかくの夏休みだというのに、朝から数学の補講で、すでに脳内はうだる猛暑日のような状態。再び思考を開始するには、かわいそうな頭をクールダウンしないともう無理。私は奇跡の帰巣本能を発揮しつつ最寄りの喫茶店へと向かう。当然、一人ではつまらないので、真夏の炎天下を心底嫌悪する真希と楓を呼びつける。そこは群生本能を発揮。
 到着早々、なぜかみんな不機嫌。当たり前か。ふと、目の前に座る真希を見て私はドキッとする。

(真希ってかわいいかも……)

 私は彼女の横顔を見ながら素直にそう思った。
(まつげ長いし、肌きれいだし……)
 私の視線に気づいた真希がこちらを向く。
「どうかしたの、沙也加?」
「ううん、なんでもない」
 なに焦ってんだろ、私。でも真希は最近なぜか急に可愛くなった気がする。
「真希ってさ、なんかお肌のお手入れとかしてるの?」
「特に……そうだ、お風呂出た後に化粧水はつけてるかな」
「えっ、それだけ?」
「うん、それだけ」
「ふ〜ん。ところでさっきから何見てるの? 楓」
「株価。今、ちょうど仕手が入ったから売り抜けたところ」
「…………」
 もう驚かないけど、この子はいつも違う世界にいる感じ。リアクションに困っていると、スマホの着信音が響く。
「あ、ちょっとごめんね」
 席を立ちながらスクリーンを確認する。
(……お父さん?)私は少しためらいながら応答をタップする。
「何か用? 今、友達とお茶してるんだけど……」
『沙也加、真希には気をつけろ!』
 と言うなり唐突に通話が切れる。
『プー・プー・プー』
「一体なんなの?」
 でも父の様子は明らかに普通じゃなかった。
(真希には気をつけろって……)何のことかさっぱり分からないまま席に戻る。
「あれ、楓は?……」
 さっきまでいた楓がいない。ふと人の気配を感じて横を向くと、凍りつくような無表情の楓が発光しているナイフのようなものを持っている。その光るナイフはブーンという低い電子音を放っている。
「ちょっとなに、楓……」
 その異様な雰囲気に圧倒されて私は思わずたじろぐ。真希はというと、ゾッとするような表情でこちらを睨んでいる。
「真希?……」
 自分が置かれている状況をまったく理解できないまま、二人の変貌にただ混乱する。楓は光るナイフを私の胸に向けたまま、じりじりと私に向かってくる。それに呼応するかのように真希がゆっくりと立ち上がる。1秒が残酷なくらいに長く感じる。
「ねえ、冗談、だよね?」
 私は精一杯の希望を込めて楓に聞いてみる。でも楓は無表情のまま止まらない。
(それで私を刺す気なの?)もうギリギリの距離だ。
「動かないで!」
 真希が叫ぶと同時に、楓が猛然と向かってくる。
「え?」
(刺される!)そう感じた瞬間、私はかろうじてかわすと床に激しく叩きつけられる。なんとか体を支えた私は、慌てて二人の方を向く。真希と楓は向かい合わせで立っている。真希は楓の手を抑えていて、二人はこう着状態だ。ただならぬ雰囲気に私は床の上を後ずさる。
「わたしは沙也加を死なせたくないから……」
 突然、真希は私の方を向くと、無理に微笑みながら告げる。
「ま、真希!」
「沙也加、早く逃げて!」
「で、でも……」
「走って! 沙也加!!」
 見かねた真希が叫ぶ。その声に突き動かされるように私は立ち上がると、よろけながら店の外へ出る。意味も分からないまま逃げる私は、楓が追いかけてきているのを確認して、絶望的な気持ちに襲われる。
 一体、私の身に何が起こっているの? 考えて、考えて、私。楓を怒らせるようなことを言った? ひょっとして、楓がトイレに立った時にパフェを少し食べたから? それとも、それとも……
「ぜんぜん思い浮かばないよ!」
 執拗に追いかけてくる楓は人間とは思えないほど無表情だ。その姿はいつもの彼女と違いすぎて現実感がない。
「おとーさん、やばいのは真希じゃなくて楓だよ!」私は思わず叫ぶ。
 残念なことに、父親というのは娘の友達の区別もつかないみたいだ。でも、今となってはそんなことはどうでもいいから、こんな状況は一刻も早く終わって欲しい。

 私は意味も分からないまま、殺しにくる友達からただ、ただ逃げている。ひたすら夢であって欲しいと願いながら走り続けた。唯一の救いは、呼吸の苦しさが殺されるかもしれないという恐怖を忘れさせてくれることだ。

 角を何回曲がっただろう。どれほどの交差点を越えただろう……

 そして、何人もの人にぶつかりそうになりながら、どのくらい走っただろう。すでに意識は朦朧としていて、私は倒れ込んでいたことにすら気づかなかった。
(もう走れない……)
 体力を根こそぎ削られて、私はもう何もかもがどうでもよくなっていた。それを悟ったのか、楓も一定の距離から近づいてこない。いよいよ最後の時かもしれない。
「ここは……」
 辺りが黄昏色に染まる中、見覚えのあるシルエットが馴染みのある場所だと教えてくれる。そして、そこに見慣れた人影があることに私は気づいた。
「真希?」
 なぜかそこには真希が立っていた。私はほっとして、よろけながら立ち上がると真希の方へ歩み寄る。
「近づいてはダメ!」背後から楓の声が聞こえる。
 真希に近づきながらその顔を見た瞬間、私は思わず歩みを止める。
「真希?……」
「楓は沙也加を殺そうとしてる。早くこっちに来て」
 そう言う真希の声はどこか生気がなく、その表情は明らかにいつもと違う。
(真希には気をつけろ!)ふと父親の声が脳裏に響く。
 真希は突然ニヤッと笑うと不意に近づいてくる。しかも、彼女の手には発光するナイフが握られている。
「え?」
 疲労と混乱で私は動けない。今度こそやられると思った瞬間、私の感覚が不意にスパークする。それは時間の感覚を拡張させ、1秒が呆れるほど長く感じられた。そう、今の私には真希の動きは滑稽なくらいにスローに見える。何度も突いてくるナイフを右手だけでかわすと、悔しそうに顔を歪めた真希は渾身の力でナイフを突いてくる。それに合わせ手刀を決める。
「うっ!」と小さくうめくと、真希はナイフを落とす。
 そこに間髪入れずにサイドキックを入れる。
「!?」
 なぜかサイドキックが弾かれた。そこにはどこから現れたのか、見知らぬ男が立っていた。普通じゃない雰囲気に圧倒され、まったく動けない。
 ふと気配を感じて横を向くと、なぜか父がいる。
「お、お父さん!?」
「この男は私に任せろ」
「うん、任せた」
 そこから二組の激しい攻防が始まる。私は戦いながら感覚を少しずつ取り戻していた。徐々に真希を追い詰めていく。そして、真希が体勢を崩したところを見計らって、反時計回りに回転すると、私はジャンプして右の飛び回し蹴りを決める。真希は弾かれる様に地面に倒れると気を失った。

「わたし、どうして……」
 なんでこんなことができるの? そもそもなんでこんなことを知っているの? 不思議そうに自分の手を眺めている自分に気づく。
「やっと覚醒したみたいね」
それに答えるかのように話す楓は、私がよく知っている彼女に戻っていた。ちょうど掌底を入れて相手を倒したばかりの父も頷いている。
「……どういうこと?」
「だから、その真希はあなたを殺しにきた偽物」
「この真希が偽物?……」
「本物の真希ならもう中にいるはず。行くよ。沙也加」
 今思えば、無意識にここへ向かっていたとはっきりと分かる。
「行け! 沙也加」父の声がする。
「うん……」
 二人でスタジアムへ向かっていると、楓がいつものように話し始める。
「あの〜、怒らないで聞いてね。実は、沙也加を覚醒させるために、敵の作戦にあやかって一芝居打ったってわけなんだよね」
 楓は歩きながら済まなそうに両手を合わす。
「なにそれ、ひどっ!」
 スタジアムに入ると中は真っ暗だ。カチッという音とともに突然ライトが点灯すると、そこに巨大なロボットが浮かび上がる。
「これは……」
 見覚えがある。私は確かにこの巨大ロボを知っている。
「おそ〜い。もう来ないかと思ったよ」
 声の主を探すと派手な服を着た真希がいる。私は思わず身構えてしまう。
「大丈夫、わたしは本物。楓、話してないの?」
「話したけど、まだ完全に覚醒してないみたいなの」
「じゃ、早く着せよう。戦闘服に!」笑う真希。
 それを待っていたかの様に近くの女性メカニックが戦闘服を持って来る。
「沙也加さん、これを」
 その戦闘服を受け取ると、とても懐かしい感覚と共に走馬灯のように全ての記憶が蘇ってきた。そうだ、私たちは巨大ロボを操るパイロット。平行宇宙の平和を守っている。
「ごめん、待たせた……」
 戦闘服に着替えた私は二人に近づくと、少し呼吸を整えながら今の気持ちを伝える。
「おかえり、沙也加」と真希。
「ホント、世話が焼けるなー」と楓。
「ところで、今から歌っちゃう?」と言いながら、私はマイクを持つジェスチャー。
「まさか!」ハモる二人。
「そのギャグもひさしぶりー」と楓。
「じゃ、行こっ!」
「うん!」

 豊田スタジアムの地下基地から巨大ロボが浮上する。
「平行宇宙への転送シーケンス・オールグリーン。転送カウントダウン10秒前、9、8……」アナウンスが基地内に響き渡る。
「さあ、みんな奏でるよ。わたしたちのハーモニー!」
 私たちを乗せた巨大ロボは、今まさに戦闘が繰り広げられている平行宇宙へと出撃する。カウントゼロ。4本のアンテナから眩いプラズマが照射されると、辺りは白い光に包まれた。
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