第1話

文字数 1,180文字


北風に突き放されてちぎれた雲が、流形を変える。動物のかたち・・・魚・・・
その姿を言い当てようとするが、変化のスピードに追いつけない。

丘陵に建つ教会の庭で、礼拝の終わりを待っている。
コートの襟を立て、咳をする。微熱がさめない。早く仕事を終え、家に帰りたい。

日曜礼拝を終えた信者が扉を開け、屋外に現れる。
彼らは一様に私の顔を見つめ、女は目礼し、子供は微笑みかけ去っていく。
私はそれぞれの瞳を覗き、信仰あるものの福音を疑う。

「おまたせしました」
青銅の扉を肩で支えた男が私を招いた。
五〇代を感じさせない筋肉質の彼は、私を先導し、礼拝堂の中央まで進む。
太い首は陽に焼けていた。

「ブラナー神父は、やはり来ていないのですね」
彼は落胆を口にする。意外に知的な声だった。
「来ていません。明日の朝、ホテルで待ちあわせています」
私は努めて冷淡に答えた。
「明後日から私は休みです。それまで待てませんか」
「待てません。決められた行動に徹するよう、命じられています」
「では一言だけ申しあげる。教団に願ったのは、あくまで宗教上の検証です。信者でない相手に事象の説明をしたくないのです。私はあなたより現実の捜査に長けている」
「わかっていますニコラスさん。失礼、私はあなたの本名を知らない。洗礼名しか受けていないのでそう呼びます。
あなたの職業が警察官であることは知っていますが、私は正式に教団からの依頼で、仕事で来てるのです。
予定通りあなたから直接、調査依頼内容を聞き、明日、ブラナー神父と現地に入ります。
神父はその後検討し、再度、森に入るかを決めることになっています。ご理解ください」

よそ者参入が気に食わないらしい。事務的に阻む文言に閉口し、眉間に深い皺をつくった。
彼は諦めをつけるように天井を見上げ、やがて乾いた唇を動かす。

「富岳ケ原は、富士山の裾野およそ三〇○○ヘクタールの原生林です。
溶岩上に繁る樹木は深く、山肌は起伏に富んでいます。
ひとたび入ると方向感覚を失い、後戻りできないため、この地で自殺者が後をたちません」

再び彼は、堂内の天井を眺める。
焼煉瓦を積んだ簡素な外観とは逆に、教会内部は精美に飾られている。
主祭壇は、ステンドグラスの採光が必ず照らす位置にあり、
天井は受胎告知のモザイク画が施されていた。

「秋に行う捜索で、相当数の遺体が毎年発見されます。
身元が判明するのは一割程度。数十年前の遺体を発見するのは珍しくありません。
手首を切る、首を吊る、薬を使う、自殺の方法は様々です。年齢は二〇代が最も多い」
「一斉捜索は、自殺者を誘発する理由で近年取りやめになったのでは?」
「表向きはね。遺体発見のニュースは悪い刺激になるから。
しかし規模を抑え、引き続き行われてます。
今から四年前の捜索直前、はじめて彼女の形跡が発覚しました」

話が本題に入る。
私は立ったまま彼と視線を交える。
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