春の依頼

文字数 1,352文字

「少年探偵さんへーー」

 最初で最後の依頼が来た。「最初」というのは今までずっと依頼なんて来なかったから。子どもの探偵なんかに依頼するような内容なんて実際にはない。あるのは漫画や小説の世界だけだ。そして最後と言うのは進級とともにもう少年探偵を名乗ることはやめようと思ったから。この春進級するのに、未だに「少年探偵」なんて名乗っているのはさすがに恥ずかしいと思った。だけど最後の最後に依頼が来たのはちょっと嬉しかった。さて、依頼の内容はなんだろう。

「春の妖精の写真を撮ってきてください。場所は以下の地図通り」

 春の妖精ってなんだろう? 何かの暗号だったりするのかな。とりあえず、『春の妖精』とやらの場所はわかっているんだ。行ってみよう。
 日曜の昼下がり。僕は水筒とお菓子、そしてデジタルカメラをナップサックに詰めると、さっそく出かけることにした。ーーいい天気だ。
 地図に書かれている場所は、電車に乗って向かわなくてはならない。隣町の神社だ。駅につくと、僕は切符を買おうとした。切符を買うときにふと気づいた。そうだ、もう来月から僕はこども料金ではなく大人料金じゃなきゃいけないんだ。でもまだ僕は少年探偵でいられる。堂々とこども料金の切符を買うと、電車に乗り込む。お母さんとも友達とも一緒ではなく、ひとりで電車に乗るのはもしかしたら初めてかもしれない。隣町の駅には15分くらいかかる。通勤ラッシュの時間帯ではなかったので僕はゆっくりシートに座って、向かい側の車窓を眺めていた。
 駅について、地図を眺める。駅からはそんなに離れていない。近くを通る川沿いだ。てくてくと歩くこと10分くらいだろうか。僕の目に飛び込んできたのはーー
「わぁ」
 思わず声が漏れた。満開の桜だ。ここの神社には大きな桜がある。学校にも桜の木はあるけども、木の幹の太さが違う気がする。立派だ。
 ところで『春の妖精』とは一体なんだろう? それがわからなかったら、写真に撮れない。ここは聞き込みだ。僕は社務所にいるおばさんに声をかけた。
「すみません、ここの神社に『春の妖精』がいるって聞いたんですけど……」
 おばさんは一瞬変な顔をしたけれど、少し考えてから何かに気づいたようだ。
「ああ! それなら多分これのことね」
 おばさんは一枚の紙を取り出した。そして何かハンコを押して、僕に見せた。
「これ。御朱印に押すハンコなんだけど、蝶が妖精に見えるらしいのよね」
「写真に撮らせてもらっていいですか?」
「いいけど……春の妖精なら、紙じゃない場所にいるかもしれない。おばさんも今気づいちゃった」
「え? どこですか?」
「ははっ、桜の木のことよ。まるで春の妖精だと思わない? ハンコの蝶よりよっぽど『らしい』わ」
 それもそうだなと思った僕は、ハンコの蝶ではなく満開の桜の写真をカメラに収めた。

 帰宅すると、お母さんが僕に今日の依頼の結果を尋ねてきた。写真を見せると、嬉しそうな表情をしてみせた。
「これで仕事完了かな」
「で、依頼主は誰かわかってるの?」
「あっ」
 しまった。初めて依頼が来たことに浮かれていて、誰に報告すればいいのかわからない。依頼の差出人のヒントもない。これは困った。
 困っている僕を見ながら、依頼人の正体であるお母さんはにこやかな笑顔を浮かべていた。
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