トンネルを抜けると雪国
文字数 2,000文字
山間部で地下へ続く三百段の石段を下ったところにある駅。
駅員から切符を手渡しで買い、鋏を入れてもらった。
ホームで一緒に列車を待った。
「この辺では見ねえ顔だな」駅員は猫背で顔がモグラに似ていた。
「修学旅行列車に乗り遅れて、父の車でここまで送ってもらったんです」
「足の遅い各駅停車だから、トンネルの途中駅で追いつけると考えたんべ」
列車が到着すると、駅員までが乗り込んできた。
「無人駅になって大丈夫なんですか?」
「いつも最終列車で帰宅するんだあ」
車内を見て回ったが、学生は見当たらず、乗客は駅員と僕だけだった。
「みんな、どこいっちゃったんだ?」
「次の終点で、せがれに訊いてみんべえ」運転士は駅員と親子だそうで、そっくりだった。
トンネルを抜けると雪国だった。修学旅行列車は一本先を走っており、海岸沿いの終着駅まで行くそうだ。この列車はその駅までは行かないとのことだった。
「うちへ泊ると良いさね。なんも遠慮はいらねえ」駅員は不安そうな僕の肩を叩いて笑った。
家は藁ぶき屋根だった。駅員の妻は肌が透き通るように白く、白地の着物で雪女の風体だった。戸外で出迎えたときに吐く息は吹雪のようで、近寄ると凍えそうになった。
夕食鍋は囲炉裏の炎に炙られて煮えたぎっていた。
「猪肉だがね。野菜たっぷりだから食べてけれ」木製の椀に盛ってくれた。どんぶり飯の量は半端なかった。
その晩、客間で尿意をもよおして目が覚めた。便所へ行く途中に通りかかった台所には明りが灯っており、仕切りの曇りガラスに人影が映っていた。長い包丁を研いでいるようだ。
「おめえさん、戦士なんだろう」声が掛かって廊下で凍りついた。
「普通科の学生です」
「隠したって分かるさね。この剣を持って行きなされ」ガラス戸が開いて日本刀を差し出された。
おもての月明かりに見える山影の頂きに城があり、娘が幽閉されているのだという。
翌朝、金棒と鎖鎌で武装したモグラ親子と共に姫奪還に向かうこととなった。雪女はくノ一のコスプレに変わった。僕は学ランで腰に刀をさした。
山城にはダンとジョンという名の双子の鬼が棲んでいるのだそうだ。
山道を登った。先頭はモグラ親子、続いて僕、その後ろにくノ一。踏みしめるたびにザクッと沈む雪道を挟む木々の枝は、積もった雪でたわんでいた。
洋風な城がはっきり見えてきた。純和風な村ではラブホテルと見まがうかもしれない。
鬼はうる星やつらのラムちゃんのようなヒョウ柄で青地と赤地のビキニ姿だった。「助けてけれえ」と城のてっぺんの窓から叫ぶ姫はマツコ・デラックスのような大女だった。客観的にみて、こちらの方が悪者だと思うだろう。
「懲りずにまた来たのね」「返り討ちよ」ダンとジョンは野太い声のニューハーフだった。
一階の扉には「STAGE LEVEL1」と電光掲示され、城に入ると刀の柄に「SKILL0、POWER1、HELTH5」と青光る文字が浮かび出た。
城内は屋上までが吹き抜けとなっていた。二階へと続く階段の踊り場にいたダンに向けて、くノ一が手裏剣を投げる。ダンの正面に透明な衝立が出現して、そこに突き刺さった。モグラの息子が鎖を回して鎌を投げつけると衝立が砕け散った。
ダンが姿を消し、ジョンが二階の回廊の手摺から一階に飛び降りた。モグラの父親が金棒で殴りかかるとジョンが身をかわし、どこからともなく矢が飛んで来て、金棒で防いだ。ジョンが消えた。
ダンとジョンは武器を手にしてないが、城のそこかしこに仕掛けがあるようだった。
三人から行けというふうな合図があって、僕は恐る恐る二階まで上がった。
周りを確認して大丈夫と頷くと、三人も上がってきた。
三階までの階段をみんなで上がっていくと、古いエスカレータのようにカタカタ音をたてながら下り方向に動き出す。四人はそれに負けじとハアハア言いながら駆け上った。
四階への階段は建物の反対側にあったので、不気味なほど物静かな回廊をゆっくり進んだ。今度は回廊が逆方向に回り出した。
階段に向けてゼエゼエ言いながら必死に走り出した。後ろ側の床板が一枚づつ剥がれ落ち始めたからだ。
やっとの思いで最上階に辿り着いたときには階段までが崩れ落ちていた。
回廊の真ん中あたりに大きな扉があって「STAGE LEVEL5」と電光掲示されていた。扉の前に並んで立つと突然、槍数本が飛び出してきて、すんでのところで串刺しになるところだった。金棒で全て叩き折ってから扉を蹴破った。
姫は「ワーッ」と泣き叫ぶと、両腕を抑えていた二人の鬼を突き飛ばして、父母弟に抱きついて押しつぶした。
ダンとジョンは手をつないで周り始めた。起こった竜巻に向けて、僕はレベル数値が全て5になった刀を抜いて切り付けた。
鬼が消滅して城が雪の塊となって崩壊した。僕たちは落下したが、深く積もった雪がクッションとなって助かった。
(了)
駅員から切符を手渡しで買い、鋏を入れてもらった。
ホームで一緒に列車を待った。
「この辺では見ねえ顔だな」駅員は猫背で顔がモグラに似ていた。
「修学旅行列車に乗り遅れて、父の車でここまで送ってもらったんです」
「足の遅い各駅停車だから、トンネルの途中駅で追いつけると考えたんべ」
列車が到着すると、駅員までが乗り込んできた。
「無人駅になって大丈夫なんですか?」
「いつも最終列車で帰宅するんだあ」
車内を見て回ったが、学生は見当たらず、乗客は駅員と僕だけだった。
「みんな、どこいっちゃったんだ?」
「次の終点で、せがれに訊いてみんべえ」運転士は駅員と親子だそうで、そっくりだった。
トンネルを抜けると雪国だった。修学旅行列車は一本先を走っており、海岸沿いの終着駅まで行くそうだ。この列車はその駅までは行かないとのことだった。
「うちへ泊ると良いさね。なんも遠慮はいらねえ」駅員は不安そうな僕の肩を叩いて笑った。
家は藁ぶき屋根だった。駅員の妻は肌が透き通るように白く、白地の着物で雪女の風体だった。戸外で出迎えたときに吐く息は吹雪のようで、近寄ると凍えそうになった。
夕食鍋は囲炉裏の炎に炙られて煮えたぎっていた。
「猪肉だがね。野菜たっぷりだから食べてけれ」木製の椀に盛ってくれた。どんぶり飯の量は半端なかった。
その晩、客間で尿意をもよおして目が覚めた。便所へ行く途中に通りかかった台所には明りが灯っており、仕切りの曇りガラスに人影が映っていた。長い包丁を研いでいるようだ。
「おめえさん、戦士なんだろう」声が掛かって廊下で凍りついた。
「普通科の学生です」
「隠したって分かるさね。この剣を持って行きなされ」ガラス戸が開いて日本刀を差し出された。
おもての月明かりに見える山影の頂きに城があり、娘が幽閉されているのだという。
翌朝、金棒と鎖鎌で武装したモグラ親子と共に姫奪還に向かうこととなった。雪女はくノ一のコスプレに変わった。僕は学ランで腰に刀をさした。
山城にはダンとジョンという名の双子の鬼が棲んでいるのだそうだ。
山道を登った。先頭はモグラ親子、続いて僕、その後ろにくノ一。踏みしめるたびにザクッと沈む雪道を挟む木々の枝は、積もった雪でたわんでいた。
洋風な城がはっきり見えてきた。純和風な村ではラブホテルと見まがうかもしれない。
鬼はうる星やつらのラムちゃんのようなヒョウ柄で青地と赤地のビキニ姿だった。「助けてけれえ」と城のてっぺんの窓から叫ぶ姫はマツコ・デラックスのような大女だった。客観的にみて、こちらの方が悪者だと思うだろう。
「懲りずにまた来たのね」「返り討ちよ」ダンとジョンは野太い声のニューハーフだった。
一階の扉には「STAGE LEVEL1」と電光掲示され、城に入ると刀の柄に「SKILL0、POWER1、HELTH5」と青光る文字が浮かび出た。
城内は屋上までが吹き抜けとなっていた。二階へと続く階段の踊り場にいたダンに向けて、くノ一が手裏剣を投げる。ダンの正面に透明な衝立が出現して、そこに突き刺さった。モグラの息子が鎖を回して鎌を投げつけると衝立が砕け散った。
ダンが姿を消し、ジョンが二階の回廊の手摺から一階に飛び降りた。モグラの父親が金棒で殴りかかるとジョンが身をかわし、どこからともなく矢が飛んで来て、金棒で防いだ。ジョンが消えた。
ダンとジョンは武器を手にしてないが、城のそこかしこに仕掛けがあるようだった。
三人から行けというふうな合図があって、僕は恐る恐る二階まで上がった。
周りを確認して大丈夫と頷くと、三人も上がってきた。
三階までの階段をみんなで上がっていくと、古いエスカレータのようにカタカタ音をたてながら下り方向に動き出す。四人はそれに負けじとハアハア言いながら駆け上った。
四階への階段は建物の反対側にあったので、不気味なほど物静かな回廊をゆっくり進んだ。今度は回廊が逆方向に回り出した。
階段に向けてゼエゼエ言いながら必死に走り出した。後ろ側の床板が一枚づつ剥がれ落ち始めたからだ。
やっとの思いで最上階に辿り着いたときには階段までが崩れ落ちていた。
回廊の真ん中あたりに大きな扉があって「STAGE LEVEL5」と電光掲示されていた。扉の前に並んで立つと突然、槍数本が飛び出してきて、すんでのところで串刺しになるところだった。金棒で全て叩き折ってから扉を蹴破った。
姫は「ワーッ」と泣き叫ぶと、両腕を抑えていた二人の鬼を突き飛ばして、父母弟に抱きついて押しつぶした。
ダンとジョンは手をつないで周り始めた。起こった竜巻に向けて、僕はレベル数値が全て5になった刀を抜いて切り付けた。
鬼が消滅して城が雪の塊となって崩壊した。僕たちは落下したが、深く積もった雪がクッションとなって助かった。
(了)