虚と現のギャップ

文字数 1,993文字

 真夏の炎天下、俺はスマホを注視していた。
 今日はハマっているソーシャルゲーム『ビジネス・ライフ』でイベントガチャが開催される日だ。

 ビジネス・ライフは20代の間で話題になっているゲームだ。ゲームを楽しみながらビジネスに必要な知識を覚えられるため重宝されている。カッコいい男性キャラや、かわいい女性キャラも多く、イラストも凝っているため、普通のソーシャルゲームと大差はない。

 このゲームには上司キャラと部下キャラがいる。上司キャラはサポートとなり、プレイヤースキルを与えてくれる。部下キャラはメインに加わり、チームスキルを与えてくれる。クエストは企画立案から始まり、様々なミッションが与えられる。最終的に部長に対して、企画を通すことができればクエストクリアだ。

 本日開催されるガチャでは、俺好みの美人女性上司キャラ『中野 水樹(なかの みずき)』が登場する。金髪のロングヘアに、色っぽい泣きぼくろ、細いウエストに豊満な胸。イラストを見た瞬間、彼女に一目惚れをしてしまった。

 メンテナンスは12時に終わった。昼休みに入るや否や颯爽と外に出て、会社から少し離れた公園に行った。ベンチに腰をかけ、サンドウィッチ片手にスマホを持って今に至る。因みに、本日は午後に会社での本配属が決められる。三ヶ月の研修を終え、午前はこれからの予定について説明を受けていた。

 ビジネス・ライフのアプリを開く。メンテナンスは無事に完了しており、メインメニューの画面に遷移した。すぐにガチャのボタンを押し、お目当てのガチャの画面へと移る。画面には腕を組み、うっすら微笑む『中野 水樹』のイラストが大々的に表示されていた。何度見ても、惚れるイラストだ。

 最高レアが出る確率は1%。キャンペーン中のため彼女が当たる確率は2倍になっている。最高レアを引いた場合に彼女が当たる確率はおそらく5割くらいだろう。
 今日この日のためにゲーム内でゲットできるガチャチケット、石は全て手に入れた。

 10回連続ガチャのボタンを押して、ガチャを回す。画面を見つめるも最高レアが出る演出はなく終わった。スキップして次のガチャを回す。それから2回連続で10回連続ガチャを回すも最高レアが出ることはなかった。チケットも全て使ったが、結果は同じ。

「やはり、そう簡単には当たらないか」

 俺は手に持ったサンドウィッチを一気に食べると、石の購入ボタンを押して課金することにした。今までは無課金でやってきたのだが、社会人となったことだし、少しだけなら課金しても構わないだろう。10回連続ガチャが1度だけ引けるパックを購入する。

 再びガチャに戻ると、今度は有償10回連続ガチャを回すことにした。有償10回連続ガチャでは確定で最高レアが当たる。あとは中野 水樹を引くだけだ。初めての課金ガチャはやけに緊張する。額から流れる汗は暑さによるものか、はたまた緊張によるものか。

 最高レアの演出が出る。それも二つ。俺は眉を上げた。震える手を抑えながら一個目の最高レアが姿を現す。それは既存の男性キャラだった。思わず舌打ちをしてしまう。いや、まだ一つある。最後に出る最高レアの演出を見ながら「水樹来いっ!」と心の中で願う。

 結果は、所持している女性キャラだった。好きだけど、お前じゃない!

「仕方がない。ここまできたら出るまでやるしかないだろう」

 課金というのは恐ろしいものだ。一度購入してしまうと、次からはタガが外れたようにどんどん購入してしまう。ガチャを回しては購入し、回しては購入していく。しかし、一向に中野 水樹は当たらない。

「なんで当たらないんだ!」

 俺は悪態をつきながら、再び課金する。すると、購入ができないとの通知を受けた。どうやら、クレジットが上限ギリギリのようだ。仕方なくランクが二つ下のパックを購入する。引けるのは残り5回か。

 最後のガチャ。息を飲み、5回連続で回すを押した。
 最高レアの演出。俺は目を見開き、「水樹来い、水樹来いっ!」と切実に願う。
 示される最高レア。金髪ロングに美しい容貌。うっすら微笑む口元に色気のあるボイス。

「来たっーー!」
 
 ここが公共の場であるということを忘れ、俺は大きな声で叫んでしまった。

 ****

「ここが佐渡くんが務める部署で、彼が君の上司だ」

 昼休みが終わり、担当から配属場所に案内された。
 製造部・製造販売課。その部屋から一人の男が俺の前へとやってくる。
 スーツからでも分かる筋肉質な体。朗らかな笑みを浮かべる男性社員。

「今日から君の上司になる清住 流星(きよずみ りゅうせい)だ。ビシバシ鍛えてやるから覚悟してくれよ」

 見た目から察することはできたが、俺の上司は体育会系の男だった。
 ソーシャルゲームの上司は可憐で優しい美女なのに、現実は筋肉質で厳しい美男。
 虚と現のギャップに、俺は心の中で膝から崩れ落ちた。
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