第1話

文字数 941文字

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、通っている大学がオンライン授業になり、自宅に引き籠もりがちになっている。気が滅入ってしまい、とうとう精神科に通い始めた。精神科医からはうつ病と診断され、薬物療法で治療することになった。
 オーバードーズするつもりはなかったが、抗不安薬、抗うつ薬、睡眠薬、抗精神病薬、気分安定薬など、向精神薬を溜め込んだ。目の前にある薬は、合計すると数百錠はあるだろう。包装や薬剤の色がカラフルだし、エキセントリックだ。
 掛け時計を眺めた。現在の時刻は二十四時五十分だ。今日も「いのちの電話」に電話をかけたが、相変わらずつながらない。自殺したい人が多いのだろう。芸能界でも有名な女優が、クローゼットで首吊り自殺している。
『完全自殺マニュアル』(鶴見済 太田出版)も読了した。薬物で死ぬのは難しく、未遂に終わる可能性が高い。死にたいのなら、首を吊るのがベストだろう。遺書も書いており、覚悟は決めた。
 五百ミリリットルのミネラルウォーターのキャップを取る。包装シートに入っている薬を取り出した。薬剤を口に入れ、胃に流し込んでいく。スーパーマーケットで買い物をして、ビールやチューハイなどの酒類もある。一気に飲み干してしまおう。
 気分が悪い。嘔吐するかもしれない。とっさに携帯電話をつかみ、ボタンを押していた。電話をかけたのは高校時代の女友達で、イラストレーターの高山だった。絵を描いても飯を食えず、風俗で働いているという噂だ。彼女とは高校を卒業してから、一度も会っていない。電話帳の中から高山を選んだのは、彼女に好意を持っていたからかもしれない。
 呼び出し音が鳴り、高山が電話口に出た。声は明らかに訝しんでいる。夜中に親しくない男から電話がかかってきて、怒るのも無理もない。僕は意識が朦朧となり、パニックになっていた。彼女に何をしゃべったのかよく覚えていない。
「死にたかったら死んでもいいと思う。私も自殺未遂したこともあるし、生還した人間だけど、どっちみち人間いつか死ぬんだよ。だったら好きなことをやってから、死んだらいいんじゃないかな?」
 高山はこう言った後、電話を切った。彼女の言葉が胸に突き刺さったのかもしれない。明日の朝まで何も考えず、生き延びてみよう。(了)
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