8両目

文字数 771文字

発車間際。
一度閉まったドアが間を置かずに開き、再び閉まる。
その音が何度か繰り返されるのを不思議に思い、入口の方へ目をやると、初老の男が体の入る隙間の無いドアを外から手で押さえていた。
車掌は余程乗せたくないらしく、小刻みに開け閉めを繰り返す。
そのうち男の方が根負けしたのかドアは閉められ、電車が動き出した。
あれで苦情は入らないのだろうかと思ったが、周りが平然としているので気にするのは止めた。
その何日か後。
駅に着いたタイミングが悪く、発車間際ギリギリで車内に駆け込むと、真後ろでドアが決まる音がした。
間に合った安堵感とほんの少しのばつの悪さにその場から移動しようとしたが、手に提げた鞄が後方に引っ張られて動かない。
挟まれた。
思うと同時に先日の厳しい開け閉めが頭に甦る。
まさか自分が当事者になるとは。
取り敢えず、このまま引き抜けないかと振り返り、光景に息を飲む。
……荷物は、挟まれてはいなかった。
だが、動かせなかった。
数センチ開いたドアの隙間に生える様に挟まった皺の寄った両手首が、しっかりと鞄を掴んでいた。
目を疑い、爪が食い込む鞄を震えながら引くが、微動だにしない。
振り払おうとしても全く揺るがない。
途方にくれながら、思い出す。
確か、ホームには誰も居なかった。
居なかったから、駆け込んだ。
……じゃあ、これは。
自問する思考に鼓動が次第に大きくなる。
耳の中がその音だけになった時、ドアが勢い良く開かれた。
寒々しい灰色のコンクリートの上に屈んだ男が、鞄を掴んでいた。
グニャリと歪んだ顔についた、左右のバランスの崩れた大きすぎる目玉が、こちらを凝視していた。
不意を突かれたのか、一瞬緩んだ力に反射的に鞄を引きよせると同時にドアが閉まり、電車は動き出した。
鞄にはくっきりと刻まれた爪痕が残っていた。
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