恋のはなし

文字数 673文字

 あ、と予感があることがある。
 このひと、もうどんなにがんばったってあたしのこと好きにならない。
 すっと気持ちが冷める、なんてことになったら楽なんだけど、大概はそうなってくれない。ただ、ただあたしだけがずっとずっとずっとずっとずっと、大好きで。諦めるなんて殊勝なこともできない。
 少し先を歩いているあのひと。三年前に困ったようにごめんねって言ったひと。たった今すれ違ったひと。一年前に彼女と楽しそうに歩いていたひと。振り返りもしない、あたしに気づきもしないあのひとは、今もあの女と手を繋いでいる。
 どうしてあれがあたしじゃなかったんだろう。
 だってあたし、あなたの前ではかわいい女だった。完璧にかわいい素振りで、面倒でもなくて、やれることはたぶん、たぶん全部やっていた。
 それで、たぶんそれが全部裏目に出ていた。
「一緒にいると……疲れるんだ」
 問い詰めてようやく彼が教えてくれた別れの理由がそれだった。呆然として、何も言えないでいるうちに、だからごめんねと念押しのように言って彼は行ってしまった。
 あたしは好きなのに。ずっとずっと好きなのに。どういうところが好きかの話ひとつさえ聞いてくれないでいなくなったあのひとは、あたしよりずっとかわいくなくて、服もダサくて――穏やかに笑う女と歩いている。すれ違うひとりの通行人には目もくれないで、大事そうにその女を見つめている。
「あーあ」
 買ったばっかりの服が入っているショッパーを振り回す。うわ、と知らない誰かが眉を顰めたけどそんなの知らない。
「だいっきらい」
 あたしの中で、今日やっとこの恋が終わった。
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