あのねうんとさ

文字数 1,079文字

トモちゃん、今夜も眠れないの?
しんと静まり返った部屋の中で、トモちゃんは窓の外を眺めたまま動こうとしなかった。
ああ、大きなあくびしているくせに布団に入らないんだから。もぉ、ケータイ触っちゃダメだってこんな時間に。
ため息をつくあなたの横顔は悲しげで、今にも泣きだしそう。大丈夫?なにか私に出来ることない?
コンコン
ドアをノックする音がする。
「お姉ちゃん、寝ちゃった?」
妹のサトちゃんだ。トモちゃんはケータイをベッドに置くと、ドアを開けた。
「さとこ、どうしたの?」
トモちゃんはあくびするふりをして笑った。無理にだけど、精いっぱい笑っていた。
「あ、お姉ちゃん寝てたんだ!ごめんね起こしちゃって」
「ううん。大丈夫だよ。今、トイレに行こうと思ってたから」
やっぱりサトちゃんはトモちゃんの作り笑いに気付かないのね。仕方ないか。3年も離れていたんだから。
「あっちは夜静かだったから。こっちはなんかしら、ずっと音がしてるね。さすが都会だね。でもだいぶ慣れたよ。もうすぐ戻って1ヶ月だからね」
トモちゃんはまた笑った。心は泣いているのに、無理して笑った。
「しばらくはゆっくりしなよお姉ちゃん。前の職場のことなんて忘れてさ。じゃあお休み」
トモちゃんはドアが閉まりきるまで笑っていた。一生懸命笑っていた。

ドアが閉まった途端、トモちゃんは私の横に座り込んだ。
そして私をじっと見つめて言った。
「おばあちゃん、ごめんね。おばあちゃんがあんなに喜んでくれたのに、私、先生やめちゃった」
トモちゃんの目から大粒の涙がこぼれた。
いいんだよトモちゃん。無理しなくていいんだよ
「あんたはいいねえ。いつも楽しそうに笑ってて」
トモちゃんは私を見て、また言った。
私、いつも楽しいわけじゃないよ。トモちゃんがこの部屋から出て行って、ずっとひとりだったんだよ。この部屋で、あなたをずっと待ってたんだよ。
「不思議だな。あんたをみると安心する。この長い鼻のせいかなあ。」
トモちゃんは私の鼻をちょんと触った。
違うよトモちゃん。それは違う。私にだって気持ちがあるのよ。
がんばって。負けないでっていつも思ってるのよ。
だってあなたとおばあちゃんは私の恩人だから。あの日あの時私を見つけてくれたから、私はここに来ることが出来た。
イタリアの小さな店の窓辺でほこりをかぶっていた私を、あなたたちは見つけてくれた。
だから今度は私があなたを助けてあげたい。

「なんでかな。ただのピノキオの糸つり人形なのに、見ていると落ち着くんだよね」

トモちゃんは、私にくっついているヒモを引っ張った。
私は3年ぶんの想いをこめて、思いっきりジャンプした。

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