ニセの友達

文字数 1,903文字

私にはどうしても忘れたいような、忘れてはならないような友達が一人いるのです。今回はその事についてお話しします。

あれは小学4年生だった時のことです。
新学期に一人転校生が引っ越してきました。
名前をハヤトとすることにします。もちろん偽名です。

ハヤトは気の弱そうな奴でした。
雰囲気で何となく察するのですが、彼は他のクラスメイトと比べ発達が遅れているらしく、勉強も運動もできず、他の生徒とも会話がどうも噛み合いませんでした。
そしてとうとう教室で馴染むこともありませんでした。

ハヤトと交流を持つようになったのは新学期が始まってしばらくした頃です。いつものように友達とドッジボールをして遊んでいると、公園のベンチ近くにハヤトが母親に連れられて一緒に立っていました。

その方向にボールが飛んでいきそれを取りに行ったとき、母親に話しかけられ「一緒に遊んでくれないか」と頼まれました。
どうも人見知りであるため、なかなかその輪に入りたいと言い出せずにいたそうです。

私は快く受け入れ一緒にドッジボールをすることを提案しました。
しかしそこには彼に強くモノを言うような気の強い子が何人かおり、彼は輪に入ることに抵抗を感じているようでした。

ならば砂場に行こうと誘い、二人でしばらく遊びました。ハヤトの母親も途中までその遊びに参加して、当時の私は仲間の前で大人と一緒にいることに気恥ずかしさを覚えたのですが、それでも幼心ながら気を利かせ愛想笑いをしました。
いつの間にか同じ公園にいた友達らも、場所を変えてどこかに行ってしまいました。

母親曰く、彼は引っ越す前の学校でもずっと友達ができずにいたそうです。
ハヤトは心底楽しそうに私に笑いかけるのでした。

それからは何度も遊ぼう遊ぼうと誘われ、以前遊んでいた友達の誘いを断り、毎日のように彼と過ごしました。母親はとてもやさしそうな人で、私が彼と遊ぶことをとても喜び、顔を出してはよくお菓子を持ってきました。

担任も孤立している彼の唯一の友達である私を便利に扱い、事あるごとに私とハヤトは一緒にさせられるのでした。

遊ぶとき、彼は本当に楽しそうにしています。帰るときも、休み時間も、放課後も、ずっとずっとずっとずっと、彼と私は一緒にいました。

私はそんなハヤトが嫌いでした。
彼は前に遊んでいた友達のような「いけてる」子ではないように感じられて、一緒にいることがとても恥ずかしいことのようにも思えました。
理性では「仲良くしなきゃ」と考えるのですが、それでも彼への嫌悪感は膨らんでいきました。

そして、無理をして合わせていただけで、私は彼と遊んでいて楽しかったことなど一度もありませんでした。

しかし可哀想だという気持ちもあり、また彼が遊ぶときは本当に楽しそうするので、嫌悪感を感じながらも表には出さず、母親にも担任にもそしてハヤトにも愛想笑いをして楽しそうに振る舞うのでした。
彼と遊んだ後はどっと疲れました。

ある日、ハヤトの母親が車でどこかに連れて行ってくれるということで、私とハヤトとハヤトの母親の三人で大きな滑り台のある公園に行きました。
そして普段のように遊んでいると彼が何気なく言いました。

「俺たちって、親友だよね?」

その瞬間、ゾッと身震いをするような不快な感覚が背中を走ったのです。
一応、「うん」とだけ返しました。

その日からハヤトと過ごすことに耐えられなくなり、彼を避けるようになりました。
彼は何度も何度も私を誘いますが、何かと理由をつけて断り、気まずい気持ちになりながらも昔の友だちと遊ぶようになりました。

ハヤトは再び孤立し、彼は一人トボトボと下校をするのでした。
その後も多少話すことがありましたが、そのたびに少し気まずい雰囲気となり、もう遊びに誘われることもなくなりました。その後彼は一年で何処かに転校していきました。

小学5年、6年と過ごした後、近場の公立中学校に入り私は中学二年生になっていました。
彼のことをあまり思い出すこともなく部活に入り学校生活を過ごしていると、ある日ハヤトの母親が家を訪ねてきたのです。

ハヤトが亡くなったということでした。彼はもともと病弱であったそうです。そして泣きながら私に言うのです。「君と遊んでいるとき、ハヤトは見たこともないくらい楽しそうだった。」「ハヤトと一緒に遊んでくれて本当にありがとう。」と。

罪悪感を感じ、彼女の感謝を素直に受け取ることができませんでした。
ハヤトの人生で最も幸福な思い出は、私と遊んだあの日々なのでしょう。
たとえ人生で唯一の友達が、周囲の親切により作られた、ニセの友達であったとしても。

今でも、あの時無邪気に笑っていた顔が頭から離れないのです。
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