第1話
文字数 1,991文字
「ただいま……」
誰もいないアパートへ帰り着いた。
電気をつけ荷物を置きベッドとテーブルの間に腰を下ろした俺はすぐに煙草に火をつけた。
「ふう」
煙草を吸うようになったのはオヤジの影響だ。
大好きだったオヤジ。
小さい頃から本当にうまそうに煙草を吸っているオヤジを見てきた。
今じゃ俺も煙草が手離せないでいる。
空港には喫煙所があるからいいものの、空港までの長い道のりの分我慢した煙草の味が体中に染み渡る。
俺はワンルームの部屋に大量の煙を吐き出した。
「ん?」
吐き出した煙の隙間から目に入る観葉植物。
オヤジが突然プレゼントしてくれたものだ。
先週葬儀を終えたばかりのオヤジが。
『おいオヤジ。なんだよこれ。変なもの送ってくるなよな』
『おう、ちゃんと届いたか。母さんとたまたま見つけてな。幸福の木っていわれてるそうだぞ』
『幸福の木? オヤジ大丈夫か? なんか騙されてるとかじゃないよな?』
『はははっ。そう呼ばれてる木らしい。まあアレだ。男ひとりのむさ苦しい部屋に観葉植物でもあればちょっとはマシだろう』
『マシって……どうするんだよこんなもの』
『どうするもこうするも、お前が育ててあげるしかないぞ。ネットで調べりゃすぐわかるだろ』
『そうだけど……』
あれからこいつと一緒に暮らすこと二年。
たまに水をやってたまに日光浴させているだけだが二年もよく元気で頑張ってくれている。
そんなこいつの様子がおかしいことに気付いた俺は煙草を消し煙をかき分け木に近付いた。
葉が何枚か黄色くなっている。
急な訃報で十日ほど家をあけたからなのか。
こいつもオヤジの死を哀しんでいるのか。
「どうしたんだよ」
オヤジに貰った唯一のもの。
この木を枯らすわけにはいかない。
俺は妙な使命感にかられながらネットで検索した。
そこに書いてある通り枯れた葉がついた枝を切り落とした。
あとは明日、こいつをもう少し大きな鉢に植え替えてやればいいだろう。
翌朝俺は早速買い物に出かけた。
大学を出て就職したものの会社に馴染めなかった。
悩んで悩んで結局俺は半年で会社を辞めてしまった。
就職したら三年は辞めるなとか言われているが俺には耐えられなかった。
そもそもどうしてもその会社で働きたかったわけでもない。
本命の会社に落ちた時点で何もかもがどうでもよくなっていた。
何もやる気が出ない上にこの先の不安が重くのしかかりどうしようかと思っていた時のオヤジの訃報だった。
実家に帰り動かなくなったオヤジに俺は何もかもぶちまけた。
俺は何か間違っていたか?
俺はこれからどうすればいい?
オヤジ、何とか言ってくれ。
なあどうして何も言ってくれないんだよ。
小さい頃はよく言ってたじゃないか。
お前の好きにしろって。
お前が思うようにしろって。
それでも迷ったら俺が何とかしてやるって。
なあ何か言ってくれよオヤジ。
そうやってお通夜の時に俺はオヤジの前でひとり、涙を流した。
俺は買ってきた新しい鉢に幸福の木を植え替えていた。
「ん?」
古い鉢の底の方に何やら白いものが見えた。
「なんだよこれ」
長方形の厚みのあるビニール袋だった。
おそるおそるそのビニールを開けてみた。
外側は土で汚れていたが中は綺麗だった。
出てきたのはジッパー付きのポーチ。
ポーチを開けた俺は思わず息をのんだ。
俺の名前が書いてある通帳だった。
そして何やら封筒が。
封筒を開け中身を見た俺の目からは涙が溢れだした。
それはオヤジからの手紙だった。
『お前が産まれた時から貯めていたものだ。何かあった時にでも使え。いつも言ってたようにお前の好きに生きろ。やりたいことがあったらそれに向かってまっすぐ進めばいいだけだ。迷ったり悩んだりしたら違う道を探せばいい。探せば必ず見つかる。だから自分を信じろよ。ああわかってる。こんな所に隠すなって言いたいんだろ。お前がこの木を大事に育ててくれると信じているからな。必ず見つけてくれるとな。気付かなかったらどうしてたんだよって怒って電話してくるお前の顔が目に浮かぶよ。ハハハ』
「……マジで……気付かなかったらどうすんだよオヤジ!」
俺は涙をぬぐいながらそう叫んでいた。
同時にオヤジに心から感謝していた。
オヤジから貰ったもの、オヤジが俺にくれたものはこの幸福の木だけじゃなかった。
俺という人間の命をくれた。
俺という人間を育ててくれた。
俺という人間を信じていつも見守ってくれていた。
俺はオヤジからたくさんの愛を貰ってきたじゃないか。
両手で抱えきれないほどの愛を。
「オヤジ……ありがとう」
俺の中で何かが変わった気がした。
この木を通してオヤジに自分を信じて頑張ってみろと言われているような気がした。
「ありがとう……」
俺は泣きながら何度も何度もオヤジの木に向かってそう呟いた。
完
誰もいないアパートへ帰り着いた。
電気をつけ荷物を置きベッドとテーブルの間に腰を下ろした俺はすぐに煙草に火をつけた。
「ふう」
煙草を吸うようになったのはオヤジの影響だ。
大好きだったオヤジ。
小さい頃から本当にうまそうに煙草を吸っているオヤジを見てきた。
今じゃ俺も煙草が手離せないでいる。
空港には喫煙所があるからいいものの、空港までの長い道のりの分我慢した煙草の味が体中に染み渡る。
俺はワンルームの部屋に大量の煙を吐き出した。
「ん?」
吐き出した煙の隙間から目に入る観葉植物。
オヤジが突然プレゼントしてくれたものだ。
先週葬儀を終えたばかりのオヤジが。
『おいオヤジ。なんだよこれ。変なもの送ってくるなよな』
『おう、ちゃんと届いたか。母さんとたまたま見つけてな。幸福の木っていわれてるそうだぞ』
『幸福の木? オヤジ大丈夫か? なんか騙されてるとかじゃないよな?』
『はははっ。そう呼ばれてる木らしい。まあアレだ。男ひとりのむさ苦しい部屋に観葉植物でもあればちょっとはマシだろう』
『マシって……どうするんだよこんなもの』
『どうするもこうするも、お前が育ててあげるしかないぞ。ネットで調べりゃすぐわかるだろ』
『そうだけど……』
あれからこいつと一緒に暮らすこと二年。
たまに水をやってたまに日光浴させているだけだが二年もよく元気で頑張ってくれている。
そんなこいつの様子がおかしいことに気付いた俺は煙草を消し煙をかき分け木に近付いた。
葉が何枚か黄色くなっている。
急な訃報で十日ほど家をあけたからなのか。
こいつもオヤジの死を哀しんでいるのか。
「どうしたんだよ」
オヤジに貰った唯一のもの。
この木を枯らすわけにはいかない。
俺は妙な使命感にかられながらネットで検索した。
そこに書いてある通り枯れた葉がついた枝を切り落とした。
あとは明日、こいつをもう少し大きな鉢に植え替えてやればいいだろう。
翌朝俺は早速買い物に出かけた。
大学を出て就職したものの会社に馴染めなかった。
悩んで悩んで結局俺は半年で会社を辞めてしまった。
就職したら三年は辞めるなとか言われているが俺には耐えられなかった。
そもそもどうしてもその会社で働きたかったわけでもない。
本命の会社に落ちた時点で何もかもがどうでもよくなっていた。
何もやる気が出ない上にこの先の不安が重くのしかかりどうしようかと思っていた時のオヤジの訃報だった。
実家に帰り動かなくなったオヤジに俺は何もかもぶちまけた。
俺は何か間違っていたか?
俺はこれからどうすればいい?
オヤジ、何とか言ってくれ。
なあどうして何も言ってくれないんだよ。
小さい頃はよく言ってたじゃないか。
お前の好きにしろって。
お前が思うようにしろって。
それでも迷ったら俺が何とかしてやるって。
なあ何か言ってくれよオヤジ。
そうやってお通夜の時に俺はオヤジの前でひとり、涙を流した。
俺は買ってきた新しい鉢に幸福の木を植え替えていた。
「ん?」
古い鉢の底の方に何やら白いものが見えた。
「なんだよこれ」
長方形の厚みのあるビニール袋だった。
おそるおそるそのビニールを開けてみた。
外側は土で汚れていたが中は綺麗だった。
出てきたのはジッパー付きのポーチ。
ポーチを開けた俺は思わず息をのんだ。
俺の名前が書いてある通帳だった。
そして何やら封筒が。
封筒を開け中身を見た俺の目からは涙が溢れだした。
それはオヤジからの手紙だった。
『お前が産まれた時から貯めていたものだ。何かあった時にでも使え。いつも言ってたようにお前の好きに生きろ。やりたいことがあったらそれに向かってまっすぐ進めばいいだけだ。迷ったり悩んだりしたら違う道を探せばいい。探せば必ず見つかる。だから自分を信じろよ。ああわかってる。こんな所に隠すなって言いたいんだろ。お前がこの木を大事に育ててくれると信じているからな。必ず見つけてくれるとな。気付かなかったらどうしてたんだよって怒って電話してくるお前の顔が目に浮かぶよ。ハハハ』
「……マジで……気付かなかったらどうすんだよオヤジ!」
俺は涙をぬぐいながらそう叫んでいた。
同時にオヤジに心から感謝していた。
オヤジから貰ったもの、オヤジが俺にくれたものはこの幸福の木だけじゃなかった。
俺という人間の命をくれた。
俺という人間を育ててくれた。
俺という人間を信じていつも見守ってくれていた。
俺はオヤジからたくさんの愛を貰ってきたじゃないか。
両手で抱えきれないほどの愛を。
「オヤジ……ありがとう」
俺の中で何かが変わった気がした。
この木を通してオヤジに自分を信じて頑張ってみろと言われているような気がした。
「ありがとう……」
俺は泣きながら何度も何度もオヤジの木に向かってそう呟いた。
完