私だけのトンネル
文字数 2,000文字
私は相当執念 深い人間らしい。高校からの下校時、思わず途中下車 をして馴染 みのない駅の改札を出た時に、気が付いた。それが悪い事だとは思わないし、今さら引き返すつもりもない。私は見つけたいだけなんだ。私だけのトンネルを。駅の東口にある周辺案内図を眺 めたあと、澄 み切った五月の空の下を歩きだした。
今から1ヶ月ほど前、高校2年に進級したばかりの頃、同じクラスになった川辺 智帆 から句会 に誘われた。新しく同じクラスになった女子全員で集まって、仲良くなるのが目的というのだけど、なぜに句会? 仲良くなるのが目的なら、菓子パとかカラオケとか、ほかにも色々あるじゃないの。何より文学的センスが皆無 の私が、まともな俳句を作れるわけがない。いくら仲良くなるためでも、参加したくなかった。けれど、クラスの女子全員が参加するという話なので、もしも参加しなければ、クラスで孤立 しちゃう恐 れがある。ただでさえ、私は自分の世界に入り込んでしまいやすく、ズレた反応ばかりするせいで浮 き気味の人間だと自覚している。新しいクラスになって、早々に孤立しちゃうのはまずい。嫌々 ながら、私は句会に参加する事にした。
四月半ばのある日の放課後、教室で句会が行われた。結局参加したのは発起人 の川辺智帆と、頼まれたらイヤと言えなさそうな大人しい女子と私の3人だけ。全員というのは大ウソで、誘われた女子のほとんどが体 よく断っていたらしい。私も断ればよかった、と後悔した。
句会では、あらかじめ「春」をテーマにした俳句を3句用意してくる事になっていた。けれど、私はたった1句しか作れなかった。頭をひねりにひねってなんとか作り出した、唯一の1句を恐 る恐 る披露 してみた。
『振り向けば 桜のトンネル 灰になり』
我ながら、しょうもない俳句だと思う。けれど、私にはこれが精一杯。努力だけでも認めて、勘弁 してほしい……なんて思ってたら、川辺智帆から容赦 のないダメ出しの嵐。二句めが字余 りだの、灰という語句のせいで春の風情 が感じられないだの。とどめの一撃 と言わんばかりに、「最悪なのが『桜のトンネル』なんて陳腐 でありふれた表現を使ってる所。凡句 中の凡句と言えるわね」とこき下ろされた。もう一人の女子も、同じようにダメ出しをされまくって涙目になっていた。おいおい、仲良くなるための句会じゃなかったの?
結局、句会は川辺智帆の独壇場 となり、彼女のそれなりによくできているように見える俳句の披露とそれらに対する熱い解説に終始 した。そろそろお開きという頃になって、彼女は俳句の素晴らしさを説 きながら、文芸部への入部を勧 めてきた。そこで、鈍 い私もようやく気が付いた。仲良くなるためというのは口実 で、本当は句会を利用して自身が所属する文芸部にクラスメートを勧誘したかったのだ。やり口がまさに悪徳商法のそれっぽい。「文芸部に入って、一緒に俳句甲子園を目指そう!」と誘われて、私は笑顔でお断りした。
句会の日の翌日以降もたびたび川辺智帆から勧誘されたけれど、無論 、お断り。詐欺 みたいなやり口にはもちろんの事、ヘタクソながらに一生懸命作った俳句をこき下ろされた事にすごく腹を立てていた。我ながら、しょうもない俳句ではあったけれど、思いはこもっていたのだ。あの俳句は、桜のトンネルをくぐって華々 しく高校に入学したものの、輝 かしい青春とは程遠 い灰色の毎日を過ごしている私自身の事だ。また、別に親しくはなかったけれど、1年の途中から不登校になってしまった同級生の事でもある。そういう思いを汲 み取る事もせずに、「凡句中の凡句」とまで言われた事が無性 に腹立 たしい。文芸部になんて絶対に入ってやるもんか。
句会の日から1ヶ月ほど経ち、勧誘される事がなくなっても、私の怒 りはおさまっていなかった。『桜のトンネル』が陳腐でありふれた表現だとこき下ろされた事にずっと腹が立ったままだ。まるで、その表現を使った私自身こそが……。
なんて、高校生活において熱心に打ち込んでいるものが何もないから、いつまでもしつこく根 に持ち続けるんだろう。こういう所がまさに灰色の日々を送る人間の特性なのかも。そういう意味じゃ、川辺智帆の方がよっぽど色鮮 やかな日々を送っているのかもしれない。けれど、私にだって私だけの思いと人生がある。陳腐だなんてこき下ろされたままじゃいられない。『桜のトンネル』というのは比喩 だから、トンネルと似た形ならば、ほかにも色々な物が同じように表現できるはず。例えば、『コロネパンのトンネル』とか『恐竜 のあばら骨のトンネル』とか。比喩だけじゃなく、言葉の組み合わせ次第じゃ、ありえないようなトンネルだって生み出せるはず。
私は思わず途中下車して降り立った街で知らない景色にふれて、陳腐でありふれた表現ではない私だけのトンネルを見つけようと思った。見返してやるためとかじゃなく、私自身のために。
今から1ヶ月ほど前、高校2年に進級したばかりの頃、同じクラスになった
四月半ばのある日の放課後、教室で句会が行われた。結局参加したのは
句会では、あらかじめ「春」をテーマにした俳句を3句用意してくる事になっていた。けれど、私はたった1句しか作れなかった。頭をひねりにひねってなんとか作り出した、唯一の1句を
『振り向けば 桜のトンネル 灰になり』
我ながら、しょうもない俳句だと思う。けれど、私にはこれが精一杯。努力だけでも認めて、
結局、句会は川辺智帆の
句会の日の翌日以降もたびたび川辺智帆から勧誘されたけれど、
句会の日から1ヶ月ほど経ち、勧誘される事がなくなっても、私の
なんて、高校生活において熱心に打ち込んでいるものが何もないから、いつまでもしつこく
私は思わず途中下車して降り立った街で知らない景色にふれて、陳腐でありふれた表現ではない私だけのトンネルを見つけようと思った。見返してやるためとかじゃなく、私自身のために。
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