第5話 巳之吉の婚活

文字数 2,059文字

 道理で着物が似合うわけだ。着物のモデルだから髪も染めずに黒髪で、パーマもかけず直毛で、襟足も形良く整えているわけだ。()()(きち)はすっかり合点がいった。富士額も柳眉もなで肩も、着物のモデルになるために天から与えられた賜物なのだ、と。
 一歩下がった巳之吉は、うんうんと頷くようにして改めてカナの着物姿を見る。雪女のような謎の女カナが着物のモデルだとわかり、なんだかすっかりリラックスして尋ねてみた。

「この帯は博多帯ですね?」
「はい。博多献上帯です」
(とっ)()柄ですね」
「ええ、そうです。裏地がないから、以前はどちらが表なのかもわからなかったんですけど」
(エックス)に見える方が裏ですね」
「そうです。(エックス)が表なのか裏なのか、ずいぶん悩みました。だってどっちも綺麗だから! うふふ」

 かわゆい! 惚れ直す巳之吉。 

「巳之吉さんは木こりとして、木を切って暮らしてらっしゃるの?」
「いえ。もう木を切ることはほとんどありません。今はほぼ隠居のような暮らしで、庭で自分が食べる分の野菜や雑穀や果物を育てて自給自足の暮らしをしています」
「あら、そんなにお若いのにもうご隠居?」
「私はこれまで、主に雪乞の術で雪を降らせる雪乞人として生計を立ててきました」
「雪乞人でいらしたの」
「はい。父方の先祖が代々雪乞人でした」
「では、お母さまが木こりのお嬢さん?」
「はい。雪乞人の父が青梅の木こりの娘と出会って婿入りし、私が生まれました」
「それでお父さまは婿入り先で、木こりと雪乞人の仕事を両立させてらっしゃったと」
「そうです。木こりの娘に惚れて婿入りしたわけですから、木こりの仕事も継ぎました。同時に自分の先祖から受け継いだ雪乞人の仕事も続け、息子である私に術を教えてくれました」
「今度は巳之吉さんが息子さんに雪乞の術を教えるわけですね」
「残念ですが、私には息子がおりません。まだ独身でして」
「独身で隠居してしまっては、お嫁さんもみつかりにくいんじゃありません?」
「そうですね。私は子供の頃から『雪女』の物語が好きだったんです。それで『自分の先祖の巳之吉のように、雪女のお雪のような女性と所帯を持ちたい』とずっと思っていました」
「お雪のような女性を妻にして、子供に雪乞の術を教えたいと?」
「はい。雪乞の術は一子相伝の術ですから、跡継ぎがいなくては私が最後の雪乞人になってしまいます」
「それは大変ですね。一度絶えてしまったら、復活させることはほぼ不可能でしょうし」
「よくわかってらっしゃる……! ときに、カナさんは独身ですか?」
「はい。離婚したので、今は独身です」
「離婚……。それはまたずいぶんお若い頃に結婚されたんですね」
「ええ。ほんの小娘だった私は悪い男に騙されて結婚してしまい、昼も夜も働かされて全財産を食い潰された上に浮気され、毎日『離婚だ、離婚だ』と脅されて離婚しました」
「その一言だけで、地獄のような結婚生活だった事が理解できます。ずいぶん苦労をしましたね」
「はい。生き地獄を味わいました」
「今は、幸せですか?」
「地獄の日々に比べれば、幸せと言えるかもしれません」
「もう結婚はこりごりですか?」
「いいえ。別れた夫はもうこりごりですが、男性不信になったわけではありませんし、独身主義でもございません」
「私とカナさんとではかなり年の差があると思いますが、私のような男は結婚の対象にはなりませんか?」
「年の差は気になりません。巳之吉さんは若々しくて清潔感があって素敵な方だと思いますわ」
「ありがとうございます。食べる物に贅沢をしないので、中年太りとは無縁です。清潔は常に心がけております」
「素晴しい心がけですね」
「生まれたときからずっと質素・倹約・清潔を心がけ、質実剛健を信条として暮らしてきました」
「素晴しい」
「私の価値観を認めてくださるのですか?」
「認めるなんてレベルではなく、『素晴らしい』と賞賛します」
「ありがとうございます。生きてきた甲斐がありました」
「巳之吉さんが質素・倹約・清潔なのに対し、別れた夫は虚飾・浪費・不潔な人でした。そして巳之吉さんの信条「質実剛健」とは正反対でした。中身が空っぽの見栄っぱりで、小心者の口だけ番長で、負けを認めず勝ち誇るという不健全な精神の持ち主で……。私はそんな夫に軽蔑の念を禁じ得ませんでした。ですから夫とは正反対の生き方をなさっている巳之吉さんは、素晴らしいと思います」
「では結婚を前提に、私と正式に交際をしてください」
「巳之吉さんは、子供を望んでらっしゃるのでしょう?」
「はい。跡継ぎがいなくては私が最後の雪乞人になってしまいますから」
「私、子供はほしくありませんの」
『!』

 巳之吉は衝撃を受けた。

「自分が子供を生むことに抵抗がございまして」
「そうでしたか……」
「ですから、私は巳之吉さんの妻にはふさわしくありません」
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