第1話

文字数 1,015文字

 祖母はベッドに横たわっている。まだ66歳だが脳腫瘍で既に昏睡状態だ。
 今日は私が夜の当番、祖母の手を握り、逝かないでと願う。しかし、部活の疲れからか、だんだんと意識が薄れていった…。
 
 気が付くと私は、知らない場所に寝ていた。ここは…、いや、知っている、夏休みに何回か行った…祖母の実家だ。
 しかし、家具や服は相当昔のデザインになっている。いったい何が…。
 訳が分からないまま洗面所に行き鏡を覗く。そこには、確かに似ているが私ではない顔が映っていた。誰の顔?もしかして、祖母の若い時の顔…。
 茶の間から祖母の名を呼んでいる声が聞こえる。私は慌てて茶の間に行くと、祖母の家族と思しき人達の間に遠慮がちに座った。どうやら皆、私を祖母と認識しているみたいだ。 
 家族達はTVに釘付けになっていた。そのTVからは、荒れた画像と共に英語が聞こえていた。
 そのまま画面を見ていると、宇宙と4本足の機械、どこかの地面らしきものが映った。
 いったい…、私は何げなく周りを見た。柱の日めくりカレンダーは昭和44年7月21日…。

 祖母の意識がまだあった1週間程前、苦しげな息の下で、私があなたの歳の頃にアポロ11号が月に行ったの、TV中継してね…、人が月に行く…、なんて凄いんだろうって感動したの、と話したのを思い出した。
 祖母は当時では珍しく女だてらに理系で、機械が得意だった。アポロの感動が祖母を理系に導いたのかもしれない。
 もしかしてこれはその時の、祖母の感動の思い出が、今、私と同調しているのか…。

 いったい何時間TVを見ていたのだろうか、時計を見ると11時半をとっくに回っている。私は隣にいる祖母の兄であろう人にいつまでTVを見るのかと聞いた。
 祖母の兄は、月に人が行っているんだぞ、全部見たいだろ?と逆に聞いてきた。
 やっぱりアポロ11号だ…、私も食い入るように荒れた画面を見た、もうすぐ12時…。
 その時4つ脚の機械から人らしき姿が見えた。そして…人類初の『月への一歩』…。
 TVの中で、踊るように歩く人を見ながら、私はまた意識が薄れた…。

 気が付くと、私は祖母の手を握ったままベッドに突っ伏していた。祖母の呼吸は安定しているようだ。
 私はカーテンをそっと開けた。窓から差し込む満月の光が祖母の顔を照らす。月明かりの中の祖母は、少し笑っているように見えた。
 それから3日後、祖母は眠るように逝った。きっと、月からお迎えが来たのだろう。
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