『ドレイ』

文字数 1,129文字

ある魚のようとれる小川に、これまたちんまりとした食い処があったのだ。
そこに五人の男たちがやってきた。
彼らは店主が席に案内しようとするも無視し、勝手に席について、そこは他のお得意さんの席だからと言うも無視し、うどんと漬物を注文してきた。
五人とも同じもんを頼んできたものだから、ここは早く提供して早くお帰り頂こうと店主は店の奥へと下がっていった。
さごべえは席に座りなおした拍子に自分の服を少し破いてしまった。それを向かいに座ったごんぞうがチラリと見、やれやれといった様子で自分の持ってきた荷物の方をみた。
さごべえは申し訳なさそうに頭を搔いて、ふとここに来るまでの途中であった事を思い出しそれを話すことにした。
「んだ、そういえば、ここに来る前にドレイってのにあった」
「そんなん何処にでもおる」
「そうじゃなくて、どっかから逃げてきたとかでもなくて、そいつはドレイっていうんだって、自分で言ってた」
ごんぞうは頓智か何か言ってんのかと、さごべえを睨んだ。
「そう言う奴は何処にでもおる」
「でも、見たところは奴隷って感じではなくて、お前みたいなどれいがいるか、って言ったらそれが自分の名前なんだとケタケタ笑ってた」
「奴隷なのに笑える奴がおるか」
「でもそいつは笑っておったんだ、なにが痛快かってくらい」
そこへ店主が湯気がたったうどんを二杯ずつ持ってきてさごべえ達の前に置いた。
さごべえが自分のうどんの杯を覗き込んでいると、ごんぞうは他の席に座った三人に断ることもなく、音を立ててうどんを大きく口に入れた。
他の三人のところへもすぐにうどんの杯が運ばれて、自分の前に置かれた者からすぐうどんを食べ始めた。
しばらく、五人は無言でうどんにがっつき、空気にあっされた店主は奥へと戻っていった。
やがて初めに食べ始めたごんぞうが空になった漬物の皿を置いた。
次に食べ終わった者が空になったうどんの杯をごんぞうの置いた杯にくっつくように置き、他の三人も同じように杯を置いた。
四人が代金を机に置いたときに、さごべえは自分の持ち合わせが足りないことに気がついた。
自分の懐を意味もなく探っていると、ごんぞうが横からもう一人分の代金を置いた。
五人はご馳走様の一言も喋ることなく、そろぞろと食い処の外へと出ていった。
奥から店主がひょっこりと顔を出して、綺麗に平らげられた杯を見ながら物思いに耽っていると、食い処の暖簾をあげて男が三人入ってきた。
「あっ旦那、へぇ、へぇ、今片づけますんで」
店主が空になった杯を片す前に、小奇麗な服を着た男が席に座り、続いて二人も席に座った。
杯を片付け、店主は三人の前に薄い茶を置いた。
「いつもの」
店主はへぇ、と返事を返し、店の奥へと戻っていき、またうどんを作る準備を始めた。
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