第1話 闇の勧誘

文字数 3,600文字

 霧雨に煙る、ここは下界……

 ビル街に(ひし)めく色採りどりの傘。雨に濡れることを惜しまない青い目の青年。
 交差点では踊る様に車を誘導するポリス。自由の女神が微笑むのはさて、いつまでだか。

 俺はモナーク・レイブン。魔界でもちょっと名の知れた逸れ魔族。単独行動をモットーに、縦横無尽に飛び回る魔界の使者。
 皆"ブラック・レイン"と呼ぶ。

 魔界にもそれなりに割り当てられた仕事、任務と言うものがある。
 役割りは階級によって様々だが、俺の担当は人間の勧誘。下界へ降り立ち、黒い心を持つ者の確保。
 腐り切った心を持つ人間は、下界も困り果てた存在になっていると聞く。そう、リサイクル活用法。
 魔界を安定させるにあたり、人員確保もある意味必須。つまり、ギブアンドテイクだ。
 
 下界にとっても悪は滅びの対象。それらを無償で引受けるのだから、文句など有って無いも同然。
 罪人が消えようが死のうが我関せずだの役人ども。人間も結構シビア。
 下界にもそれ也に悪は蔓延ると言う事だ。人間の間でも流行ってるんだろ? リサイクル。

 
 では、先ず手慣れた人員選抜からだ。この大国なら候補者を見つけるのも容易い。
 顔の良し悪しも判断基準のひとつだ。魔族は貧相で不恰好では評判も落ちる。
 魔界もそれなりに工夫と苦労は付きものという事だ。なので"面倒くさい"が俺の口癖になったのは言うまでもない。

 これは丁度いい。前から体格のいい男と、クチャクチャとガムを噛む男のギャング系2人組を発見。
 外見は最悪。こんな物かと、男達の側へ近寄り品定を開始。

《サーチモード》

 俺は魔眼で男達の全身をスキャン。これまでの生き様を読み取る。
 なるほど、正に極悪非道の数々。悪業を当たり前の事として人生を送って来たようだ。
 
 身体に異変を感じた男達の足が止まる。

「うわ、何か悪寒が……ブルッ!」
 
「ヒェッ、俺も。……ゲッ!鳥肌が……」

 案ずるな、ただのテイスティング。何事にも手順と言うものがある。先ずはシチュエーションから。

 俺は自ら男達にぶつかる。何とも定番な手法だが、これが一番手っ取り早い。

「ドンッ!」

「アッ、コレは失礼」

「よう、兄ちゃん。ブツかっといてそれだけか?」

「ヘヘッ。ビューイングか、それともミサか? モーニングなんか着てよ。ちょっと俺達に付き合いなよ。な〜に、すぐそこまでさ。ケへへへッ」

 案の定、喰らい付いてきた。低級な輩は意外と素直で有難い。
 俺も素直に男達に両脇を掴まれ、近くの公園へと連れ込まれた。バンっと俺を突き飛ばす。

「オレ達に当たったのが運の尽きだ。有り金ぜんぶ置いてサッサと消えな」

「お金? 持ち合わせていないが、確かめるか?」

「チッ! 面倒くせぇなあ。ならよ、その高級そうなモーニングを脱いで貰おうか。おらサッサとしろよ! 痛てぇ目に合いてえのか!」

「参ったなぁ。この服は特注でね、ソコらのものとは違うんだよ。それよりだ、キミ達にお似合いの世界へお連れしたいんだが、どうかな?」

「はっ? 逃げようったってそうはイカねぇ。おいコラッ! マジでぶっ飛ばすぞ!」

「ハァァ。勧誘失敗。仕方ないか……」

「ムカつく野郎だ! 思い知らせてやるっ!」

 男が拳をかざし殴り掛かってきた。俺は尽かさず相棒を呼ぶ。手にスッと現れたステッキを使い、相手の拳を払い退けると同時に、俺は魔界への扉を召喚する。

「魔境ゲート『シムティエール』」
  
 頭上に現れた大きな扉。翼の模様が彫られた俺専用の魔界墓地。
 その扉をステッキでコンコンッと叩く。やがて扉が開き、白い霧が立ち込め俺達を包む。

「さあ、今こそ死に物狂いで足掻(あが)いて見せろ。(おご)った人生は終わりだ。"黒い悪夢"を味わえ」
 
「《ナイトメア》」
 
 魔文を唱えると、男達の頭上に灰色の雲が湧き上がる。そこからポツポツと黒雨が降り注ぎ、黒く染まりゆく男達。悪夢という黒い雨に狂気する。

「人間よ、さらば。《ブラック・レイン》」

「オ、オイッ、なんだよコレ気持ち悪りぃ……アッ!痛え、痛えー! ギャーアアアッ!」

 黒く濡れた男達の身体がゴムの様にボコボコと弾け、次第に邪悪な魔物へと変貌(へんぼう)する。

「…………グヘェ、グッ……ガル……ガルル……」

 魔物と化した男達は、魔界の扉に吸い込まれ姿を消した。
 
「"デッドエンド"魔界で楽しい労働が待ってる。その哀れな姿で気張れよ。ククッ」

 合図と共に魔界の扉は閉じられた。霧は晴れ、何事も無かったかの様に公園は人々の声で賑わう。
 
 雨も止み、人で賑わえば探索も面倒になると、この場を去ろうとした時、何処からか悲鳴のような声がビルの谷間をこだまする。
 それはひとりの叫び声だけではなく、大勢が何かから逃げ惑うような恐怖に満ちた声。
 すると、顔を歪ませながら人々がこちらに迫って来た。辺りは騒然とする。

「キャー! ああ誰か、誰か助けてー!」

「オイ! 走れー! 通り魔だー!」

「えっ、通り魔? おいヤバい! 逃げるぞ!」

 ひとりが慌てて逃げ出すと、連鎖の如く、我先にと蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ始めた。
 俺は平然とその場に立ち止まり、通り魔を待つ。

「今日はツイてるなあ。3匹目確保だ」

 手にナイフを握り、背の高いがっちりとした男が、一心不乱にこちらへ向かって来た。

《サーチモード》

 全身をスキャン。男の生き様を読み取る。
 これは……。

 前の連中とは明らかに違う人生に、俺は少し戸惑いを感じた。しかし今はそんな思いにかまけている暇はない。男がナイフを翳し俺に近付いてくる。
 確保はしたいがここでは人目が多過ぎる。俺は男との距離を縮めて、誘導するように後退りしながら近くにあったコインランドリーの中へ誘い込んだ。
 幸い誰も居ない。

 男が俺を追って店に入るのを確認し、間合いを取りながら奥のほうへと追いやった。
 俺は魔力を使い、店のドアとカーテンを動かし隔離した。薄暗い店の中、指をパチンと鳴らし明かりを灯す。

「さあ、舞台は用意した。お前はどうしたい?」

 独りでに閉まるドアとカーテンにも動じる様子もなく、男は少し前屈みに構えながら、髪の隙間から俺をギロリと睨む。既にナイフは血で曇っているようだ。

「全て、消す……」

 何もかも諦めたようなかすれ声。
 男の人生とは、生まれてから今日まで親に虐待され、仕事場では無理な労働を強いられ、毎日が暴言と暴力の繰り返し。しかも至るところに無数の傷。
 まるで、体も心も擦り切れたボロ雑巾のようだ。
 さて、どう判断すべきだろう。

「俺は魔界の使者。お前をどうするか悩んでいる。選択肢は2つ。魔界か地獄、お前が決めろ」

「指図を……するな……」

 小さくもぼそっと告げたその言葉には、鋭く強い意思が感じられた。虐げられてきた人生、全てを拒否したいのだろう。
 男はただ身体だけに意識を集中させて、ナイフを振り上げまた襲って来る。
 俺もただ黒く大きな翼を広げ自身を包んだ。ナイフはダイヤにでも当たったかのように弾かれ、男はバランスを崩し腰から倒れた。

「おまえは……」

 男の表情が微かに動いた。眼を少し丸くしてその黒い翼を見詰める。
 誰だって初めて見るものには目を見張ることくらいするだろう。驚きの感情はまだあるようだ。

「言ったろ? 魔界の使者って。悪いがお前にこの先はない。急で申し訳ないが選択を迫る。一応勧誘なんで」

「クッ…………」

「今更戸惑いか? もう後には引けんぞ」

「…………」

「ハァ……いいだろう、説明してやる。魔界とは。すべての記憶を無くし姿は魔物と化す。地獄とは。記憶を残したまま苦しみに喘ぎ、それは永く続く。良くば来世のチャンスが巡るだろう。頭を使うのもこれが最後だ。フル回転させろ。どちらを選ぶ?」

 男は黙って目線を下ろし、やがて片方の口角を上げニヤリと笑った。

「……魔界」

「フム、いい選択だ。お前を卑下(ひげ)する物などいないだろう。ただ、魔王には逆らうなよ」

「フッ……」

「なんだ、笑えるのか。まあいい。では最後の試練だ。踏ん張れよ。魔境ゲート『シムティエール』」

 俺は相棒のステッキを使い魔界の扉を召喚する。
 
 環境は残酷だ。良くも悪くも人の心を変える。
 しかし、人を殺めたことに変わりはない。
 お前は悪だ。これも変わらない。

「《ナイトメア》」

 黒い雨が男を覆う。

「人間よ、さらば。《ブラック・レイン》」

 男の身体が魔物に変貌。苦痛に喘ぐ素振りも見せず、ただ黙ってじっと動かずに立つ。
 もう痛みすら忘れてしまったのだろう。終止符を打つ時だ。男の口が微かに動く。

「助かっ……た……グッ、ガ……ガル……」

「フッ……"デッドエンド"」

 俺は魔界空間へと男を送り、幕を閉じた。

 魔界の使者。俺にも俺なりの権限がある。そう、独断と偏見だ。地獄も魔界も俺の領域。
 文句は言わせない。

 俺はコインランドリーの裏口からそっと抜け出し、何食わぬ顔で歩き出した……。
 
 
 
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