文字数 744文字

 ある日、カズタカは転校して行った。親の都合だったのだろうが、転校先の公立小学校というのは、勉強のできるヤツの集まるとの評判が立つ優良校らしい。
 彼は転校したあと、弟を連れてぼくの家までわざわざ遊びに来てくれた。一度だけだったのか、二度だったかは今となっては記憶は曖昧で定かではないが、父とぼくとカズタカでキャッチボールに興じたのは鮮明な映像で脳裏に焼きついている。その日、弟はその場にいなかったから、彼が訪れたのは二度だったかもしれない。帰りしな「またね」と手を振り合って見送った後姿が印象的で、今も寂しく浮かぶ。 
 それから二年経ち、中学になって再会した。同じ学区だったので期待はしていたが、案の定、教室の廊下側の席で窓枠に頬杖をついていた彼を偶然認めて声をかけた。懐かしさでお互いの顔は綻んだ。
「勉強ばっかりしとったんやろう?」
 少し冷やかし半分でぼくは言った。
「いんや、オレ、もっとバカになったとよ」
 以前と変わらぬ人懐っこいはにかんだ笑みが返ってきて、ぼくはホッとした。
 同じ野球部に入り、お互い真面目に部活動に取り組んでいたものの、彼のほうが先にやめ、しばらくすると不良グループの仲間に入っていた。
 彼は、ぼくの前でも、仲間たちの手前、虚勢を張っていた。が、廊下ですれ違う度に恥ずかしそうに視線を逸らし笑みを浮かべる。ぼくも笑みを返すと、頷き合って別れるのだ。彼は実に憎めないヤツなのだ。
 彼が悪事に手を染めても──悪事といっても大それたことではなく、喧嘩なんかの類なのだが──その心根はぼくならずとも皆の知るところであった。根っからの腐ったワルではないのだ。いわば、高倉健の映画さながら、任侠道の真似事に過ぎない。男の子特有の世界への憧憬だ。その心情はとてもよく理解し得た。
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