あなた、都合が悪いときはいつも黙るのよね

文字数 1,134文字

ねえ、聞いて。
私ね、久しぶりに桜を見に行ったの。

あなたと一緒によく見に行ったわね。
家の前に桜並木があるから、近所を歩いてただけだけど。

今だから言うけど……私ね、花見って好きじゃなかったの。

なんでって?
だって、歩くのがしんどいでしょ。
それに、寒いのよ!

春一番っていうの? あの冷たい風。あれが嫌だったのよ!
だって、髪の毛がボサボサになるじゃない。

本当はね、何度もあなたに「行きたくない」って言おうかと思ったんだけど。
そんなこと言ったら、あなた、拗ねるでしょ?

あら? 違う? 都合が悪いときはいつも黙るわね。
まぁ、いいわ。

それでね。あなたが入院していた時、一人で行ってみたの。
どこに? 花見に決まってるじゃない!

そしたらね……若いときのあなたに似た人がいたの。

あなたに似てるんだから、顔は、まぁ……そんなにカッコイイわけじゃないわよね。

そんなことないって? あなた鏡見たことある?

でね、背はその人の方がちょっと高いかな。
歳はそうね……30歳くらい。

私がベンチに座っていたら、その人と目が合ったの。
もう、ビックリしたわよー。

声を掛けてみようかと思ったんだけど止めたわ。
だって、恥ずかしいじゃない。

あなたが入院している間、毎朝ベンチに座っていたの。
病室から見えるところにあるベンチね。
歩くのはしんどいでしょ。桜は座って見るのが一番なの。

そしたら、毎朝その人が前を通っていった。
あなたに似た人が歩いているんだから、なんか不思議な感じよね。

あら? ひょっとして、ヤキモチ焼いてる?

あなた、また黙ったわね。
もう、死んでるんだし、いいじゃない。

あなたが死んだのは3年前ね。

あなたが「桜の見える病室がいい」って駄々こねるから……あの部屋をとるの大変だったのよ。
個室だし高かったわー。

えっ? いまお金の話はいいって?
まぁ、いいわ。

あなたが死んだのは桜が散り終わった頃だったわよね。

私ね、次の年は花見に行かなかったの。

なんでって? だって、花見に行くとあなたに似た人に会うでしょ。
あなたを思い出しそうで嫌だったの。

その次の年も行かなかった。

それでね、今朝、久しぶりに花見に行ってみたの。

この辺りに住んでいるんだし、行かないと損でしょ?
それに、あなたに似た人は引っ越ししているかもしれない。

でもね、いたのよ。あなたに似た人。

ベンチに座ろうと思って歩いていたら、あの人は私の方をずっと見てたの。

今度、あの人に話しかけてみようと思うんだ。どう思う?

そうね。たしかに……「どう思う?」って聞かれても困るわよね?

まぁ、いいわ。明日、勇気を出して話しかけてみる。
声まであなたにそっくりだったらビックリするわね。

あら? ひょっとして、ヤキモチ焼いてる?
あなた、都合が悪いときはいつも黙るのよね。

<おわり>
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