第1話 

文字数 495文字

 さよならと言われればもう二度と会えないと実感してしまう。それでもさよならに返す言葉が見つからない。
 どうせ二度と会えないのであれば、最後に傷つけてもいいだろう。僕はずっと傷つけられてきたのだから。最後くらい、仕返したって罰は当たらない。
「待って」
 自分でも驚くくらいのデカい声に僕以上に驚いて立ち止まる。振り返りはしない。僕は背中に向かって言葉を続ける。
「僕は散々傷ついた。傷をつけられた。とても深い傷を」
 言葉を探すのに必死だった。気がつけば、話しかけていたはずの背中がどこにも見当たらない。
 最後の最後まで傷つくのは僕の方だ。どうして僕だけが傷つけられなくちゃならないんだ。結局傷が増えただけで、傷つけることはできなかった。人を傷つける奴は逃げるのも上手いのか。どうすれば傷が出来るか知っているから。いや、おかしい。傷をつけられている僕の方が傷のでき方を知っている。傷つけられないように逃げるのも上手くなって、傷つけ方も知っていないと。ただ傷つけられて、傷つけられて、僕の傷を治してくれる人もいなくなって。一生塞ぐことのない傷を負って僕は生かされた。
 もうさよならをする相手はいない。
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