私の日常

文字数 1,278文字

 VRゲーム、それは限りなく現実に近い仮想空間ゲームのジャンル。私はそのゲームの一つを作り大儲けした。大ヒットしたのだ。その続編も、そのまた続編も飛ぶように売れた。いつの間にかシリーズ化やアニメ化、書籍化それからグッズ展開を果たした。そのためお金は腐る程ある。
 まあ腐りはしないのだが。どうせ錆びる程度だ。どのみちお金なんてもはや無価値だ。
 私の後ろには大きなお屋敷。目前には広大な庭。青々とした芝生が広大な庭を埋め尽くす。その芝生の上に白い西洋風のこじゃれた丸机。机の前にはそれに合わせた白い背もたれ付きの肘掛け椅子。私はその椅子に腰を掛ける。
 丸机の上には豪勢な食事、品のあるお菓子。
 そこで暮らす私。不満などある訳ない。

 豪勢な食事を終え、執事が紅茶を用意するのを見つめる。
 暖かな陽光が私を包み込む。穏やかな気持ちになる。
 頬を暖かな風がなでる。その風が芝生を波打たせる。木々がざわき、心地よいハーモニーを奏でる。そのハーモニーを聞きながら、執事の淹れた紅茶の香りを楽しむ。そして一口すする。
 そして品のあるお菓子を頬張る。甘くておいしい。食事も申し分ないおいしさだったが、これはまた違ったおいしさだ。
 穏やかな時間が流れる。ウサギやリス、ネコと(たわむ)れる。ネコは私のペット、名前はシロ。シロは私の足元にすり寄ってくる。ああ。癒される。

 ピッピッ。手首に着けた腕時計が十二時を示す。
 そろそろ時間かな……。


「ゲーム、OFF」
 私はそう呟くと目の前が、視界が真っ暗になる。
 私はおもむろにVRヘッドセットを取り外す。VRヘッドセットを隣の四角い事務机に乗せる。

 私は事務椅子から立ち上がり、外に顔を出す。
 灰色の空。粉塵で覆われた空。枯れ切った木々。雑草も生えない荒れ果てた大地。動物などいる筈もない。太陽が顔を覗かせる事もない。恐らく爆発で巻き上がった粉塵が空を舞い、大地を覆う。
 雨が降る。放射線を含むであろう雨粒。その雨粒が屋根にぼたぼたと降り注ぐ。
「核なんて使うから……」
 私は誰にも聞こえそうにない小さな声で嘆く。どうせ大声で叫んでも誰も答えやしない。そして核シェルターの中に戻っていく。シェルターは高い買い物だったな。
 そんな事を思い、中に戻ると床に座り缶詰の封を開ける。傍には封の開いた缶詰がいくつも転がっている。そして食事を摂る。これが最後の食糧、最後の猫缶だ。とうに食べ飽きた味だ。薄くて味気ない。
 VRゲーム内だと味覚中枢の刺激と満腹中枢を満たす事しかできない。つまり実際に栄養が得られる訳ではないのだ。だからこうして現実でも食事をする。

 そろそろ、自家発電設備の燃料も持たない。これが最後のゲームだと思うと悲しくなる。そう思いながら事務椅子の上に座り、VRヘッドセットを頭からかぶる。元々は世界中と繋がるVRゲームだったが、もう繋がる相手もいない。
 ゲームのスイッチをいれ、NPC(かぞくたち)に会いに行く。私にとっての過去(リアル)に戻る。

「ゲーム、ON」
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