第1話

文字数 1,993文字

 今回、番組がお邪魔するのは三重県四日市市の中河原さんのお宅。早速お父さんが森進一のものまねで出迎えてくれました。
 ―今日、はじめてののみかいに挑戦するのは?
「おふくろさ…いや、長男のあっくんです」
 ―あっくんはどんなお子さんですか?
「とにかくマイペースです。この挑戦をきっかけに協調性を身に着けてほしいです」
 ―あっくんははじめてののみかいできるかな?
「っしゃぁー!かかってこいやー!」
 あっくんはやる気満々です。番組P(プロデューサー)もトラブルが起こることを期待してほくそ笑んでいます。
 
 今回ののみかいは新人歓迎会です。あっくんたち「ハルキゲニア同好会」の新人御一行は会場である「居酒屋・世紀末」に到着しました。店員の案内でお座敷に上ると、既に先輩のお兄さんお姉さんが待っていました。
 新人の到着に合わせて部長が乾杯の音頭を取り、次々とコップに黄金色の液体が注がれていきます。それはもちろん日本が世界に誇る斜陽麦酒です。
「乾杯とは?」
「杯を乾かすこと!」
 みんなは一斉に声を上げ、ビールを飲み干しました。
「斜陽麦酒うめー!」
「ビールはやっぱり斜陽麦酒!」
 スポンサーへのアピールを怠らない先輩たちの姿勢にPもニッコリしました。

 続いては新人紹介です。新人たちはお立ち台で自己紹介をするのですが、「粗相」を犯すと一気飲みを強いられるという恐ろしい不文律があります。
 早速あっくんの番が回ってきました。
「中河原アウグスティヌスです」
「出身は?」
「三重県四日市市出身、鎌ヶ岳部屋」
「力士か!」
「彼女はいるの?」
「いません」
「えー、意外」
「三枚目なので」
「そんなことないよ!」
「前頭三枚目なので」
「力士か!」
 ややウケで粗相は回避かと思いきや、
「いっき!いっき!」
 とコールが始まりました。あっくんは反射的に十八番(おはこ)の五木ひろしのものまねを披露しました。しかし、今時の若者には五木ひろしより細川たかしの方が人気だったようで、反応はいまひとつでした。
 先輩のコールに乗せられ、言い方を変えれば同調圧力に負けてあっくんは無理やりビールを飲み干しました。あっくんは苦しみましたが、身体の中ではある変化が起こっていました。
 あっくんの細胞内で、機能が未解明とされてきた遺伝子が発現し、特定部位をコードするDNAからmRNAに転写され、mRNAはリボソームでNon-bay蛋白質前駆物質へと翻訳されました。ゴルジ体で修飾を加えられたNon-bay蛋白質は細胞外へと分泌され、アセトアルデヒド脱水素酵素活性に代表されるエタノールの代謝能力を有意に向上させました。かいつまんで言えば、あっくんは酒豪に目覚めたのです。
「はあああ…!」
 あっくんの筋肉は盛り上がり、服が破れました。なんと、あっくんの胸には七つの傷があったのです。
「待て!プラットフォームのこと考えろ!」
 Pが止めにかかりました。Pの言う通り、講談社への配慮は何にも優先すべきです。しかし、今時メタな発言は流行りません。
「あたぁ!」
 あっくんはPのみぞおちを突きました。
「今何をした?」
「経絡秘孔を突いた。お前はもう酔いつぶれている」
 千鳥足で後退ると、Pは身体の奥からこみ上げるものを感じました。
「ひ・で・ぶ!」
 Pは口から酸っぱいにおいの半固形物を吹き出し、倒れました。ただ、プロ意識の高いPは映像をマーライオンに差し替えるという高度な比喩表現によって食事中のお茶の間へ配慮したのでした。

「野郎ども、かかれー!」
 モヒカンやスキンヘッドなど様々な髪形があっくんに襲い掛かります。
「あたたた…!ほわたあ!」
 あっくんは怖じ気づくことなく次々と敵をなぎ倒していきます。あっくんの奮闘に勇気づけられた他の新人も立ち上がり、レジスタンスを結成して雑魚な先輩から順に反撃を仕掛けました。
 不毛な戦いにも終わりが見えた時、ついにラオウが登場しました。数多(あまた)強敵(とも)を二日酔いに陥らせた(おとこ)です。あっくんとラオウの長年の因縁に終止符を打つべく、宿命の対決は火蓋を切ったのです。
「あたたた…!」
 あっくんは拳を連打しました。
「その程度の拳ごときで…」
 ラオウはびくともしません。
「ペガサス流星拳!」
「マンガ違うー?」
 マンガどころか何もかも間違っているのですが、ラオウは呆気なく吹っ飛ばされ、お約束通りひでぶしました。

 かくして新人歓迎会に平和が訪れました。虐げられてきた新人たちは解放され、中には涙を流す者もいました。
「俺の役割は終わったな」
 あっくんはそう呟くと荒野に向かって歩き始めました。
「どこに行くんだ、アウグスティヌス?」
「決まっているだろう。二次会カラオケだ」
「それは一人で行くもんじゃないぜ。俺たちがお供してやるさ」
 荒野に新人たちの笑い声がこだまします。その後、あっくん達は二次会カラオケで「さそり座の女」を熱唱し、夜は更けていきました。
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