文字数 1,614文字

「やあ。俺は、ペン太」

仕事で残業が続き、疲れきっていた休日の朝の事である。
ピンポーンと何回も、しつこくインターホンが鳴るのだ。誰だよ、うるさいなあ……。
そう思いながら出ると、ペンギンらしき何かが玄関の前にいたのだった。

何か全体的に丸っこい。ぬいぐるみ……?
え。あなた、なに……? 何の用ですか……?
新手の、怪しげな勧誘か何かか。警戒心むき出しの目で私はペンギンをにらんだ。

「カタカナのペンに、太郎の太だ。よろしくな」
そう言うと、ペンギンらしき何かは家の中に入ってこようとした。
いやいやいや。入ってくんな。ってか、何がよろしくなのか。

「アンタの強く念じる力が、俺を呼び寄せたのさ」
いやいやいや。意味がわからない。ってか、だから家の中に入ってくるなって。
「念じる力。略して、念力ってやつだな……」

「アンタ、旅行にでも行きたいと思ってたろ? 行き先はここ。食べたい物はこれだ」
え。なんでわかったの。昨晩、何となく思った事で、誰にもどこにも、言ってないよ。
「アンタの考えてる事は、何でもわかる」

なんなの、このペンギン。気味が悪い。でも、何か気になる。
私はペンギンを家に入れ、話を聞く事にした。あなたはいったい、何なの?
「俺は、ペン太」

いや、それは知ってる。どこから来たの? わからないって?
「とりあえず、一緒に暮らそうじゃないか」
何がとりあえずなのか。いやだよ!

そんな感じで話しているうちに、何かよくわからないけどペン太が動かなくなって。
しばらくしたら、動き出して。お腹すいたとか言うから、何か食べさせて。
帰る所がないらしくて。ま、いっか……と思って。

そんな感じのが、ペン太と私の出会いだったんだ。
今じゃ、もうあまり覚えてないけど、色々なところに一緒に行ったな。
そういえば、服を買いに行った時には、こんな事を言っていたっけ。

「アンタが着たいと思った服を着ればいい。服もアンタに着て欲しがってるだろうよ」
何かキザな事を言ってるな……と思ったけど、ちょっと嬉しかったっけ。
それで、自分に合わないと思っていた、でも着てみたかった系統の服を買ったんだ。

そういえば一度、お父さんについて聞かれた事もあったな。
私が小さい頃に、家を出ていったお父さん。大事な仕事があった、とからしいけど。
誰もお父さんの事、恨んでないよ。そう言うと「そうか」とだけ返ってきたっけ。

一緒に過ごした時間は半年あったかどうか、ほどだったけど。
色々な事を聞いてもらったな。仕事の悩み、愚痴とか。たまにあった嬉しかった事とか。
ただ黙って聞いてくれてたっけ。そんな感じの日々が続くと思ってたんだよね。

別れの時が来たのは、突然だったな。本当に、突然。
私は一人で歩いていた。雨が降っていたっけ。濡れた道路に反射する光が、綺麗だった。
それに見とれていたのか、何なのか……私は気づくのが遅れたんだ。

ペン太の声と共に、私は弾き飛ばされた。
ペン太が、私を守ってくれたんだ。
ペン太が、私の代わりに車にひかれたんだ。

よくわからない部品が、破片がたくさん地面に散らばっていた。
私は、近寄ってペン太を抱きしめた。
そうしたら、小さな部品のひとつから声が聞こえたんだ。懐かしい声が。

「よく聞いてくれ。私はお前の父親だ。事情があって詳しい事は言えない。手短に話す」
「私は、ここから遠く離れた場所で、遠隔操作でこのペンギンを動かしていた」
「私は超能力の研究をしていた。予知や念力などの人間の未知の能力だ」

「半年前。お前が今日、この場所で事故にあう未来を見た」
「どうしても助けたかった。だから、コイツを送った」
「私に残された時間はもうわずかだ」

「半年間、楽しかった」
「ありがとう」
「元気で」

そこで声は途切れたんだ。何度も呼びかけたけど、もう何も聞こえなかったっけ。
あの時の小さな部品は、実家の居間に飾ってあるよ。
ありがとう、お父さん。

届いているか届いていないかわからないけど、私は今日も念力を。心の声を飛ばす。
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