罪と罰:真澄と瑞希

文字数 1,977文字

 地下にライブステージが併設されたバーの扉を開け、カウンターへ歩を運ぶ。
 カウンターにはサングラスをかけた若いマスターと、(はなかな)げな雰囲気を(まと)ったスレンダーな美女が、一緒にアルコールを(たしな)んでいた。
 中央より手前のカウンター席につくと、マスターからメニュー表を渡された。ハイボールを注文する。
 カウンター奥に座る美女をチラリと見る。
 ヴァイオレットに染められたUネックの七部丈シャツは、白い肌から浮き出た鎖骨を晒けだす。腹部にはコルセットが巻かれており、くびれを強調している。臀部(でんぶ)と下腹部を覆うのは、ボリューミーなミニのパニエスカートで、そこから白く華奢(きゃしゃ)な美脚が覗く。視線のおわりは、ハイヒールで締めくくられた。
 トップスのヴァイオレットと、コルセットとスカート、そして、ハイヒールのブラックで全体が良くまとまっている。肌の白さも際立って、色っぽい。
 視線を外したタイミングで、ハイボールを差し出された。付き合っている彼女のことは一旦忘れて、スレンダーなマドンナを(さかな)に酒を飲もう。
 しかし、ここで気づく。彼女の左薬指には、アウターと同じ色の小さな石がはめ込まれた、リングが輝いていた。
 彼女には永遠を誓った相手がいるのか……!
 ハイボールを半量飲み、マスターと話を交わす。
 相手の男はどんな奴だ? どんな容姿だ? 職業は? 年収は? そんな考えが頭の中を埋め尽くす。
 バーの扉が音をたてて開く。気づいて視線を向けた瞬間、目を見張った。
 むせ返るような色香を纏った長身は、ブラックのチェスターコートとワインレッドのシガレットパンツに包まれている。
 長く節くれた左手には、ブラックのローヒールパンプスが一足。薬指にはペアリングだろうか、石の色はよく見えない。
 異性が見惚れてため息を吐き、同性が奥歯を噛み締めて羨望(せんぼう)する魅惑の顔つきは、シルバーフレームのメガネによってミステリアスな印象を与えている。レンズの奥で光る双眸(そうぼう)は、カウンター奥に座る彼女の姿をとらえる。
 マスターや俺の存在など気にすることなく、ブラックのペニーローファーを鳴らしながら、まっすぐにそこへ歩み寄った。
瑞希(みずき)
 彼は艶気(つやけ)のある低い声で、彼女の名を呼んだ。名を呼ばれた彼女は、声のした方へ顔を向けた。
「そろそろ帰ろう。替えのパンプスも持ってきたから」
 そう話しかけて、靴を履き替えるように促す。
 よく見るとリングが同じデザインだ。彼が永遠を誓った相手か、ようやく気づいた。
 マスターからホワイトのトレンチコートを受け取った彼女は、膝にそれをかけると、ハイヒールからパンプスへと履き替え始めた。ハイヒールを受け取った彼は、会計はいくらかとマスターに話かける。金額を提示されると、彼は端数ぴったりで支払いをすませる。
 マスターはまた来てねと、カウンター越しに声をかける。コートに袖を通した彼女は、小さく手を振り、優しく笑みをこぼした。

       ︎ §

 二人が店内から去ると、マスターと俺の二人だけになった。
 ハイボールのお代わりを頼んで、ため息をつく。
「なんか、ドラマでも見た気分……」
 マスターが目の前でハイボールを作りながら、(うなず)く。
「そうですね。そうすると僕は、ドラマのエキストラ役かな?」
 同時に笑いが起きた。今夜は楽しく酒が飲めそうだ。

        §

 真澄(ますみ)が運転するスカイラインの助手席には、瑞希が膝を抱えて座っていた。
「ごめんなさい。もう急所を殴ったりしないので、許してください」
 真澄はため息をついて、口を開く。
「これで懲りたか? 次はないぞ」
 数日前、瑞希と真澄は些細(ささい)なことで言い争いになった。瑞希は真澄のみぞおちに拳を入れると、そのまま部屋を飛び出した。
 真澄は数時間ほどで意識を戻したが、みぞおちに痣ができたり、痛みで寝不足になったりと散々だった。
 今夜はその制裁として、『瑞希に女装させて外出させる』という、マニアックかつサディスティックな方向に趣向を凝らした。
 瑞希は顔を真っ赤にして拒否したが、真澄が外出先は(かおる)の店に限定、一時間経ったら迎えに行くことを条件として、半ば強制的に決行された。
「女装は寝室だけで、他人の目が入らないようにって……」
 瑞希は泣きべそをかきながら呟いたが、自業自得だと顔をうつむかせた。
「思う存分反省してくれ。そのまま寝室に連行して仕置きの続きだな」
 真澄の言い放ったセリフに、瑞希は両手で顔を覆った。
「罰ならなんでも受けますから、許してください……」
 今夜は一睡もできないと覚悟した瑞希だった。(終)
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