ラグナロクすら呑み込まれて

文字数 1,670文字

 一週間前の数学の授業中にクラスメートのテラダが自然発火するという事件が起き、その自然発火によってテラダは死亡した。
 警察がいくら調べてもわからなかった自然発火の原因だったが、テラダは学校中の嫌われ者だったので原因不明だろうがなんだろうが皆心底どうでも良く、誰もが口を揃えて「風通しが良くなって幸いだね」などと言い合って、大変に喜んでいた。
 ああ、無情なり人の世、こいつらは本当に人間なのだろうか、どいつもこいつも人の命をなんだと思っているんだろう?この学校には性根が腐りきったカメムシしかいねえのか?テラダ僕だけはお前を弔ってやるからな、などとテラダの悲報に対しバナナ片手に狂喜乱舞している学校の連中を見ながら頭の片隅で思ってみたりもしたが、家に帰る途中にある熱帯魚専門店の店先の水槽の中で優雅に泳ぐ赤い魚に見惚れていたら、テラダのことなどすぐに頭から抜け落ちてしまった。

 しかし今朝、謎の自然発火によって死んだテラダが我が家を訪ねて来た。

「僕が燃えた原因は人の視線だよ。」
などと、玄関を開けるやいなや、僕の目を真っ直ぐに見つめ、まるで深刻な話でもしているみたいな表情でテラダはそう言った。なんでも良いが、すぐに帰ってくれと僕は伝える。

「……え、いや、……え?なんで僕が燃えたのか気になっていたんじゃないの?」
などと本気で聞いてしまうテラダを見て、愚かな人間は死んでも愚かであることを知る。
 すまないが、テラダお前が燃えた原因なんて真っ当な哺乳類は気にしないんだ、気にするのは両生類くらいだ、さあ、帰れ帰るんだ、あっち行け死人め!と僕は塩を撒く。
 いや待って聞いて、ねえ塩かけないで!僕の話を聞いて!お願いだから話を聞いて、塩かけないで、これが最後のお願いだから、などとみっともなく喚き、異様な粘りを見せるテラダに根負けし渋々話を聞くことにした。
「これはすごい事実なんだよ、誰かに話さなきゃ死にきれないと思って棺桶から飛び出してきたんだ!」
などという薄気味悪い前置きをして、勝手に話し始めた。

 テラダ曰く、どうやら人の視線には熱があるらしく、恥ずかしさの余り顔が赤くなるのは、実は見る側の視線の熱によって顔が熱されているからなのだそうだ。
今回テラダが燃えたのはクラスの中の誰かが、もしくは複数人の人間が、もしくは複数人どころかクラスの全員がテラダに対し熱烈に視線を送ったために、結果発火してしまったとかなんとか。
 感想どころか「へえ」とすら出ず、僕はなんとなく空へと視線を送る。
……それにしても、と思う。
 それにしても、この程度の文量にまとまる内容を小一時間かけて話す脳足りんのテラダはやはり生前のテラダのままだな、と僕は思うのだった。
 全く律儀なものだと独りごちっていると、そういえば昨日の夕食で出た梨の残りが冷蔵庫の中にあるはずだ、と突然にそんなことを思い出し、テラダをそのままに台所へ向かう。

 ’’死’’という強烈なイベントをもってさえしても何かが劇的に変わるわけではなく、ましてや簡単に終わってくれるわけでもない。そんなことはわかりきっていたはずなのに、こうしてまざまざと見せつけられるのは、さすがに堪えるな、と思い梨を噛る。テラダもちゃっかりと梨を噛りながらまだ何事かを話していたけれど、もう僕の耳には入ってこない。

 テラダの話が一通り済んだところで、明日は学校来るの?となんとなくそんなことを聞いてみた。
「詳しいことはわからないけどね、多分、どうせ行くことになると思うよ。」とテラダは困ったように笑いながらそう言った。なるほど、テラダ自身もまた、死んだところで簡単に人生が終わるわけではないことに気がついていたのだ。その意外過ぎる事実に僕は驚きつつも心のどこかで少し安堵していた。


  別れ際、じゃあまた明日学校で。
 などと、人生で初めてテラダに手を振ってみた。

  テラダは恥ずかしげもなく大きく手を振り返してきた。
  しぶとい奴だなと思って、僕はドアを閉めた。
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